エピローグ 葉月君の告白
「本当にありがとうございました。これで娘も、安心して眠ることができます」
「知世さん、葉月さん。あたしこれからも、モデルがんばるから!」
夢の世界から戻ると、そこは眠る前にいたメイさんの部屋で。私と葉月君は、メイさんとお母さんに、何度も頭を下げられました。
それにしてもメイさん。この少しの間で、ずいぶん表情が明るくなりました。
文字通り、憑き物が落ちたような笑顔。最初はキリサキさんに怯えていましたけど、きっと元々強い子だったのでしょう。
これからの活躍に、期待したいです。
そして私と葉月君はと言うと。
夢の中とはいえ、心臓を刺されたのです。もしかしたら葉月君の体に、何か後遺症は無いかと心配したのですが。
メイさんのお宅を出た後、私達が行ったのは何故かケーキ屋さん。そこのイートインスペースで、葉月君はコーヒーとケーキを飲み食いし、私はそれを呆れながら眺めています。
「どうしてケーキ屋さんなんですか? 普通は家に帰って休むか、病院に行くべきじゃないんですか?」
全ては夢の中の出来事だから、起きてしまえばなかったことになる?
いいえ、そんなはずありません。現に葉月君は、まだ少し顔色が悪いですし。暢気にケーキなんて食べてる場合ではないのですけど。
どうしてこうなったかと言うと、それは私が不用意な発言をしてしまったから。
元々葉月君が刺されたのは、私を庇ってのことですから、ふらついて歩く彼に言ったのです。「私にできることなら何でもします」って。
けどそしたら返ってきた答えが、「だったらケーキ食べに行こう。トモと一緒に行きたい」だったのです。
私は看病するとか、今夜のご飯の用意をするとか、そういうつもりで言ったのですけど、葉月君ときたら。
「だって何でもするなんて言われたんだもの。トモに看病されるのも捨てがたいけど、せっかくだからデートくらいしたいよ。例え本物の心臓を刺されていたとしても、俺はこっちを選んでたよ」
調子の悪い様子でケーキにフォークを刺しながら答える彼に、ボッと顔が赤くなる。
デ、デートじゃありません! それに本当に心臓を刺されたのなら、大人しく入院を……あ、心臓刺されたら、入院ではすみませんね。
「少しは体の事を考えてください。だいたいデートはともかく、ケーキくらいならいつでも付き合いますって」
「え、マジ?」
驚いた顔をされましたけど、当たり前です。葉月君は数少ない友達なのですから、それくらいはしますって。
「それにしても。今回のは色々考えさせられる事件だったね。霧子さんも友達に裏切られなかったら、ああはならなかっただろうに」
「ですね。それにコンプレックスを拗らせて、綺麗な人や可愛い子を憎むようになるだなんて」
霧子さんが言っていたように、不美人であることは呪い。そして、美しさも呪いです。
容姿を笑われ、バカにされる事もあれば、嫉妬をぶつけられることもある。どちらも等しく理不尽です。
「本当なら見た目に惑わされずに、ちゃんとその人の内側を見ることができたら良いのですけどね」
「かもね。けど、外見だってやっぱり重要だよ。見た目も中身も合わせて、その人があるんだから。オシャレしたり、女の人が化粧したりするのだって、外見が大事って思ってるからだけど。それが悪いってわけじゃないしね」
それは、確かにその通り。
結局外見と中身、両方大事ってことですね。
霧子さんには偉そうなことを言いましたけど、私も気づかないうちに誰かを傷つけているかもしれませんから、気を付けないといけませんね。
「そういえば霧子さんに、トモのことを大して可愛くないって言ったこと、取り消してもらえなかったなー。くそ、成仏させる前に、それだけは謝らせたかったのに」
「そこを蒸し返すんですか!? そんなのどうでもいいですって。言ってたことは、まちがっていませんしね」
そもそも悔しいことに私よりも、葉月君の方が可愛いですしね。
そんなモヤモヤを誤魔化すため、自分の分のケーキを口に運びましたけど。葉月君はそんな私を、じっと見つめてきます。
な、なんでしょう? ひょっとして、頬に食べかすがついているとか?
すると。
「トモは可愛いよ。少なくとも俺にとっては、世界中の誰よりもね」
「――んんっ!?」
頬張っていたケーキを、ゴクンと飲み込む。
い、いきなり何を言うんですか!?
「ねえトモ。夢の世界で最後に、俺が言ったこと覚えてる?」
「最後に言ったことって、あの……」
す、好きだってことですか!?
あの時は、起きたらふざけないでって言ってやろうって思ってましたけど、蒸し返すのも恥ずかしかったのでスルーしていました。
けどこれ以上からかうって言うのなら、私も怒りますよ。
「あ、あのですねえ。ああいう冗談は嫌いだって、昔も……」
「冗談なんかじゃないよ。俺、子供の頃からずっと、トモのことが好きだから」
「――っ!?」
ま、ままままさか!?
待ってください、いったん落ち着きましょう。
その手には乗りませんよ。小学校の頃、度胸試しで告白してきたこと、忘れていませんからね。
だけど葉月君はそんな私の心を読んだみたいに、言葉を続ける。
「昔さあ、トモに告白したことあったよね。周りからは少女漫画ごっこなんて言われて笑われたやつ。けどあれ、マジなやつだったんだ。信じられないかもしれないけど、あの時言ったのは俺の本当の気持ちだよ」
「へ? ま、待ってください。それって漫画のおかしなシチュエーションを、丸パクリしたやつですよね。あれが本気だったんですか!?」
「うん、俺もバカなことしたなあって思ってる。本当にバカだなあって思ってる。どうしようもなくバカだなあって思うし、もし今タイムスリップできたら当時の俺をぶん殴ってやりたいくらい」
それはいくらなんでも卑下しすぎじゃあ……あ、案外そうでもないかも。私にとってもあれは、消してしまいたい黒歴史ですし。
って、ちょっと待ってください。けど本気だったってことは、葉月君は私のことが、す、す、好き……。
ガタンッ!
ガツンと頭を殴られたみたいな強いショックを受けて、椅子から転げ落ちる。
周りのお客さんは何事かとこっちを見るけど、気にしている余裕なんてありません。
頭は沸騰したみたいに熱くて、心臓は壊れそうなくらい、バックンバックン言っています。
「う、嘘です! そんなの信じられません!」
「ここまで言ったんだから、いい加減信じてよ! だいたい好きな女の子でもなけりゃ、さすがに庇って刺されたりしないって」
床に座り込む私に手を差しのべながら、寂しそうに言ってくる。
た、確かにそうかも。
それじゃあ、やっぱり本当? 葉月君は私の事が好き? しかも小学生の頃からずっと?
そ、そそそソソソソンナバカナナナナナナ……。
「うわっ! トモ、なにガタガタ震えてるの? 刺された俺よりヤバくなってるよ!」
「ナ、ナナナナナ、何デ私ナンデスカ? 私ナンテ全然可愛クナイシ、選ブ理由ガ見当タリマセンンンンンン」
「そういうこと言わない。俺にとっては、世界一可愛いんだから」
「ス、ススススススミマセン。色々スミマセンデジタ」
「ああ、もう。頭下げないで。ま、そう言うわけだから、これからは俺のこと、少しは意識してよね。まあトモだって気持ちを整理する時間が必要だろうし、落ち着くまでは今まで通り、パートナーとしてよろしく」
「ハ、ハイィィィ!」
一応返事はしたものの、今まで通りできるかどうか不安です。
そもそも、葉月君はどうして平気なんですか。
夢の中で刺されたダメージがあるせいか顔色こそ良くないですけど、緊張したり照れたりした様子はまるでありません。
私は全身が壊れそうなくらい、ガクガクブルブルだって言うのにー!
そんな私の心中なんて気づいていないみたいに。葉月君は満足そうにケーキを頬張っています。
ちなみにこの後、夢の中で刺されたせいか、葉月君は三日間寝込んじゃいました。
まったく、無理してまでデ、デートをしようとするからです。
まあそれはさておき。
水原知世、16歳。
この度人生初告白(二度目)をされてしまいましたけど。
葉月君のことを意識しすぎた状態で、これからもパートナーとしてやっていけるか少し。いいえ、かなり心配です。
美を憎む怪人 了
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