七月二十四日の記憶

 子供の頃の記憶というのは、とても極端なものだ。

 楽しかったこと、悲しかったこと、学校の行事や家族の旅行。

 大きな思い出は特に覚えているものだが、細かい事などはすっかり覚えていない。

 しかし他人にとっては特に他愛のないちょっとしたことでも、何故だか自分だけは覚えている、ということもある。

 朧げで鮮明には思い出せないが、その時と似た景色、音、匂いなどを感じると、いきなり記憶がフラッシュバックすることも。

 しかし、さすがにその時の情景や周りの言動の一挙手一投足を完璧に覚えているなど、普通の人にはあまり出来ないのではないだろうか。

 昔の記憶というものは、その殆どが成長するにつれて薄れていくものなのだ、と僕は思う。

 少し寂しいような気もするが、それが大人になる、ということでもあるのではないだろうか。

 それでも、僕には一つだけどうしても忘れられない、強烈に刻まれた記憶がある。


 二十年前の夏、七月二十四日。僕は小学校三年生だった。

 前日の二十三日に終業式を終えた夏休み初日のその日、僕には予定があった。

 雄大に広がる山々、その背中から入道雲が覗く青空の下、蝉の声に囲まれながら向かった先は、いつも友達との待ち合わせ場所にしていた小さな公園だった。

 市民館の横に併設されたその場所は川に面しており、周囲にはチラホラと民家があるだけで、聞こえてくるのは涼やかなせせらぎのみで、とても静かである。

 公園には既に友人らが先に着いて揃っており、遅いぞ、と詰られた。

 この時集まったメンバーの中には、下校時の帰り道が逆のために普段は一緒に遊ぶことの少ない子も居た。

 それもそのはず、今回の目的は単なる遊びではない。この日のために、みんなで探検隊を結成したからだ。

 コンセプトは今思えば恥ずかしいものだが、子供心ながらに憧れを抱くもの、言わば盗賊団のようなものだった。

 ありもしない隠された伝説の財宝を頂き、みんなでお金持ちになるんだ、といったような具合だ。

 メンバーは男女混合で六人、僕を含めた男子が三人、女子が三人の編成。この中で晴れて団長になったのは、当時気の強かった一人の女子、Yだった。

 子供ながらにルールなどはこだわり、団長は投票で決めた。他にも、掟のようなルールを作ったり、掛け声を決めたりした。

 これらに関しては、子供だけで決めたにも関わらず意外としっかりしており、「人に迷惑をかけることをしない」「喧嘩はしない」「危ないことはしちゃ駄目」という風で、盗賊団というコンセプトはどこへやら、とても子供らしい健全なものだった。

 女子たちは自分のメンバーカードのようなものを自作してきたり、男子は園芸用のスコップを装備したり、お菓子を持参したりと、各々好きなようにこの探検隊ごっこを楽しんでいた。

 僕はと言えば、父から買ってもらったデジタル式の腕時計を誇らしげに披露していた。

 このように細かい設定はしっかり練るのだが、所詮はごっこ遊びなので、いつの間にか決め事はどうでも良くなっていく。最終的には目的を達成さえすれば良いのだ。

 そんなこの探検隊の目的であるお宝探しの舞台は、その当時話題になっていた怪奇の館と呼ばれていた、とある廃屋だった。


 四方を山に囲まれている、谷の中に出来た小さな町。古き良き町並みを歩く道の途中に、その廃屋は佇んでいる。

 一車線のアスファルト道路を挟んだ向かいには、遠い戦の時代にある大将が本陣を構えたという謂れがある土地で、伝統的な資料館のようなものがある。

 対照的にその廃屋はまさに洋風といった二階建ての住宅。

 周辺にはお洒落な装飾が施された鉄柵が家の敷地を囲んでいる。

 道路から見た正面には白塗りの煉瓦を用いた立派な門を構えてあるが、鉄製の門扉には赤錆が浮き、アプローチ部分の道と前庭には、雑草が好き放題に生え散らかしている。

 その中に一本だけ背を伸ばした、名も知らぬ朽ちた広葉樹が何とも言えない不気味さを醸し出していた。

 奥にはひっそりと赤いポストが立ち、背の高い雑草に隠れるように建物の壁が見える。門と同じ白色の壁のはずだが、長年の風雨に晒されたせいか塗料が剥がれ落ち、茶色くなった部分が見え隠れしている。

 玄関だけが少し出っ張った形になっており、その三角屋根のてっぺんで風見鶏がカタカタと音を立てて揺れているのが、特に不気味で印象的だった。

 このように嫌でも目につく場所であるため、子どもたちの噂の種にされるには格好の的だった。

 いかにもな怪談話は当たり前で、やれ殺人鬼の隠れ家だ、人食い鬼の巣だ、挙句の果てにどこかの国の大富豪の別荘で、目ン玉が飛び出るほどの埋蔵金が隠してある、とまで言われた。

 気味の悪い噂ばかりだったが、僕らを突き動かしたのは、そんな根拠のない出鱈目なうわさ話を頑なに信じる、小僧の時分ならではの無限の好奇心だった。

 噂の真相を確かめる、ついでに僕達は盗賊団なので、お宝があれば頂く。という馬鹿げた考えだったが。

 その廃屋に向かう道すがら、僕たちはひたすらに夏休みは何をするのか、誰とどこへ遊びに行くのか、などと話しており、だいぶ賑やかだった。

 途中で転んでしまった女子に絆創膏で応急手当をしてあげたり、木々に止まるかぶと虫を捕まえてみたり、そのついでに捕まえたミミズを女子に投げてからかったり。

 およそ探検隊らしくもない、普通の小学生らしい外遊びが続いた。


「あっ、もう四時になっちゃったよ、急がなきゃ」

 僕は時計をかざし、これみよがしに時刻を言ってみせる。

 その当時僕らは、門限という名の絶対的な縛りに逆らうことは出来なかった。これを破ること即ち、外出禁止の令を親から言い渡されてしまうからだ。

 せっかくの夏休みを、家で宿題漬けにしてしまうのは何よりも恐ろしかった。

「五時になる前に、はやく怪奇の館に向かおう」

 Yが意気揚々と走り出し、皆それに続く。

 夏場の夕方、日が落ちるにはまだまだ早い時間のはずだったが、廃屋に着く頃には、何故か薄暗くなってきていた。

 門の前で円陣を組み掛け声を発し、僕らは敷地内に入っていった。と言っても、門から玄関までは数メートルしかないのだが、雑草に阻まれているという状況が、探検をしているという気持ちにさせる。

 今までこんなに近づいたことは無かったが、まじまじと見るとこの廃屋は本当に寂れていた。

 玄関の扉は木製のようだったが、小学生の力でも蹴飛ばせば鍵が壊れるんじゃないかというぐらいだ。

 先頭にYが立って、その後ろにみんなで纏まり、しばしのあいだ廃屋の雰囲気に見とれていた。

 誰も言葉を発さず、廃屋の様相をまじまじと眺めていた、その時だった。

 玄関が突然開け放たれ、中から男性が現れたのだ。

 あまりにも唐突過ぎて、全員突っ立ったまま唖然としてしまった。

 半袖のパキッとした白いワイシャツにニットのカーディガン、きっちりと縦線の入った長いスラックス。少しの小じわは目立つものの、小綺麗な印象の大人の男性だった。

「……どうしたの君たち、迷子?」

 男性が声を発し、おばけではないと分かった瞬間に、全員ではぁぁ、と安堵の息を漏らした。

「わたしたち、探検ごっこしてて」

 Yがそう言うと、男性はニコリと微笑した。

「ああ、お化け屋敷みたいに見えたよね。ごめんよ汚いお庭で」

 男性はしゃがみ、目線を僕らと同じまで下げてそう言った。

「でも、ちゃんと僕が住んでるよ。お化けじゃなくて残念だけど」

 男性が苦笑しながらそう続けたのを聞いて、Yを含めて皆が笑った。

 どうやら本当に僕らの勘違いで、話を聞くとその男性は、この町に長らく住んでいるらしかった。ここは廃屋ではなかったということだ。

 僕らの小学校を知っていたり、どこどこの地区に住んでるよ、と話をすると、ああ、あの何々がある場所でしょ? といったふうに話も噛み合った。

 しばらく玄関先で談笑したあと、勝手に入ってきてごめんなさい、と全員で謝った。

 男性は、気にしないでいいよ、と笑って許してくれた。

 だが、今考えると、男性の笑顔はどこかずれたような印象があった。

 屈託のない笑顔、とはとてもじゃないが言い切れず、どこか作ったような笑顔というか、口角だけを釣り上げた不自然な笑顔、と言えば良いのか。

 とにかく、目が笑っていなかった気がする。

「せっかくだから少し上がっていきなよ、外国の珍しいお茶とかお菓子があるんだ」

 男性がそう言って玄関を開け放ち、中を見せるような格好になった。

 そこから見えた家の内装は、外観からはとても想像出来ないほど綺麗で、荘厳だった。

 正面の天井にシャンデリアの様な豪華な照明が吊り下げられており、その下はリビングの様な作りで、高価そうなソファとカフェテーブルが並んでいる。

 どうやら吹き抜けになっているらしく、左奥の方に階段と手すりと思しきものがうっすら見える。

 リビングの奥はキッチンのようになっていたが、少し遠目で分からなかった。

 男性は玄関を開けたまま奥に歩いていき、用意してましたと言わんばかりにティーカップを複数持ってきた。

 それをカフェテーブルに一旦置くと同時に、華やかな香りが漂ってきた。

 僕は、先程まではすっかり解いていた警戒心を少し強めた。

「知らない大人に誘われてもついて行ってはいけない」

 学校でも家でも、耳にタコができるほど聞いてきた言葉が、僕の頭の中で反響していた。

 ふと周りのみんなを見るが、全員同じく不安そうにお互いの顔を見合わせている。

 僕と同じで、みんなの頭でも同じ警鐘が鳴り響いているのだろう。

 しかしどうすればいいのかは分からない。男性が優しくコミュニケーションを取ってくれた手前、それを突っぱねるように「知らない大人にはついて行くなと言われた」なんて言えない。

 僕たちの全員が、言葉に出来ない不安感を抱えていた。持て余すように手遊びをしたり、バツが悪そうに周りをキョロキョロしたり。

 子供の時の感情を言葉に表すのは難しいのだが、なんとなく長くこの場に留まってはいけない、もしずっと居れば、取り返しのつかないことになる。

 そんな予感がしていた。

「ほら、これなんか美味しいよ。外国の珍しいチョコレートだ」

 先頭にいたYに、そう言って男性は小さな包を差し出す。

 Yは少し面食らい、眉間にシワを寄せたまま「いりません」と小さく答えた。

「そうか、なら紅茶は? さっき淹れたところなんだ」

 Yは続けて「いりません」と繰り返す。

 男性はそこで動きを止めた。

 さっきまであんなに喋っていたのに変だな、と思った僕はその人の方を見て、ぎょっとした。

 男性は、それまでは微妙に不自然さは見えるものの一応は笑顔だったのだが、今はただ、マネキンのような無表情でYをじっと見据えていた。

 Yを見ると、いよいよ嫌悪感を丸出しにした表情で、口をへの字に曲げて男性と睨み合っている。叫びだすのを必死に堪えているように見えた。

 正直、今この場で誰かが泣き叫びだしたのなら、全員が連なって泣き始めたことだろう。そうなるともはやパニックは避けられない。

 僕は、この場で耐えているYを素直にすごいと思った。

 周りはこのにらみ合いをただ傍観していることしか出来ず、僕を含めみんな小刻みに震えだしていた。

 何かが変だ。この人はなにかおかしい。

 多分、みんなそう感じていた。

 しばらくそうやって睨み合いが続いたかと思ったら、男性は突然くるりと回り、リビングの方へと戻った。

 そして、素早い手付きでさっき運んできたティーカップの方で何かをごそごそしていた。

 背中越しに見ることは叶わなかったが、近くまで行って確かめることは出来ない。

 するとまたくるりと向きを変え、トレイに乗った六つの紅茶を持って戻ってきた。

 だが、表情はさっきの無表情のままだった。

「さぁ、温かい紅茶を淹れたよ。飲むと良い、暖まるよ」

 この言葉を聞いて、今までなんとなく感じていた不自然な何かの正体が少しだけ分かった。

 ここは、とても寒かったのだ。

 その日はうだるように暑い晴天のはずで、僕らも薄着だったのだが、この家の敷地内に入った時から、少しずつ体が冷えてきていたのに気づいた。

 震えは恐怖のためだけではなかった。

 二の腕をさすると、鳥肌がはっきり出ているのが感触で分かった。誰かが歯をガチガチと鳴らす音も聞こえる。

 違う。この人だけじゃない。この廃屋全体がおかしいんだ。──入ってきちゃいけなかったんだ。

「いりません!」

 Yがついに大声を出した。

 その瞬間、男性がYの腕をいきなりガシッと掴んだ。

 トレイが男性の手から離れ、地面に落ちたカップが音を立てて割れる。

 紅茶の匂いが辺りに一気に充満するが、どこか甘ったるい、いや、甘ったる過ぎる、鼻腔を超えて頭に直接匂いが届くような、変に甘いのに、強烈に嫌な匂いだった。

 掴まれたYはひっ、と息を漏らし、反射的にそれを振り払おうとする。が、男性は眉一つ動かさず、Yの腕を掴んだまま離さなかった。

 Yがやめてよ、と大声を上げ出し、ついにその場はパニックになりだした。

 泣き出し始めるやつ、尻餅をつくやつ、固まって動けないやつ。

 次の瞬間にYが絶叫に近い声で叫び、捕まれていない方の腕で男性を殴り始めたその時、不意に僕の腕時計が、チープだが大きな音で鳴き出した。

 五時に設定していた、アラームだった。

 続けて、僕らには聞き慣れた町内放送が大きく流れ出した。

 男性はそれに驚いたのか、Yを掴む力を緩めたようで、Yがその隙に身体全体で男性にぶつかる。男性は後ろによろめき、ついにYを離した。

 それを見た瞬間、弾けるように全員で一斉に走り出し、大絶叫しながらその家から逃げ出した。


 全力疾走したまま最初の公園にたどり着いた頃、空には黒い雲が流れ、夕立の匂いが立ち込めてきていた。

 もうチャイムが鳴り終わっていることに気づき、はっと思って腕時計を確認するも、僕の腕には何もついていなかった。

 逃げている最中、どこかに落としてきてしまったんだと思う。

 父に買ってもらった大切な腕時計。無くすのは嫌だ。かなり迷ったが、もうあの家に近づく勇気は無かったし、誰かに一緒に取りに戻ってくれとも言えなかった。

「……もう、帰ろう」

 Yが息切れしたままそう言った。

 みんなはただ、うん、と頷いて、目線を落としたままだった。

 ふとYを見ると、彼女は青ざめた顔で目をまんまるに見開き、先程まで男性に掴まれていた腕を見つめていた。

 その部分は紫色に変色し、うっすらと掴まれた手の形に沿って水ぶくれのようなものが出来ている。もう一度よく見ようとした時、ゴロゴロと遠くで重たい雷の音が響いた。

 全員がそれに怯んだ時、Yはさり気なく腕を隠したため一瞬しか見えなかったが、僕の見間違いではなかった。

「今日のことは、誰にも言わないようにしようね」

 Yのこの意見には全員賛成だった。

 色々と人に話したくない要素は沢山あるが、親にはきっと怒られるだろうし、説明したところで意味不明だし、何よりも強い恐怖が勝っていたので、みんなこの事は早く忘れてしまいたかったのだろう。

 ポツポツと水滴が頭を打ち始めたかと思うと、雨脚が一気に激しくなった。

 アスファルトの濡れた匂いがし始める中、僕らは下を向いたままトボトボと解散し、それぞれの帰路についた。

 最後まで誰も、何も言わなかった。


 夏休みはその後、何事もなく続いた。

 僕はあの家の周辺を通らないように努めたし、皆も同じだったはずだ。

 Yを含め、他の探検隊のメンバーと夏休み中に会って遊んだりもしたが、誰も七月二十四日の話は一切口に出さなかった。

 そうしようと誰かが言ったわけではないが、暗黙の了解でこの話はやがてタブーになっていった。

 そして、あの謎の男性を町のどこかで見かけることもなく、そのうち忌まわしい記憶は夏休みの楽しい思い出に塗り替えられ、その年の夏は幕を下ろした。

 幾度も季節が過ぎ、歳を重ね、高校を卒業し地元を離れ、数年もたった頃。

 同窓会がある、との話を受け、懐かしさを覚えた僕は、夏の長期休暇を使って地元に帰った。

 久しぶりに見る友人たちは、なんら昔と変わってないやつもいれば、誰か分からなかったほど変わったやつも居た。

 すると集まった中で、あの時の探検隊で一緒だったYや、他の皆も来ていたのに気づく。

 探検隊のメンバーが揃って盛り上がる中、急にあの時の記憶がフラッシュバックした。

 人生の中でも指折りの恐怖体験だったが、今となっては笑い話だろう。

 懐かしく思った僕は、あの廃屋を探検した時のことを面白おかしく皆に話した。

「はぁ? 何言ってんの? そんな所行ってないよ?」

 Yは不思議そうな顔でそう言った。

 そんなはずはないと他の探検隊のメンバーに聞いてみるも、誰一人としてこの廃屋探検を覚えているというやつは居なかった。

 詳しく話を聞いてみると、探検隊を結成し、同じメンバーでその年の夏に遊んだ、ということは事実で間違いないようだった。

 だが、その時に行ったのはその廃屋ではなく、全く逆の方向の林の中だったそうだ。

 そこはメンバーの中の男子、Dの家の敷地内で、そこなら特に危険なものも無く、遊んでも大丈夫という親からのお許しも出ていたとのこと。

 そうしてそこで探検ごっこをし、何事もなく解散し、五時のチャイムで各々普通に帰ったらしい。

 この話は、僕以外の五人が全員で一致して覚えており、逆に僕だけがそのことを覚えていなかった。

 Yの腕が凍傷になったということも事実だったが、Dの親御さんが用意してくれたクーラーボックスの保冷剤をふざけて腕に当てすぎて、軽い凍傷を起こしたというだけのものだった。Yの腕には痕などなく、綺麗なものだった。

 あの時無くした僕の腕時計についても、時計を失くしたという事実は変わらなかった。

 だが内容がまるで違い、探検ごっこ中に僕が時計を失くした、と泣いて騒ぎ、皆で一緒に探してあげたということだった。

 そして、実は後になってその林の中で見つかっていたらしい。

 Dが見つけたときには壊れてしまっていたそうだ。そして、今ではもうどこにあるかすら忘れてしまったという。

 言うの忘れてて悪いな、とDに謝られたが、僕は頭が混乱してそれどころではなかった。

 あの廃屋には人など住んでおらず、僕が覚えている男性の風貌と似たような人も、その周辺には住んでいなかった。

 結局僕は酔っ払っていると誂われ、その後の同窓会は平凡に終わった。


 帰り道の途中、ふと思い立ってその廃屋の近くまで行ってみた。廃屋自体は確かに存在し、記憶の中の風景と確かに一致していた。

 強いて言えば風化が進み、より古くなっていたと言うぐらいだった。

 あの体験は何だったのか、あの男性は何者で、何が目的だったのか。なぜ僕だけがこんな体験をしたのか。今となってはもう知る由もない。

 だけど、大人になった今思い出してみても、同じ映画を繰り返し観るように、ハッキリとあの時の体験を覚えている。

 僕だけが、七月二十四日、あの夏の探検を記憶している。

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