ここでも動いたのは司馬とアカリだった。まだ誰も出てきてないであろう楽屋の扉にあたりをつけ、それぞれに扉へと向かう。彼女とは意思の疎通ができるというか、元より考え方が似ているのであろう。


 まだ楽屋から出てきていないのは2人。司馬とアカリのように、たまたま楽屋が向かい合う形になっていた。司馬の目の前にある扉には【九十九くつもヒロト 様】と書かれている。一方、アカリの目の前にある扉には【西潟眠夢おもがた ねむ 様】と書かれていた。失礼であるが、どちらともインパクトのある名前だ。自然と譲り合う司馬とアカリ。まず先にアカリが扉をノックした。


 ――返事がない。一同と顔を見合わせたアカリが、もう一度扉をノックすると「ふぁーい」と、実に間抜けな声が返ってきた。あくび混じりの返事だったように思える。


 しばらく待ってみるが、しかし返事があった以来、まるで動きがない。もう一度だけアカリが扉を開くと、ようやく扉が開き「ごめーん、寝てたぁ」と、目をこすりながら女性が姿を現した。その格好は紺のブレザー。スカートは今時風に短い。束ねてはいないが、ぱっと見た感じ、髪の長さはアカリと同じくらいか。それどころか、背格好が似ている。寝起きということかスッピンのようであるが、顔立ちが良いのかスッピンであるとということがまるで気にならない。制服から察するに女子高生というやつだろう。


「――ってかぁ、ここどこ? あなた達、誰?」


 寝ぼけていたようだが、ようやく現実を把握し始めたのであろう。急に真顔になって、首を大きく傾げる眠夢。これまで楽屋から出てこなかったのは、単純に寝ていたからなのか。


「わ、私は木戸アカリ。残念だけど、ここがどこなのかは分からない」


 徐々にではあるが、夢と現実の狭間から、現実のほうへと思考がシフトしたのであろう。はたと思いついたかのごとく体を触ると「え? 私のスマホはぁ? ってか、バッグもないんだけどぉ」と、わざわざ楽屋の中に引き返そうとする。それをアカリが手を引っ張って引き止めた。


「探しても多分ないと思う。そういった類のものは、ここにきた時点でみんな没収されたみたいだし――」


 アカリが事情を説明すると、眠夢はぼんやりと宙を眺めつつ「そういえば、私なんでここにいるのぉ?」と誰に問うでもなく呟いた。


「まぁ、俺達もその辺りは同じ立場ってことだ。どうしてここにいるのかは分からないし、どうにも記憶が曖昧だ」


 司馬が口を挟もうとすると、そのさらに脇から長谷川が口を出してきた。


「うーん、なんかよく分からないけど、その辺りは大人に任せるぅ。私、まだ未成年だしぃ」


 改めて首を横に傾げた眠夢は、この状況をそのまま大人達に放り投げてきた。これが今時の主体性のない強さというべきか。


 ともかく、1人はさっさとスタジオに向かってしまったものの、これで全8名中7名が明らかになった。残るは司馬の目の前にある扉。外の廊下の音が騒がしいであろうに、まるで楽屋から出てこない人物。名前からして男性であろう。


 司馬は小さく溜め息を漏らすと、その扉をノックした。返事もなく、いきなり明け放たれた楽屋の扉にびっくりした。


「――何?」


 明らかに不機嫌そうな声と共に顔を出したのは、おそらく司馬と同じくらいの年頃の男だった。ただし、風体は司馬とかなりかけ離れていた。伸ばした髪は白い近い金髪――いや、銀髪というべきか。ほっそりとした輪郭の顔に鋭い眼光。口の左端にはリング状のピアスが光る。少なくとも、まともな社会人には見えなかった。


「あ、いや。その……」


 あまりにいきなりだったことと、その男の眼光が鋭かったこともあり、少しばかり声を詰まらせてしまう司馬。男は小さく溜め息を漏らすと、呆れたかのように言った。


「はっきり言って、さっきの数藤とか名乗ったやつの言い分が正しいと思うぜ。あんたらは仲良しこよしをしてぇみたいだけどさ、楽屋にあったルールブックみたいなのには目を通しただろ? これから行われるであろうクイズ番組では、実際に起きた事件が題材として扱われる。そして――その犯人は、ここに集められた8人の中にいる。ってことはだ、あんたらが仲良しこよしをしようとしている人間の中に犯罪者が混じってるってこと。よくもまぁ、犯罪者と仲良くしようなんて思うなぁ」


 最後のほうは、わざとらしく感心するかのごとく語尾を伸ばす銀髪の男――いや、九十九。確かに、言っていることは間違いない。間違いないが、今言うべきことではない。


「俺達は何者かの意図によって、ここに集められた。その何者かは、どうやら犯罪者を交えてクイズ合戦をさせたいらしい。まだ全貌は明らかになっちゃいねぇが、ルールの端々から解答者と解答者の中に潜む犯罪者を対立させようって意図が見え隠れしてる。つーまーりー、今の俺達にとって仲良しこよしは得策じゃねぇってことだ。少なくとも全貌が見えてくるまでは、あまり慣れ合わねぇほうがいいぜ」


 九十九がそう言うと、まるで合いの手を入れるかのごとく、例の作られた合成音声が響いた。


『マモナク、収録ガ始マリマス。解答者ノ方々ハ、スタジオニテ待機シテクダサイ。ナオ、収録ニ参加サレナイ解答者ノ方ハ、降板ノ意思表示ヲサレタトミナシマス。繰リ返シマス……』


 なんだかんだで収録の時間が迫ってきているらしい。まぁ、15分しかないのだから仕方のないことなのであろうが。


「俺達の置かれている環境自体が、まだ得体のしれないものなんだ。今のアナウンスの中にも出てきたが、降板ってなんだ? 卒業との違いは? なんでこんなことをしなきゃいけない? はっきり言って分からないことが多すぎるんだよ。気乗りはしないが、状況がある程度把握できるまでは、とりあえず指示に従っておいたほうが賢い」


 九十九はそう言うと、司馬のことを押しのけて楽屋から出てくる。そして、一同の顔を見回して鼻で笑うと、数藤と同じようにスタジオのほうへと歩き出す。ジーンズの両ポケットに手を突っ込みつつ、途中で振り返ると言い放った。


「まぁ、どうであれ俺はあんたらと馴れ合うつもりはない。あんまり関わるんじゃねぇぞ」


 その言葉と共に、九十九はスタジオの中へと姿を消してしまった。


「――なにあいつ。超、感じ悪いんだけど。頼まれなくても関わってやらねぇよ」


 少しずつ気が緩んでいるのか、ダークな面が前面に出つつある凛。司馬は彼女のファンでもなんでもないし、裏表がある人間だと分かっているから、別になんとも思わない。ただ、彼女に対して淡い幻想を抱いていたファンからすれば、きっとショックを受けるに違いない。アイドルなんてこんなものであり、文字通り偶像ということなのだろうが。


「あの、それでこれからどうしましょうか?」


 数藤、九十九の2人がスタジオへと向かったことで、自分達の方向性を確かめたくなったのであろう。柚木が口を開く。曲がりなりにも高校教師であり、その辺りはしっかりとしているように思えた。


 柚木の言葉に、みんなの視線が自然とスタジオのほうへと向けられる。司馬は率直な意見を述べた。


「さっきの彼が言ったように、状況が把握できていないというのが残念ながら現状だ。収録まで時間は残り少ないようだし、ここは大人しくスタジオ入りしたほうがいいのかもしれない」


 現状、出口が見つかるあてはないし、探す時間も残っていない。それでも収録に付き合ってやる義理などないのだが、どうしても司馬の中で降板の2文字が引っかかっていた。それがなんであるかは分からないが、なんとも不吉な印象があったのだ。


「そうしたほうが良さそうだな――。スタジオに行けば、なにか分かるかもしれないし」


 司馬の意見に長谷川が賛同の意を見せた時点で、一同の方向性は決まっていた。得体の知れない状況である以上、今は郷に入れば郷に従えの精神で動いたほうが賢明だろう。

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