第36話 信じる心
教室を出た花菜さんは真っ直ぐ前を向いたまま急ぎ足で歩いていく。
隣に行こうとすると歩を速めるので斜め後ろをついていく。
昇降口で靴に履き替え、立ち止まることなく進んでいった。
チラリと見えた横顔はなんの表情もない無の顔だった。
出会ったばかりの頃の花菜さんを思い出す。
あの頃の花菜さんは家でいつもこんな顔をしていた。
校門を出ると駅とは逆の方へ歩いていき、小さな公園に入ると力尽きたようにベンチに座った。
長い髪で顔を隠すようにうつ向いている。
「花菜さん、大丈夫?」
「あっち行ってください」
涙で滲んだような声を聞いて、花菜さんを一人には出来なかった。
たとえ鬱陶しがられても、そばにいたかった。
「誤解は解けたし、気にすることないよ。黒瀬さんもあんな態度だったけど、きっと反省してる。すぐに素直になれないだけだと思う」
「ううん。そんなことはどうでもいいの」
「あ、言っておくけど黒瀬さんを庇ってる訳じゃないからね。あんな卑怯なことするなんて、本当に許せないって思ってる」
花菜さんは顔を上げ、涙で充血した目で笑った。
「本当に蒼馬さんはどこまで優しいんですか? 呆れてしまいます」
「えっ? ご、ごめん。呆れさせちゃった?」
花菜さんは涙を拭って少しずれてベンチにスペースを作った。
隣に座ってという意味なのだろうと判断して腰かける。
「中学の時にも似たようなことがあったんです。仲のよかった人に裏切られて、一時期だけですけどみんなから嫌われたことがありました」
「そうなんだ」
「あとから分かったんですけど、理由は私が男子から人気があったことを妬んだからだったそうです。そんなこと言われても困りますよね。私は普通に生活してるだけなんですから」
美少女には美少女の悩みというものがあるのだろう。
僕には分からない世界だけど、人気があるというのも楽じゃないようだ。
「それからなるべく男子とは話をしないようにして、女子にはニコニコと愛想よく接するようにしてきました」
「なんだか理不尽な話だね」
「世の中理不尽なことだらけです。嘆いても仕方ありません。それより努力でなんとかする方がよほど合理的だと思いませんか?」
「それはそうかもしれないけど……」
相変わらず花菜さんの考えは割り切り過ぎている。
それが正しいとしても、そんなにドライに生きるのはなんだか寂しかった。
「でもいま花菜さんは泣いている。辛かったんでしょ? 無理しなくていいんだよ」
「泣いてません」
「いやいや。それは無理があるって! 今だって目が真っ赤だし」
なるべく明るく指摘すると、花菜さんにじとっと睨まれてしまった。
「これは……悲しくて泣いたんじゃありません。嬉しくて、泣いたんです」
「え? どういうこと?」
「……それを言わせますか? 前から思ってましたけど、蒼馬さんって天然ですよね?」
はぁとため息をついてから花菜さんは遠くを見る視線になる。
「私が中学時代に裏切られたとき、誰一人として庇ってくれる人はいませんでした。一方的に悪者に仕立て上げられ、みんながそれを信じてしまいました」
辛い思い出なのだろうけど、花菜さんは淡々と語っていた。
「でも今日は違いました。蒼馬さんははじめから私を庇ってくれました。なんの証拠も根拠もないのに、むしろ私が犯人だという証拠しかないのに、それでも庇ってくれました」
「そりゃそうだよ。だって花菜さんがそんなことするわけないから」
「信じてくれたんですよね。それがとても嬉しかったんです。それに愛瑠さんも証言して、助けてくれて」
最後の方はほとんど言葉になっていないくらいに崩れていた。
一度引いていた涙がまた溢れてきて、花菜さんは視線を更に上に向けていた。
「別にボクは転校生の味方をした訳じゃないからね!」
「愛瑠」
「愛瑠さん……」
いつの間にか愛瑠は公園に来ていた。
きっと心配して追いかけてきてくれたのだろう。
愛瑠は照れくさそうに頭を掻きながら僕らのベンチの前までやって来た。
「ボクはただ黒瀬が嘘をついているのがムカついただけ。それと関係ない蒼馬まで巻き込まれていたから手助けしたの」
「ありがとうございます」
「だから転校生のためじゃないってば。人の話聞いてた?」
「はい。聞いてました」
泣き笑いの顔で頷く花菜さんを見て、愛瑠は面倒くさそうに目を逸らした。
「そう言いながらも今だって花菜さんが心配で追いかけてきてくれたんだろ?」
「違うし! 転校生を監視してるって言ったでしょ! 心配したから来たわけじゃなくて監視しに来たの!」
憎まれ口を叩いているが、愛瑠もなんとか花菜さんの濡れ衣を晴らしてあげたかったのだろう。
あの状況で黒瀬さんに反論して花菜さんの身の潔白を主張するのは、かなりの勇気が必要だったはずだ。
「私、この学校に転校できて、蒼馬さんや愛瑠さんと出会えて本当によかったです」
「大袈裟だなぁ」
少し照れくさかったけど、そんな風に言ってもらえて嬉しかった。
「さ、帰って今日もポートライトするよ。今日こそボクが完膚なきまでに叩きのめしてあげるから」
「望むところです」
「だからパーティープレイは仲間で協力するモードだからね? 邪魔しあっちゃ駄目だよ」
いがみ合っているように見えるけど、花菜さんと愛瑠は意外と相性がいいのかもしれない。
挑発しあう二人を見て、そんなことを思っていた。
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人を信じるということはときに勇気がいることです。
あとから見たらなんでもないことでも、その場の空気、状況、周りの反応、それらを見て何を信じればいいのか分からなくなるときってありますよね。
蒼馬は揺るがない信念で花菜さんを信じてあげられました。
これでもう花菜さんの心はガッチリ掴んだ!
掴んでるからな、蒼馬!
ガンガンいけよ!
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