第29話 選ぶ気持ちもプレゼント

 僕たちは近場を自転車で配らせてもらった。

 新聞配達のバイトは眠いということを除けば快適だった。

 まだ目覚める前の町を自転車で駆けるというのはなんだか気分がいい。

 もっともこの季節だからそう思うだけで、冬場は大変なんだろう。


 三日働いたところで週末となり、前借りをした給料でルイ・ヴィトンに向かった。


「ごめんな、蒼馬。仕事探してもらって、一緒に働いてもらって、そのうえバイト代まで借りちゃって。必ず返すから」

「うん。別に急いでないからいつでもいいよ。焦らなくていいからね」


 働いて稼ぎ、プレゼントをする。

 それがどれだけ大変で尊いのかを学べた。

 実際それだけで僕は大きなものを得られた。

 駒野くんのお陰で得られた経験だ。

 むしろ僕の方が感謝したいほどだった。


「いらっしゃいませ」


 ヴィトンに入ると従業員さんが声をかけてくる。

 実は母の付き添いで何度も来たことのある店舗だ。

 店員さんは僕の顔を見てすぐに気付いた様子だった。

 駒野くんにバレないように小さく「内緒で」というジェスチャーをすると、店員さんは頷いて理解してくれる。


「あ、しまった」

「どうしたの?」

「モノグラムとダミエ、どっちが好みなのか確認するの忘れてた」


 ルイ・ヴィトンの代表的な柄、モノグラムとダミエ。

 どちらが好きなのかは好みが分かれるところだろう。


「どうしよう、蒼馬」

「駒野くんはどっちの方が巡瑠さんに似合うと思うの?」

「んー……どっちかなぁ……持ってそうなのはモノグラムだけど、意外とダミエの方が似合う気がするんだよなぁ」

「じゃあダミエだね」

「でもモノグラムの方が好きだったらまずくない?」

「大丈夫だよ。巡瑠さんに似合うのはどっちかって考えて選んだところまでがプレゼントなんだよ。それにダミエかモノグラムかの好みの違いで嫌な顔をするような人じゃないでしょ」

「そっか! そうだよな。ありがとう、蒼馬!」


 駒野くんはダミエの長財布を選んでラッピングしてもらう。

 財布の入った袋を大切そうに手にして店を出た。


「あ、そうだ。蒼馬」

「なに?」

「この前、なんか俺に言おうとしてなかった? バイトのこととかでバタバタしてすっかり忘れてた」


 恋愛相談の件だ。

 あのときは勢いをつけて聞こうと思っていたけど、今はそんな気分じゃなかった。


「なんだったっけ? 忘れちゃったよ」

「なにか大切な話だったんじゃないのか?」

「どうかなぁ? あ、そうだ。巡瑠さんと付き合い始めたときのことが聞きたかったのかも」

「巡瑠と?」

「幼馴染みということははじめは仲のいい友だちだったんだよね? それがいつから恋愛的な好きに変わったの?」

「結構ハズい質問してくるな……でも蒼馬に訊かれたならちゃんと答えないとな」


 駒野くんは少し赤くしながら思案顔で記憶を遡らせてくれる。


「意識し出したのは俺が小六で巡瑠が中一のときかな」

「結構早いね」

「巡瑠が中学生になって部活とかはじめてあんまり遊べなくなって。友だちに俺の知らない名前が増えて、更にはバスケ部の先輩の話とか出てきてさ。なんか焦ったのをよく覚えてる」


 小学生と中学生ではずいぶんと離れた存在に感じたのだろう。

 その気持ちは分かる。


「それからなぜだか巡瑠と会うとウキウキしたり、笑うのを見たらドキッとしたり。で、あーこれは巡瑠のことが好きなんだなって気がついたんだ」

「へ、へぇ……そうなんだ」


 僕の症状と全く同じだ。

 やはりこれは恋愛感情で間違いなさそうだ。



 用事があるからと途中で駒野くんと別れ、買い物をしてから家に戻る。


「ただいま」

「早かったですね。もっとゆっくりしてきてもよかったんですよ」


 花菜さんは休みだというのにコンロや換気扇の掃除に忙しそうだった。


「あの、これ」


 先ほど買ってきた包みを渡すと花菜さんは手を洗ってからそれ受け取る。

 見た感じ食べ物じゃないことは理解しているみたいだ。


「なんですか、これ?」

「プレゼントだよ」

「ありがとうございます。開けてもいいんですか?」

「もちろん」

「んあーっ!? なにこれ、かわいい!」


 猫のぬいぐるみを見た花菜さんはニッコリと微笑む。


「ちょっとリアルな感じでしょ? 花菜さんが気に入るかなと思って」

「い、いいんですか、もらっちゃって」

「もちろん」

「でも私の誕生日は四月に終わっちゃってますよ?」

「いつもお世話になってるお礼のプレゼントということで」

「ありがとうございます」


 花菜さんはぎゅっと抱き締めて頬擦りをしていた。


「自分で働いてお金を稼いでプレゼントするって、なんだか気持ちがいいね」

「え? アルバイトのお金で買ってくれたんですか? ありがとうございます」

「家賃も光熱費も生活費も全部親に負担してもらってる身分で、ぬいぐるみ代だけ稼いだからってなんの自慢にもならないのは分かってる。けれどなんだか充実感があるよ」

「はい。もらう方もなんだか重みを感じます」


 よほど気に入ってくれたのか、花菜さんはリビングにぬいぐるみを置いてチラチラ見ている。

 話を聞いてみると、実は花菜さんはぬいぐるみが大好きだったらしい。

 でも嫁に行くのにぬいぐるみなんて持っていったら恥ずかしいと持ってこられなかったそうだ。


 寝る時間になるとぬいぐるみを抱き締めて部屋に向かう。

 僕も入ったことがない花菜さんの部屋にシャーロットさん(花菜さんがぬいぐるみにつけた名前)が先に入るのは、ちょっとジェラシーを感じた。


「あの、蒼馬さん」

「なに?」

「本当にありがとうございました。今夜から抱いて寝ます」

「あ、ああ、そう?」

「シャーロットさんって、見た目がちょっと蒼馬さんに似てますよね。おやすみなさい」


 ボソッとそう言って花菜さんは素早く部屋に消えていった。


「に、似てるかな?」


 閉じた扉にぽそっと呟く。

 なんだか頭の中がほわほわしていた。




 ────────────────────



 勤労の尊さを味わう蒼馬でした。

 プレゼントはモノよりも気持ちが大切!


 それにしても花菜さんは見た目によらない秘密がたくさんです。

 それら一つひとつを集めてますます惹かれていく蒼馬。


 そろそろ二人に大きなイベントが訪れます。

 頑張れ、二人とも!

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