第25話 未来の『あの日』を生きている

 春にしては暑いけど、まだ梅雨にも入っていない五月の終わり。


 僕は珍しく部活が休みの駒野くんとその彼女である森田巡瑠さんと下校していた。

 カップルの間に割って入るなんて気が進まないのだけど、向こうから誘ってくれたので仕方ない。


「九条くん、最近やけに明るいよねー」


 巡瑠さんは早速ニヤニヤしながら僕の顔を見る。

 一緒に帰ろうと誘われたときから予想はしていたが、借り物競走の時のことをからかいたいんだろう。


「先輩が思ってるようなことにはなってませんから」

「ん? なに? 巡瑠が思ってることって?」


 駒野くんは不思議そうに首を傾げる。


「とぼけなくていいよ、駒野くん。どうせ僕と梅月さんのことをからかいたいんだろ?」

「は? なんで俺たちが九条に梅月さんのことでからかわなきゃいけないの? マジで意味わかんないんだけど?」

「えっ!?」

「あーあ。せっかく虎太朗にも内緒にしてたのに」


 巡瑠さんは罠に引っ掛かったウサギを見るような目で笑う。


「なんだよ? 教えろよ。仲間外れにすんな」


 まさか彼氏で僕の友達でもある駒野くんに借り物競走の話をしていなかったとは思わなかった。

 キャラに似合わず、意外と口は固いようだ。


 仕方ないので駒野くんに説明する。

 でも話すのはあくまで借り物競走のことだけだ。

 実は僕が資産家の息子で、しかも花菜さんがその許嫁だなんて口が裂けても言えない。


「えー? 梅月さんの借り物って『一番の友人』だったんだ!? しかもそれで選ばれたのが九条なの!?」

「意外でしょー? あたしもビックリしたし!」

「てかなんで? 話してるところほとんど見たことないんだけど?」

「知らないよ。向こうがそう思ってくれたってだけで。恐らく隣の席だから落とした消ゴム拾ったりしたからじゃないかな?」


 無理があるかと思ったが、意外にも駒野くんは「なるほど」と頷く。


「梅月っていまいちクラスに馴染めてない感じがあるもんな」

「そう? 黒瀬さんとかと仲良くしてるんじゃないの?」

「どうかなー? 黒瀬って意外とクラスのアイドルの座を奪われたって根に持ってそうだし、梅月さんの方もあまり他人に心を開かないタイプに見えるし」


 意外と鋭い考察にドキッとした。

 駒野くんはお気楽に過ごしているようで、意外とクラスの全体を見渡しているようだ。


「『一番のなかよしさん』から進展あったんじゃないの?」

「ありませんよ、残念ながら」

「俺は九条が明るくなった原因は愛瑠だと思うけどな」

「あー。それはあるかも。愛瑠が学校に来てくれるようになったのは本当に嬉しいし」


 そう答えるとなぜか駒野くんと巡瑠さんは顔を見合わせて苦笑いする。


「どうしたの?」

「いや、九条くんって想像以上に鈍い人なんだなぁって」

「そうかな?」

「愛瑠が学校に来られるようになったのって九条と二人三脚するためなんじゃないのか?」

「もっと言えば九条くんと会えるから来てくれるようになったんだと思うなぁ」

「愛瑠が? それはないですよ。愛瑠も本当は学校に来たいって思ってたんだと思います。きっかけが掴めたから登校出来るようになったんです。僕の力とかそういうのじゃないですよ。愛瑠本人の努力です」


 愛瑠の努力をみんなもっと認めるべきだ。

 一度学校に来づらくなった人がもう一度登校するようになるということは他人が想像するより遥かに大変なことなのだから。


「そりゃもちろん愛瑠ちゃんは努力したと思うよ。でもその原動力はなんというか……」

「巡瑠、九条に遠回しな言い方は通じない。はっきり言うぞ? 愛瑠はお前が好きだから学校に来られるようになったんだよ」

「愛瑠が!? まさか!あはは!」

「態度見てたら分かるだろ。てか九条も愛瑠のこと、結構意識してるんじゃないの?」

「それはない。絶対にないよ」


 これは笑いにする話ではないのできっぱり否定する。


「愛瑠は恋愛関係で深く傷ついたんだよ。そんな彼女に間違っても恋愛感情なんて抱かない。それは僕を信頼してくれている愛瑠を裏切ることだ」

「固いなー」

「でもそんなところが九条くんって感じだよね」


 僕の強い意思を理解してくれたようで、二人はそれ以上愛瑠のことでからかってこなかった。


 話題は体育祭になり、次第に中学、小学校時代の運動会の話になっていく。

 二人だけにしか分からない、積み重ねた歴史の話だ。

 もちろん僕をのけ者にしないように面白暴露エピソードを入れたり、僕の子どもの頃の運動会について訊ねたりもしてくれる。


 恋人になるということは二人で時を重ね、思い出を増やしていくことなんだなと感じた。

 既に多くの時間を共有している二人が、なんだかとても羨ましかった。


 二人と別れてからも恋人同士の仲睦まじい微笑ましさが僕の中に残っていて、なんだかウキウキしてしまっていた。


「どうしたんですか、ニヤニヤして?」

「わっ……花菜さん」


 いつの間にか花菜さんが僕の隣を歩いていた。

 手には買い物袋をぶら下げている。


「買い物の帰り?」

「ええ。そしたら蒼馬さんを見かけて。でもなんか嬉しそうに微笑んでいるので声かけづらかったです」

「み、見てたの? すぐ声かけてくれればよかったのに」


 色々買って重そうな買い物袋を代わりに持つ。


「いいですよ。私が持ちますんで」

「そうはいかないよ。ごめんね、いつも買い物お願いしてばかりで」

「二人で行って人に見られても面倒ですから」


 荷物運びを任せてくれる気になったようで、それ以上僕から荷物を奪おうとはしてこなかった。

 傾いた陽が景色を赤く染め、花菜さんの輪郭が眩しく光って見えた。

 先ほど巡瑠さんにからかわれた影響で、なんだか急に意識してしまう。


「いつかこうして二人で帰ったことも思い出すのかな?」


 ドキドキしながらそんなことを呟いた。


「そうですね。じゃあ忘れないように写真撮っておきます」


 花菜さんはスマホを向けて写真を撮る。


「蒼馬さんが荷物を持ってくれた記念写真です」

「珍しいこともあったんだなんて言われないよう、これからも荷物を持つよ」

「ありがとうございます」


 花菜さんは目を細めて笑った。

 その自然な笑顔がとても可愛くてもっと見たいのに、僕はそっと目を逸らしていた。




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 ようやく自分の気持ちに気付きはじめた蒼馬。

 このまま素直になれるのでしょうか?

 許嫁から始まる恋愛というのも不思議なものですね。



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