鞄の中
そういえば、あの日も雨が降っていた。
面接会場に向かう道中は特に緊張はしてなくて、気持ち悪いほどに冷静だったことはよく覚えている。緊張は前日までと私の中で相場は決まっている。
まあ当たり障りのない、平凡な会社員だったと思う。
平々凡々なりに、昇進のため日々邁進していた。
会社が定時で終わると、会社の先輩に飲みに誘われついて行く。
最初のうちは良かった。分からないことの方が多い私にとって学びの場でもあった。タダでお酒と晩ご飯にもありつける。経費で落ちるものもあれば先輩が奢ってくれることもあった。
仕事に慣れてくると、だんだん飲み会が億劫にもなっていたが、先輩の誘いを断れるほど、出来た人間じゃなかった。
いわゆる縦社会の男社会。
よくある話だ。女性はたしか会社全体の2割ほどだったっけ。
酒がまわった先輩たちからのお説教や武勇伝。俺たちが若い頃はもっと酷かったとかの苦労話。
どれもクソほど面白くもない話に、毎度良くて2時間は付き合わされていたっけ。
お陰様でめんどくさいこともあったが、相手も自分も不快にさせず、うまく交わして立ち回る術は身についた。
めんどくさいなりに、楽しめるようになった気もしていた。
職場でも1番下っ端の私は、自分でいうのもアレだが、けっこう可愛がられていたと思う。
今思えば、絵に描いたような優等生だった。昔から…いや、昔はひねくれ者だった。就職したばかりの私は、何になりたくてそうしていたんだろう?
今となっては、もう朧げだ。
私が優等生を演じるようになったのは、小学校最後の夏からだ。
今でもよく、覚えている。
遡り過ぎた過去に、カサカサの筆で黒い絵の具を無理矢理ぐるぐるのばされた感覚を覚えて、
そこまでで思考をやめた。
パソコンの電源を落としてから、ベットの上に出来るだけ勢いをつけて寝転がった。
目には曇りがかった天井が映った。
耳には雨音と自分の呼吸の速さだけが響いていて。
なぜだか、どうしようもなく情けなくなったんだ。
鞄に入れたままの“約束”を頭の隅に置いたまま、
私は瞼を下ろした。
気のせいかもしれない。
鼻にはやわらかい香りが通り過ぎた。
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