一か八かの賭け
なんだったんだ? 今のは……
我に返った光来の頭上で呻き声が聞こえた。
「おお……おお……」
声の主はダーダーだった。探検家が長年の冒険の末、探し求めていた遺跡を見つけ出したかのように感嘆の声を漏らしている。
シオンから手を離し、よろめくように近づいてきた。感激していると表現するのが最も近いのだろうが、その眼に生気は感じられず、表情と感情にズレを感じ不気味な違和感が拭えなかった。
「今のがトートゥか……素晴らしい。素晴らしい魔力だ。これまで見たどんな魔法より凄まじい。初めて見たぞ。真っ白い魔法陣なんて」
ダーダーが夢心地で呟いている言葉など、光来にはどうでも良かった。リムがぴくりとも動かない。しかし、光来は落ち着いた声でリムに訊いた。
「狙いは?」
「……任せて」
ダーダーの動きがぴたりと止まった。いきなり時間を止められ動きを封じられたような、そんな止まり方だった。
光来に抱きかかえられたまま、リムが素早く身を起こし、寸分の狂いもなくダーダーの眉間に狙いを定めた。
「そんなに感激したなら、もっと痺れな」
背筋が凍るような声色と共に、リムは躊躇することなく発砲した。電撃の魔法、ブリッツの弾丸は、その特性を誇示するように稲妻を纏ってダーダーの眉間を撃ち抜いた。
「がっ!」
ダーダーの全身を電流が駆け巡る。これで三発目のブリッツだ。さらに、直撃ではないとは言え、ブレンネンの魔法も喰らっている。これで仕留められないなら、こいつは本物の化物だ。
青白い光に照らされながら、光来はルシフェルを構えた。これでもまだ動けるようなら、再び禁忌を破ってトートゥを撃ち込むつもりだった。
「おおお……」
ダーダーの膝が崩れた。それでもまだ倒れない。ここまで頑強な肉体などありえない。天井から糸が伸びていて、何者かが操っているのではないかと本気で疑った。抱きかかえたリムの体が小刻みに震え、その振動は光来にも伝染した。もしかすると、震えているのは光来の方なのかも知れない。
こいつは、本当に人間なのか?
「だ……」
ダーダーの口から声が漏れ出た。
「騙したな……私がトートゥを見たことがないと言ったので、違う魔法を精製したな……」
「…………」
ダーダーの言う通りだった。一か八かの賭けだったが、何者かに触れられた感覚を覚えた時、イメージ通りの魔法を精製できたと確信した。だから撃てた。
気の利いた台詞で返答してやろうと思ったが、喉に何かが引っ掛かったように声が出なかった。
「自分で精製できると予想はしていたが……、アリアを詠唱しないとは……、私の魔法を打ち消すとは……、恐ろしい。恐ろしい魔力だ」
「お前……誰だ?」
やっと、光来の口から声が出た。考えて口にした台詞ではない。無意識に漏れ出てしまった疑問だった。
ダーダーが崩れ落ちた。さすがに、もう立ち上がりはしないだろうと思っても、理屈ではない恐怖が身を竦めさせ、なかなか体が動かなかった。
「ん……」
シオンの囁くような声で、やっと膝に力が入った。光来とリムは慌ててシオンに駆け寄った。
「シオン、大丈夫か?」
光来は、リムにしたようにシオンを抱きかかえた。
シオンは、倒れているダーダーを見て、ことの成り行きを悟ったようだ。光来の腕を振り払うようにして立ち上がると、ダーダーのガンベルトから弾丸を一発抜き取った。その弾頭は清らかさを感じさせる透明に近い青い紋様で形成されていた。
「見慣れない魔法……これに違いないわ」
シオンはその弾丸を自分のガンベルトに収めると、ふらふらと歩き出した。
光来とリムは、シオンの行動を無言で見守っていたが、シオンが大広間から出ていくと、リムは我に返ったように光来に目を向けた。
「私たちも行きましょう」
「こいつは……ダーダーはどうする?」
倒れているダーダーを一瞥する。
「一度戻って、通報しましょう。あとの処理は保安隊に任せればいいわ」
「でも……」
光来は、リムの提案に素直に頷けなかった。僅かな間でも、この男から目を離すのは危険だと感じるのだ。その不安を察したリムは、諭すように言った。
「大丈夫。こいつら、ダーダーも含めて当分動けないわ」
「うん。でも……」
気にしつつも、光来はリムに従うことにした。リムの言う通り、ダーダーは完全に気を失っており、目を覚ます様子は微塵もない。ダーダーの顔を覗き込んだ。確実な安心を得ようとしたのだ。しかし、この異常な男が再び立ち上がり、やり合うイメージが頭に浮かんでゾッとしてしまった。自分を納得させるためにしたことなのに、完全に逆効果だった。
リムは既に歩き始めていた。
「あ、待てよ」
慌てて後を追った。大広間の至る所に倒れている凶悪そうな面構えの男達を眺めていると、ダーダー一人だけが相手で良かったと思う。
「シオンは、こんな大勢相手にどうやって戦ったんだろう?」
「……彼女、けっこうやるかも知れないわね」
リムは素っ気なく応えたが、実は彼女も気になっていたことだった。これだけの人数を相手するなんて、自分でも骨が折れる。しかもシオンは自分達が到着するまでの僅かの間にこれだけのことをやってのけたのだ。もしかすると、自分でも不可能なのではないだろうか。けっこうどころか、かなりの凄腕だ。戦いに多少なりの自信を持っているリムは、自尊心が触発されるのを感じた。
「そう言えば、リム」
リムの胸中など知る由もない光来に話し掛けられ、滾りかけた心が急速に冷え、落ち着きを取り戻した。
「なに?」
「俺達、賞金首になってなかったっけ? 保安隊に通報するのはまずいんじゃないか?」
リムは少し思案してから「……それもそうね。通報はシオンに任せましょう」と答えた。
「ひょっとして、忘れてた?」
光来のツッコミに、リムは無言のすまし顔で答えた。
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