第9話『ああ、花の五重マル』


9『ああ、花の五重マル』  





 夏休みの宿題が返ってきた。


 五重マル。これはいい。


 でも赤ペンの評でガックリきた……。




 戦争について調べ八百字程度で、作文を書きなさい。これが宿題のタイトル。




 戦争、それも夏というと、太平洋戦争の終戦、原爆……ぐらいしか、思い浮かばなかった。

 お父さんもお母さんも、昭和四十年代生まれなんで太平洋戦争のことは知らない。

 お爺ちゃん、お婆ちゃんも昭和二十年代生まれなんで、せいぜい、三丁目の夕日だ。


 一日延ばしにしているうちに、お盆になった。お盆に施設に入っている大爺ちゃんの、お見舞いに行った。



「太平洋戦争……ああ、大東亜戦争やな」

「ダイトウワセンソー?」

「ダイトウアセンソウや」

「大爺ちゃんは、戦争いってたの?」

「いきそこないや。飛行時間二十時間で終戦や。あと十時間も乗ってたら特攻にいってたやろな」

「特攻……?」


 大爺ちゃんは、頭はしっかりしてるけど、体力がない。酸素吸入をしながらの話は、それでおしまいだった。

 ただ、あたしに何かを伝えようとして、目の前で、しばらく両手を動かしていた。意味は分からない。


 マユは、パソコンで『戦争に関する感想文』というのをマルマルコピーして、ちょこっと言葉を変えるだけで出すと言ってた。

 あたしは、ダイトウアセンソウと特攻がキーワードだった。で、そこからアクセスしてみた。


 びっくりした。はじめて大爺ちゃんの口から聞いた大東亜戦争が正解だった。太平洋戦争というのは戦後アメリカが強制的に呼ばせた言い方で、日本では、戦争に負けるまで大東亜戦争だった。それに、アメリカと戦争をする何年も前から中国と戦争をしていて、それも含めての言い方だと知った。


 特攻は、サイトのどの文章も難しいんで、ユーチュ-ブを見て、そのまま感じたとおり書こうと思った。


 日本の飛行機がアメリカの船につっこんで、爆発するのや、飛び交う弾丸の中で空中分解するのや、海につっこむのとか、なんだか、おちょこでお酒飲み合って、飛行機に乗っていくとこ。なんだか、画質は悪いけど、ゲームのCGの感覚だった。


 そんな中、二つのショッキングな特攻の動画を見た。


 共通点は、どちらも積んでた爆弾が不発だったこと。でも、結果がまるでちがう。死ぬってとこではおなじなんだけど、違う。そして同じなんだと思った。


 一つは、戦艦に見事に体当たり。


 でも爆弾は不発で、戦艦の甲板で、飛行機はバラバラになって燃え上がった、積んでいた飛行機の燃料に引火したんだ。そして、かたわらには、飛行機から投げ出されたパイロットの亡骸。乗組員は蹴って海に落とそうとするが、艦長が、それを止めた。



「彼は命をかけて、この船につっこんできて、いま神に召されたんだ。見事な軍人だ、礼節をもって弔え」



 それで、その戦艦では、アメリカ式に乗組員が並び、弔いのため弔砲(ムツカシイ言葉だけど調べた)を撃ち、シーツに赤丸を描いた即席の日の丸に包まれた遺体を丁重に水葬にし、みんなが敬礼で見送った。


 もう一つは、航空母艦に突っこんで不発。


 飛行機は甲板を滑って海に落ちた。そしてパイロットが生きたまま浮かび上がり、乗組員に手を振って救助を求めた。

 で、次の瞬間、そのパイロットは、航空母艦の機銃で撃ち殺された……。

 ライフジャケットを着ているので、遺体は沈まない。ぐったりのけ反ったまま、自分の周りの海面を真っ赤に染めて、遺体は流れ去って行った。


 ショックだった。


 同じアメリカ人が、こんなに違うことをすることを。大爺ちゃんが、当時は同じような若者で、一つタイミングが違えば、同じように死んで、今のあたしたちが存在しなかったであろうことが。

 落ち着いて、もう一度ずつ見た。両方とも同じだということに気がついた。

 方や、騎士道精神に則った美しい行為。方や、復讐心がさせた無防備な者の虐殺。


 これは、戦争という異常事態での、異常心理の表と裏だ。わたしは、こんなことが戦場のあちこちで、それぞれの国の中でも、様々な異常心理があったんだろうなと想像した。幼いながら、なにかとんでもないものが背景にあるような気がした。もっと勉強しなければと思った。



 先生の評は、こうだった。


 この悲劇を起こしたのは、当時の日本です。そこを見据えて、戦争の真実をとらえ、勉強しようという思いは、立派です。がんばろう! 大東亜戦争は間違いです、太平洋戦争。言葉は正しくおぼえよう。


 東京オリンピックが終わって一年がたつ。


 オリンピック景気が去って、少し日本の経済は冷え込んだ、しかし内戦が起こったり、餓死者がでたりということは、笑っちゃうけど、ありません。今期に入った経済の短観でも、失業率は下がって景気も回復の傾向だ。



 あたしは、W大学のマスターになり、アメリカの留学生といっしょに、大東亜戦争の経済的背景と民族的問題に頭を捻っている。アメリカ人の相棒の口癖はは、「トルーマンのクソ野郎」である。あたしは、あの夏の日、大爺ちゃんが苦しい息の中、両手で表現しようとした何事かを、時々手だけ真似てみる。分かるのは何十年も先かもしれない。


 電子新聞の片隅に『オリンピック不況を呼んだ政府を糾弾!』という前時代的な集会の記事が出ていた。壇上のオッサンが気になって、指で拡大、九秒の動画にして分かった。


 あの、東京オリンピックが決まった秋に、五重マルをくれた中学の先生だった……。

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