第3話 宇宙人に誘拐されるプロを自称する私の、『おやつ物語』
中学校の帰り道。突然辺りが光に包まれ、フワフワと体が宙に浮く。足は地面を離れ、既に一メートルは浮いている。浮いた体で頭上を見上げると丸いありきたりなデザインの円盤。もう少し捻りが欲しい所だ。
不意のことで肩に掛けてあったバッグをするっと落としてしまい、地面に置き去りだ。特に貴重品は入っていないし、入っているのは教科書とノート、筆記用具に、そして体育で使った体操服ぐらいだ。この田舎道は人通りも少ないし、特に問題ないだろう。それにもうすぐケイちゃんが部活を終えて、この道を通る。きっと親友の彼女なら、事態を察して家に届けてくれるだろう。彼女はすべて知っている。
そしてまだ地上を離れて三メートル程。
ずいぶん遅い。この宇宙人のテクノロジーはそれほど高くはないのかも知れない。いや地球に比べれば遥かに進んでいるんだけれど。それに恐らく、こんなデザインの宇宙船を使っているくらいだ。きっと中にいる宇宙人もベタに違いない。TVの特集とかでよく見る小さく、全身銀色で、目と頭が大きいありふれた姿。
それにしても、拉致するなら早く引き上げてほしい。きっと下からは制服のスカートの中身が丸見えだ。人がもし通りかかったら目も当てられない。
まだ五メートルくらいだ。まだまだ十メートル以上あるのに。そして腕を組み、眉間に皺を寄せ、少しイライラしながらも思い起こす。
あれはたしか小学四年の時。生まれて初めて宇宙人に誘拐された。今回と同じく学校の帰り道に体が発光しフワフワと浮かんで宇宙船の中に捕らわれた。突然の出来事で慌てふためき、泣き叫んでいたら、緑色の肌をした宇宙人らしき生物が白くて丸い物を手渡してくれた。
渡された物体は、とても甘い香りがして、鼻孔をくすぐってくる。とても美味しそうな匂いだ。なので、とりあえず口の中に放り込む。得体の知れない生物がくれた、得体の知れないものを食べてしまうと言う暴挙だったが、きっとあり得ない出来事を前にした子供の私は錯乱していたのだろう。
口内に広がるこの世のもの、いや、味とは思えない味わいに、もうすべてが許せた。子供の私はきっと単純だったのだろう。もうこの宇宙人が大好きになった。そしておかわりのおねだりも忘れなかった。私の行動に少し驚いたようだったが、察したようで、もう一つ丸い白いお菓子らしきものをくれた。
それを食べている間に宇宙人に促され、台の上に寝かせられた。いろいろな機械が動き出しなにやら体中を調べているようだったが、特に痛くもなかったのでしたいようにさせてあげた。
そして気づくと家の近所の公園のベンチだった。かなり長い時間が経ったようだったが、家に戻り時計をみても、いつもより五分程度しか違わなかった。
それ以来、大体二、三か月に一度は誘拐されるようになった。だが、毎回違う宇宙人で宇宙船の形も様々だった。最初に攫われた時に両親に話したが、まったく信じてもらえなかった。そしておやつを貰っても知らない人について行ってはダメと説教もされたので、以降全く話していない。
それに宇宙人たちは、毎回必ず甘くて美味しいもをくれる。色や形は毎回違うが、どれもこれも舌がとろけるように美味しいのだ。美食家を自称する私が、この誘惑を、この誘拐を、断れるはずもない。
それにしても長すぎじゃない? まだあと三メートルはある。
宇宙人に誘拐されるエキスパートといっても過言ではない私を誘拐するには、テクノロジーレベルが低すぎるのではと思ってしまう。
それとどうやら宇宙人側にも宇宙人同士の情報ネットワークがあり、私の個人情報が駄々洩れているのではと最近思っている。頻繁に攫われる割には、いつも一人で行動している時で、今まで誰にも見られたことが無い。年五、六回攫われて、四年。約二十回は誘拐されているのにだ。私の生活のすべてが宇宙にLIVE配信されているのではなかろうか。
言葉は通じないが、最近ではなんとなくコミュニケーションが取れるほどにまで成長した。最近では、外人よりも身近な存在だ。恐らくここまで宇宙人とコミュニケーションが取れるのは地球人では私だけだろう。多分だけれど。
それに結構宇宙人は皆優しい。すごく嫌がることはして来ないし、痛い思いや辛いことはされたことが無い。あまりに気を許しすぎるのもどうかとも思うが、まぁ、そこはその時に考えようと思う。
これは私の想像だが、彼らも攫われ慣れているほうが、きっと接しやすいのだろう。人によっては発狂しかねない事態だし……。彼らは地球人を傷つけたくないのだ。
宇宙人達は地球に興味があるのだ。そこに生きる生命体にも。以前、私の他に宇宙船内でアルパカを見かけたことがある。子供だった私は、初めてまじかで見るアルパカに興奮したのを覚えている。彼らもそうだったのだと思う。彼らは地球とそこに住む生命体と仲良くしたいのだ。そのために慎重に調査をしているのだ。失敗しないように。きっと。
さてやっと、辿り着いた。眼下には見慣れた自分の街。少し離れた道には親友のケイちゃんも見える。何も問題ない。きっと私のカバンを家に届けてくれるであろうケイちゃんにいつもの報酬のおやつを持って帰ってあげよう。
あの甘くて美味しい、この世の物とは思えないおやつを。
そして出迎えてくれた宇宙人は、やはり想像通りのベタな姿だった。
白桃狼のおかしな幻想短編集 白桃狼(ばいたおらん) @judas13th
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