第5話 【ゴマ】


 悲鳴や罵声に、亜人の鳴き声。応戦の為か魔法を発動したで有ろう轟音。

 街のあちこちから響いては耳に入ってくる情報は実に雑多なものだった。

 

 混乱を裏付ける様に、煙や炎が立ち込めているのも家屋の屋根越しに見える――のどかな田舎の街がものの数分でこの世の地獄へと早変わり。

 シャルロッテの記憶が正しければ、一番最初悲鳴が聞こえてきたのは東の方角から。これは亜人達の襲撃ポイントが当初の想定から真逆に位置している事を示していたが、

 

 「こんな道があったとはね」

 

 当の二人はまさしく亜人の進行方向とは逆、街の東側へと向かっていた。

 わざわざ亜人の口元に飛び込んでいくようなルートにも思えるが、

 

 「商売人たるもの、如何に物を安く仕入れるかに掛っていますから」

 「そりゃ逞しい事で」


 要は街の関税逃れの密輸ルートである。


 表通りから遠く離れた場所に店を構える時点で、『Poporlo』がマトモな商売していない事くらいシャルロッテも薄々感じていた。

 かと言ってエルフを攫っては接客させている訳ではなく、一口吸うだけで楽園が見える様なブツも取り扱っている訳でもない――考えられるとしたら飲んでいる酒が密造酒である事くらいだったが、


 「……大声で言えない商売で使う道にしては、割と堂々としてるね」  

 「ほっほっほ。お客様の為を思っているからこその行い。そこに後ろめたい気持ちなどあるものですか」


 防衛兵に摘発でもされたら5年は牢屋で暮らす事を覚悟しないといけない密輸行為。文字通り渡るに危ない『橋』たる道にしては、随分と見通しが良い。

 下手すると『Poporlo』が面している路地より倍ほど幅が広く、


 「この辺来た事ないけど、市場の方向よね?」

 「突き当りを左に曲がれば中央市場へ繋がるという点で、ご推測は合っております。途中スラム街を抜ける必要がありますが」

 「へぇ。そんなこの街にもそんなところあったのね」

 「一等地にお住まいのお嬢様が知らなくとも当然でしょうし、用がなければ立ち寄らないに越したことはございませんな」

 「随分棘のある言い方するわね」

 

 勿論この街の出入りは厳密に管理されており、東西南北にそれぞれ一つずつある関所しか対外的な開口部はない。

 とてもこの道を進んでいけば外に広がる一面の大草原を拝めるわけではない事くらい、シャルロッテもすぐに推測がつき、


 「大方密輸用の隠し通路にでも向かってるんでしょうけど、流石に堂々と防壁から出ていくわけじゃないでしょうし……どことどこが繋がってるの?」

 「ここで伝えてしまっては興が無いでしょう。見てからのお楽しみと言う事で如何かな」


 街と外を隔てるのは目に見える外壁のみにとどまらない。

 亜人の種類によっては空や地中を進んでくる場合もあり、そんな特殊外敵に対しての防御措置として、地平を中心に楕円状の結界が貼られている。


 一度触れれば体中に電気が流れる――といった過激なものでは無いが、実際触れた事のあるシャルロッテがそれに抱くイメージは文字通り『壁』。

 もともと地中を掘り進むドワーフなどの亜人対策ゆえ、地下10m程までなら余裕でその防御圏内である。


 視覚的に見えこそしないが、それが腕力だけを頼りに容易く突破できないのは直ぐに分かる程度には強固なもの。


 シャルロッテもこの結界の突破方法が全く思いつかず、仕方なくマスターの護衛に甘んじているだが、


 「 言っておくけど、下水道とか止めてよね」

 「ほっほっほ。 そこは安心ください。『白無垢の聖剣女』を他人の汚物塗れにする様な真似はしませんよ。まぁ、既に十二分に汚れているのなら、今更気にする事でも無いように思えますが?」

 「どういう意味よ」

 「……さて、見えてきましたよ」


 シャルロッテは視線を前の道へと戻してみるが、変わらず住宅街のど真ん中。

 どれも目立った特色なく、レンガを積み上げた外壁に角度の急な屋根が乗せられていただけの構造。道なりに一面壁が如く聳え立っている訳だが、


 「こちらへ」


 その内の一軒、目を凝らしてみても何ら変わり映えしない家屋の列の内の一軒に入っていく。


 中は密集する人家に遮られ日の光が差し込まず、ランプを付けないと通路の幅すら視覚的に惑わされる程に薄暗い。

 間取りとしては外観と違わず一般的な民家と言った所。強いて言うならテーブルや椅子などの必要最低限の家具しか備わっていないようで、生活感は非常に薄かった。

 それでいて違和感がある程でもない平屋を奥へ奥へと進んでいくと、


 「……普通の家、って思ってたのは撤回するわ」

 

 一つの部屋の扉を開けると、これまで暗闇しかなかった屋内が一転。5坪ほどの部屋の奥に置かれた『それ』が姿を現すと、瞬時に青と紫がかかった光が辺り一面を包む。さながらストリップショーが始まるかと思うほど艶やかな色合いだったが、


 「『ワープホール』って奴? 良く作ったわね、こんなもの。流石元王宮魔導士」

 「ほっほっほ。遠い昔の話はやめて頂きたい」


 謙遜はすれど、マスターの表情はどこか誇らしげ。

 それもその筈、戦略的な価値すらある空間魔法を行使できる人間など国に数人といない。使えるというだけで一生食うに困らないと言われる術を持った逸材が、なぜこんな片田舎でコソコソと寂れた酒場のマスターをやっているのか。

 シャルロッテも甚だ疑問に思うばかりであったが、


 「……酒の数本くらいなら良いかもだけど、流石にこれじゃ人は通れないわよね。まぁ、アタシは体系的スマートだから良いとして、少なくともマスターは無理でしょ」

 「勿論。しかし空間魔法は距離と幅の釣りあい――贅沢せず、亜人の目が届かない程度の場所に『穴』を縮めれば、一回につき一人くらいは余裕の筈です」

 「なるほど」


 部屋の宙にポツンと空いた『穴』は直径が約30cmほど。それをもう二回りくらい大きくすれば大人一人分くらいは余裕の筈だが、


 「しかしながら、魔法陣の再構築にはいささか時間が掛かります。1時間……いや、私たち二人が通れる程度で良いのなら……そうですね、最低でも40分は稼いで頂きたい」

 「まぁ、無計画に壁の外を目指すよりかは幾分合理的、か。分かったわよ。じゃ、さっさとお願い」

 「畏まりました」


 マスターは頷くと、先ほどまで着用していたジャケットや帽子を床に置いては袖をまくり床へとしゃがみ込む。

 

 シャルロッテも人並みに魔法の心得はあるが、とてもじゃないが殺し合いに使えるような技量はない。だからこそ、マスターが魔法を行使するや否や、周囲から集められる魔力の量とその速さは圧巻の一言――これが王宮に使えていた術師かと、思わず息を巻いた。

 『穴』と結合しては星の様に眩い白光を放つ美しい景観に思わず見とれるも、


 「……じゃ、とりあえずなんか武器ない? 流石のアタシでも丸腰であの数は無理」

 「ほっほっほ。杖ならその辺に掛けられているでしょう」

 「アタシが魔法使えない事知ってるでしょ。なんかの嫌味、それ」

 「アカシアの木から出来てます。鈍器としての強度は十二分にある筈かと」

 「……別に棍棒スキル会得してる訳じゃないし。アタシは刃物が欲しいのよ。普通の家なら、包丁の一本や二本くらい置いてあるでしょうが」

 「ここはあくまでダミーの屋敷で有って、住居目的ではありませんからな」

 「分かった、もういい。とりあえずタバコと火だけは貸して」


 マスターの同意を待つことなく、シャルロッテは床に置かれたマスターのジャケットからタバコとライターを拝借しては自分の懐に納める。

 逆にその際に『Poporlo』から例のモノを取り出すと――

 

 「ま、とりあえずこれで何とかしてみますか」

 

 彼女の言う所の刃物の概念には当てはまらないであろう、アイスピックを手に握り再び外へと出た。


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