第24話 NTR
「何かさっき白ギャルさん出ていきませんでした?」
「あ、お疲れさま、綾恵さん。ああ、まぁ散歩かなんかじゃないかな。すぐ戻ってくると思うよ」
特に理由もなく、それなのに何故か無性に離れられずにベッドに座っていると、綾恵さんが戻ってきた。ちなみに綾恵さんもまた白シャツにデニムショートパンツというラフな出で立ちである。ここには僕以外の視線もないので僕的にもそれで構わないのである。もはやモラハラ男である。それに、ネックレスもつけてくれているし。
「えー、せっかく二人っきりのお泊りになると思ったのにー」
「まぁ、そう言わないでやってよ。舞も寂しがり屋だからさ。それにほら、高柳先輩もああ言ってくれてたわけだしさ、その、来年でも再来年でもまた二人で来ればいいんじゃないかな」
言葉が尻すぼみになっていく。綾恵さんの顔なんて見れやしない。星空を眺めるふりをしながら頭の中の台本をなぞるだけで精一杯だ。
今の僕には、綾恵さんの彼氏であり続けられる自信がない。三か月間、綾恵さんととてつもなく濃い時間を過ごしてきたけど、その点だけは付き合い始めたときよりも悪化してしまったと思う。綾恵さんとずっといっしょにいたいという気持ちが強まっていくのに反比例するように、自分にはその資格がないという事実が客観視できるようになってきてしまった。
綾恵さんはきっと僕のネガティブな未来予想図を優しく否定してくれる。苛烈にぶっ壊そうと策を練ってくれる。でも、きっといつかは呆れられる。諦められる。ネックレスなんてつけてはくれなくなる。熱くなってくれているからこそ、見放されるときはあっさりだと思う。その一瞬は、明日や今日来たっておかしくはなくて――
「はぁ……そうですか。何か、冷めちゃいました。来年とかもう、ないと思います」
「――――」
「うっそー♪ あはっ♪ 振られちゃうと思いましたか? ざーんねーん♪ 今すぐ奏君と結婚して八十年分の夫婦旅行の予約入れたい綾恵さんでしたーっ♪ むちゅー」
僕の隣に腰を下ろした綾恵さんの唇が、優しく僕の唇に重ねられた。
「…………綾恵さん……っ」
「うふふ♪ 奏君泣いてるー♪ かわいいー♪」
「だって……っ、いじめないでよ……」
「嫌です♪ だって、好きなんですもん、奏君との疑似NTR。奏君にやめてって言われたってやり続けちゃいますから♪」
「え……」
綾恵さんが僕を抱きしめて、頭を撫でてくれる。
「無駄なんかじゃなかったですよ。楽しかったですもん、とっても。私たち、疑似NTRを通じて、お互いの好きな気持ちを確かめ合えたじゃないですか。だから絶対後悔なんてするわけないし、後悔もしてほしくありません。私、頑張ったおかげで奏君の深いところまで理解することが出来るようになったって思ってたんですけれど、違いますか?」
「……違くない……僕も、疑似NTRのおかげで綾恵さんのこと深く知れたと思う……綾恵さんのこと、さらにさらに好きになった……セックスはできなかったけど、綾恵さんとセックスをしたいって本気で思えるようになった……」
「きゃ♪ 奏君のえっち……♪」
本当に、敵わないな、綾恵さんには。僕の情けない葛藤なんて全部お見通しだったんだ。その上でこうやってそんな悩みの種を取り除いてくれる。いや、受け入れてくれる。建前でも何でもなく心からそうしてくれているのがわかるから、罪悪感すら忘れさせてくれる。綾恵さんの胸に抱かれていることが本当に心地いい。きっと僕は一生君から離れられないんだろうな。
「あはっ♪ ということでこれからも目的とは関係なく疑似NTRやっちゃいますから、覚悟していてくださいね♪」
「綾恵さん……っ、好きだよおおおおおおおお! ずっと一緒にいてくれええええええ」
僕は綾恵さんのおっぱいに顔をうずめて、その感触を堪能した。エロい気持ちにはならないが、とにかく気持ちよくて心が落ち着く。すんすんっ、くんかくんかっ、すーーーーっ…………ママの匂い……!
僕も、綾恵さんとの疑似NTRの日々を誇りに――とまでは言わないけど、大切な思い出として一生大事にしていこう。綾恵さんと結婚して、子どもを授かって、子どもたちが巣立っていって、また二人きりの生活になったときに、照れながらこんな日々を振り返るんだ。背徳的でエッチで、そしてとてもとても甘い、二人だけの秘密の思い出を。まぁ思い出っていうか、結婚して子どもが出来てからも疑似NTRは続けてきそうな勢いだけど、綾恵さんは。大ちゅき。
「はいっ! でも、ずっと一緒にいたいのは山々なのですが、奏君、今夜お仕事頼まれていたのでは? あの硬派番長先輩に」
「あ」
そうだった。すっかり忘れていた。今から走ればギリ間に合うか……心惜しいけど、まぁ二人の時間はたっぷりあるしな。
「じゃあ行ってくるね。そんなに長くはかからないと思うから」
「あはっ♪ えっちな下着着て待ってますね♪ ――えっ……奏君、あれ……」
「ん? あ――」
玄関先までお見送りに来てくれた綾恵さん。その視線の先を追うと、隣のコテージの庭に見知った顔を見つけた。派手な服とゴテゴテとしたアクセサリーを身に着けた長髪――昼間、綾恵さんたちをナンパしてきたチャラ男四人組だ。植え込みの隙間からしか確認できないが、どうやら四人でタバコをふかしているようだ。
「……まさかあいつらが隣に泊まってたなんて……まぁ高柳先輩にもビビってたし今さら何かしてくることもないだろうけど、一応戸締まりだけには気をつけて……」
「はい。奏君が帰ってくるまで誰一人家には入れませんので」
「いや、舞は入れてやってよ……そのうち戻ってくるだろうから」
微笑みながらいってらっしゃいのキスをしてもらって、僕は仕事へと駆け出した。
「本当にいい人たちだ……何のためのツーブロックなんだ……」
結果から言うと、仕事なんてなかった。アルバイト先である海の家に向かった僕を待っていたのは、僕のためだけの慰労会であった。高柳先輩と美沙子さん、それに数人のバイト仲間と先輩のご両親までもが揃って、僕を労わってくれた。人生でこんな経験は初めてだったので泣きそうになってしまった。てかさっき綾恵さんの胸で涙使い果たしてなかったら絶対泣いてた。とりあえず来年もまた働かせてもらうことを僕は心に決めた。
「でも綾恵さん怒ってるかな……」
さすがに遅くなりすぎたかもしれない。楽しすぎてついつい三時間も居座ってしまった。怒ってるっていうか最悪もう寝てるよな……あ、やべ、鍵とか持ってないやん、僕。うわー、わざわざ起こして開けてもらうこととかになったら申し訳ないな……
「……ん……? え……」
何だ、あれ……コテージの軒先に人影が……え?
「――は……? え、おい、ここは、僕たちのコテージなんだが……な、何でお前らが……場所、間違えてるぞ……」
声が震える。鼓動が乱れる。状況が理解できない。なぜチャラ男四人組が僕のコテージ――綾恵さんが無防備にくつろいでいるはずの家の前で、紫煙をくゆらせている?
「お、グッドタイミング~! 彼氏君おかえり~(笑) めっちゃエロいもん、巨乳メスガキちゃんにいただいちゃいました~! ごっそさん(笑)」
「は……?」
リーダー格らしい男がニタニタと笑いながら、僕の肩にポンと手を置いてくる。
エロいもん……? ごっそさん……? こいつ、何を言って……
「いやー、ガチで久々にめっちゃ射精したわー、デカ乳輪にも陥没乳首にもマン毛にもぶっかけまくり(笑) 彼氏君いい趣味してるわー(笑)」「いや悪趣味すぎだろ(笑) 普通に処女奪う瞬間が一番興奮したわ」「いや彼氏君に助け求めて泣き叫んでるとこだろ、一番は。助けなんて来るわけねーのにな(笑)」
「――お、お前ら……まさか……」
血の気が引いてくる。こいつらの言葉を理解することを脳が拒んでいる。僕が綾恵さんを放ってはしゃいでいた間に綾恵さんの身に起こっていたことを、知ってはいけないと本能が警告している。
頼む、頼むから、何かの勘違いであってくれ。
「彼氏君の大事なもん、オレたちのちんぽ専用にしといてあげました(笑) マジでNTRさいこー(笑)」
僕は男を突き飛ばしてコテージの中に駆け込んだ。男どもを殴るとか警察を呼ぶとか、今はそんなことどうでもいい。何よりもまず、綾恵さんの身の安全を確認しなきゃ……! そう、そうだ、安全なんだ、あいつらがほざいていたことは僕の聞き間違えか何かで、綾恵さんには何もなかったはずなんだ……!
「綾恵さん……綾恵さん……!」
無駄に広い玄関ホールにイライラとする。ホール、リビング、無駄に多い扉を開け放って、どこにも綾恵さんの姿がないことを確認し、洋室へと飛び入り、
「綾恵さ――」
「…………奏、君…………」
僕は、膝から崩れ落ちた。
「あ……綾恵、さん……」
真っ白な頭と、役立たずな足腰を無視して、僕はナメクジのように床を這う。とにかく、近づかなくてはならない。ベッドの方へ――全裸で、白濁液とコンドームまみれで、虚ろな目で倒れる綾恵さんの元へ。
「綾恵さん……綾恵さん……っ」
「あは、あはは……うそ、嘘、でーす……嘘ですよー……」
「え……?」
綾恵さんは虚ろな目のまま、か細い声で、
「嘘、なんです……っ、これは、疑似NTRなんです……っ、私、何もされて……っ、奏君以外の人に、あんなことされるわけ……っ」
「――綾恵さん……っ、……うっ……!」
胃の中のものがせり上がってきて、床に吐き出してしまう。不快な苦みが、臭いが、痛みが、苦しみが、この目の前の光景が悪い夢ではないことを、僕に突き付けてくる。
綾恵さんは、レイプされていた。
「あはっ……奏君、また騙されちゃいましたね……っ、嘘、なのに……っ、ぜんぶ、嘘なのに……っ」
「綾恵さん……っ! もう、大丈夫だから……っ、僕がいるから……っ」
そうだ、これは現実なんだ……なら、僕がしっかりしないでどうする……! 綾恵さんがこうなってしまうのは当たり前だろ、僕がショックを受けている暇なんてない……!
「綾恵さん、病院に……病院に行こう……タクシーを呼ぶから僕と一緒に……」
力を振り絞り、僕はベッドへと辿りつく。嘔吐感は尚もこみ上げるが、綾恵さんの体と心が最優先だ。
「病院……? 何でですか……? 嘘なのに……私は何もされてないのに……」
「でも……っ、乱暴されてしまったなら、ケガとか……」
綾恵さんの陰部に目を遣る。多くはないが、確かに出血している。ただ、白濁液はついていない。膣内射精はされていないのだろう。
こんなことを冷静に確認している自分に激しい嫌悪感を覚える。これは綾恵さんを心配しての行為なのか、それとも自分の「もの」がどれだけ汚されてしまったのかを不安がっての行為なのか。
いやいや、だから……! お前なんかがクソみたいな葛藤をしてる場合じゃないだろ! 綾恵さんがケガをさせられていないとは限らないし、心には間違いなく大きな傷を負わされているんだ! まずは病院に……!
「乱暴って、何ですか……? 疑似NTRだって、言ってるじゃないですか……嘘なのに、病院なんて行ったら、嘘じゃないみたいじゃないですか……まるで、私が本当にレイプされたみたいに……」
「…………っ、綾恵さん、僕は、そこであの男たちに会った……だから、君は……っ」
「あはっ……あの人達は疑似NTRに協力してもらっただけで――ぁ……そうです、だからあの人達にされたことも、全部嘘で……っ」
「――――ぇ」
もしかして――僕に疑似NTRを仕掛けるために奴らを招き入れて、その結果、本当に強姦されてしまったということなのか……?
何だよ、それ……じゃあ、全部……僕のせいじゃないか……。僕が綾恵さんに疑似NTRなんてものをさせてきたから……!
僕の性癖のせいで、綾恵さんが……っ
「うっ……!」
苦しい。上手く呼吸ができない。視界が狭まっていく。首を絞められているような感覚。脳に酸素が回ってこない。
でも、今僕が失神してしまうわけにはいかない。とにかく、綾恵さんを……。
「はぁっ……はぁっ……万が一のことも考えて、診てもらおう、綾恵さん」
「何でですか? 何をですか? 嘘だって、言ってるじゃないですか……私が奏君以外の人になんて……っ、あれはきっと、夢だったんです……嘘だったんです、嘘です、嘘嘘嘘嘘嘘嘘ウそ嘘嘘嘘嘘嘘うソ嘘うそうそ嘘うそゥそうそウそ宇ソ嘘うそ」
「綾恵さん――っ、落ち着いて……! 僕がついてるから――」
「いやあああああああああああああああ」
「――――」
綾恵さんを抱きしめようと伸ばした僕の手は、恋人のその手によって、呆気なく弾かれてしまった。
「あ、綾恵さん……?」
「やめてっ!」
手を握ろうとするも、またもや拒まれてしまう。綾恵さんは怯えた目で僕を見つめ、自分の体を抱いてガクガクと震えていた。
「――あ……ご、ごめんなさい、奏君……あ、あ……その、私……いやっ……!」
綾恵さんは恐る恐るといった様子で僕へと手を伸ばし、そしてやはり僕の体に触れそうになった瞬間、ビクッと震えて手を引っ込めてしまう。
「…………綾恵さん、もしかして……っ」
男たちに犯された恋人を、僕は、病院に連れていくことも、お風呂に入れてやることも、抱きしめてやることすらもできない。
綾恵さんは、人に触れられなくなっていた。
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