第23話 白ギャルさん、決死の疑似NTR

「綾恵さん、ホントにいいの? 全部君に任せるというのはさすがに……」

「いいんですよ♪ 準備は全部奏君がやってくれたじゃないですか♪ あ、あと白ギャルさんに家事任せるのは絶対嫌なんで。細かいとこ私のやり方と違うんで。私が奏君の家にお嫁入りすることになっても白ギャルさんにはキッチンに指一本触れさせないんで」

 緑に囲まれた静かな夜の庭。バーベキューを終えて片づけを始めた僕たちだったが、綾恵さんが洗い物は全て自分がやると言い出したので、僕は家事を自分の仕事であるとちゃんと認識している男を演じていたところである。

「いや家事を自分の仕事であるとちゃんと認識している男とか演じなくていいから。メス猫がやるって言ってんだから、やらせとけばいいじゃん。行こ、奏」

「……じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくね、綾恵さん」

 舞に手を引かれて、室内に戻る。

「いやー、でもほんっといいとこだよねー、ここ。何かさ、小さいころ奏とわたし二人で泊まった軽井沢のとことか思い出さない? 楽しかったよねー。まぁでもあれは冬だったか」

「季節どうこう以前にまずそれおばあちゃんの還暦祝いで親族総出で行ったやつだけどな。記憶から十人以上抹消してるからな」

 しかし舞の言う通り、先輩に提供してもらったこのコテージは、端的に言って最高だった。新築感と風情を同居させた、平屋建てのログハウス。温かみのあるインテリアを揃えたLDKに洋室・和室が一部屋ずつ。カップル客を想定した作りだそうだが、三、四人で使っても充分すぎるほどの広さと設備が整っていると思う。

 ただ一点を除いては、だが。

「……か、奏ー、ここ、洋室もう見たー? あはは、あのチャラ男先輩、変な気きかせてくるんだね……ベッド一つだけとかさ……」

「いや高柳先輩がどうこうとかじゃなくてデフォルトでそういう仕様なんだろ。二人客向けの家らしいし。前もって言っとけば布団くらい余分に用意してくれたんだろうけどお前が急に来るから」

「…………うざ。そんなん聞いてないし」

 よくわからないことを愚痴りながら舞はベッドにポスッとうつ伏せになってしまう。

 このコテージには、寝具がダブルベッド一つしかないのである。まぁ別に僕は寝る場所にこだわりなんてないし、立派なソファもあれば畳だってあるんだから特に問題はない。綾恵さんといっしょに寝たい気持ちもあったけど、いっしょに寝たところで何もできないからな、僕のティンポは。

「えっ、ちょっ! いやっ……! 奏たすけて、虫が……!」

「そりゃ夏なんだから虫ぐらいいるだろ……どこだよ……って、おい!?」

 虫を払ってやろうとベッドに手をついた瞬間、舞に抱きつかれてベッドに引き込まれてしまった。えー……。

「何のつもりだよ……」

 抱き合うような形で問うと、舞は何食わぬ顔で、

「んー? 言ったじゃん、悪い虫を払ってもらおーと思って。ここはカップルのためのベッドなんだから、キモい虫なんかが入っちゃダメっしょ? ね? ちゃんと払ってね?」

「……綾恵さんはキモくなんてないし虫なんかじゃないし、そもそも僕はここで寝るつもりもなかったし」

「えー? あいつのこと指して言ったわけじゃないんだけどー? あーあ、奏、本心出ちゃったねー。ホントはあいつのこと遊び相手としか思ってないんだもんねー。体目当てでしかないもんねー。しょせん数か月の付き合いだもん、当然だよね」

「そんなわけないだろ。綾恵さんは舞に何言われたって気にも留めないだろうけど、僕は好きな人バカにされたら怒るぞ」

「…………っ」

 僕の言葉に、なぜか舞は体をピクッと震わせ、顔を上気させる。のろけが癇に障ったのかもしれない。

「…………ふーん、そ」

 小さくそう言って、舞は意味もなく僕の胸に頭を預けてくる。手持ち無沙汰になるのも何なので、僕も意味もなくその金髪を撫でてやる。何だかんだでこうするとこっちも落ち着くからな。昔を思い出して。何だよ、意味あるやん。

「………………………………」

「………………………………」

 しかし何なのだろう、この時間は。家事を恋人に押しつけて、旅行先のベッドで薄着の妹と抱き合ってボーっとしているとか。あ、でも綾恵さんがいないのも、あれ渡しちゃうタイミングとしては丁度いいか。

「舞、ちょい離して。実はこの近所でいいの見つけて、」

「やだ。離さない」

「え、いやそうじゃなくてだな」

 舞が、大胆に露出された腕や脚を無駄に艶めかしく絡みつけてくる。柔らかい胸を薄衣越しにぎゅぅっと押し付けてくる。そして顔を僕にうずめたまま、

「……昨日、告られた」

「え……」

「三年の……サッカ、いやバスケ部の先輩に。デカくて、チャラい感じの」

「進藤先輩か……」

「そう、それ」

 情けないことに結構動揺してしまった。舞が、告白を……いや別に全然驚くようなことじゃないよな。客観的に見て舞はすごく魅力的な女の子だし。今までは僕に対する異様な執着のせいで避けられてた部分もあったのだろうけど、綾恵さんという彼女が僕にできた今、男子たちの目にはやっとフリーになったように映っているのだろう。まぁ、いまだに舞は僕のことしか考えていないわけだけど。

「ちゃんと断れたのか? 逆恨みされそうな感じだったら、僕からも言ってやるから……」

 まぁ最悪、高柳先輩についてきてもらおう。ほんと情けな。

「何で断ったって決めつけてんの?」

「――――」

 は……? え……? 嘘、だろ……? まさか、付き合うっていうのか……? 舞が、舞に彼氏が……。

 一瞬、頭が真っ白になる。

 そんなバカなことがあっていいのか? だって舞は妹のくせに実兄の僕のことが好きで、めんどくさいほど僕のことしか考えてなくて、だから僕は舞に何もしてやらなくても舞の愛情を独り占めできて――

 いや。バカはお前だろ。何考えてんだ、僕は。舞の好意を無視し続けてきたくせに、何今さらショックなんて受けてんだ。そんな資格、お前にはないだろ。

 せっかく舞が兄離れできるチャンスが巡ってきたんだから、兄として快く背中を押してやるべきだ。

「……ふっ、奏、めっちゃ心臓バクバク言ってんだけど。ショック受けちゃったんだ。悔しいんだ。ふーん……まぁ別にオーケーなんてしてないけどね。今は保留ちゅー」

「…………何だ、それ。はぁ……ショックなんて受けるわけないだろ。妹がモテてるんだから素直に嬉しいだけだ。うん。すぐ断ったってわけじゃないなら、嫌な相手ってわけでもないんだろ? じゃあお試しででも付き合ってみればいいんじゃないか? あの人、見た目チャラいけど悪い噂とかはないみたいだし、僕は応援するぞ」

「――――っ、…………あっそ」

 舞は僕から離れると、顔を見せることもなく立ち上がり、

「おい、どこ行くんだよ」

「帰る」

「は? いや帰るたって、もうバスもないだろ。明日にしろよ」

「うっさい。もう知らないし。わたしのことなんてどうでもいいんでしょ。メス猫とセックスでも子作りでも何でも勝手にしてればいいんじゃん」

「いや、意味わかんねーよ……」

 玄関から出ていってしまう舞を追いかけようとも思ったが、よく考えれば荷物も全部置きっぱなしだ。普通にすぐ戻ってくるのだろう。いつものかまってちゃんが発動されただけだ。

「はぁ……」

 まぁ帰ってきたときにでもネックレスを渡せば、すっかり機嫌も直してしまうだろう。双子の妹の扱いなんて簡単だ。性格の根本は僕と同じだからな。

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