第16話 やっぱり一番やべぇ奴
「ああああああああああああああああああああああっっっ!! ネックレスぅーー! ネックレス、ネックレス、ネックレス、ネックレスぅー!! わたしにもネックレスーーっ!! ありえないありえないありえない! おかしいじゃん!! 奏のお嫁さんはわたしなのに! なんでなんでなんでーー!? 一か月記念って何!? わたしは十七年間、奏といっしょにいるんですけどー!? お腹の中から数えたら十八年近いんですけどー!? ネックレス! ネックレスネックレスネックレスーー!!」
「落ち着けよ、舞……」
「落ち着けるかぁ!! こちとら旦那寝取られとんじゃい!!」
妹が変な方言を使うようになってしまった。
夜十時も回ったころ。舞は僕の部屋のベッドでジタバタとのたうち回っていた。キャンキャンと吠えていた。犬みたいだ……。
「近所迷惑だろ、こんな時間に」
「いいもん! ご近所に知らせてやるもん! 助けてーっ、佐藤さん渡辺さん高橋さん山本さーん! 旦那に浮気されてるぅー! ご近所もみんなわたしの味方だもん! 小さいころからいつも『兄妹で夫婦みたいだねー』って微笑ましそうに言ってくれてるもん!」
「あいつら他人事だと思って……!」
「夫婦なのーっ! 熟年夫婦なのーっ! やだやだやだやだぁーー! わたし奏にアクセサリーなんてもらったことないー! わたしも指輪ー! 指輪! 指輪指輪指輪ゆびわぁーー!!」
「しれっと指輪に変えるなよ……。はぁ……わかった、わかったから。お金貯まったらな」
「――――! ほんと……!? やったぁーー! わたし頑張って育てるねっ! おとーさーん! 奏がわたしの子宮に赤ちゃんプレゼントしてくれるってー!! たぶん双子ー!」
「しれっと赤ちゃんに変えるな! そろそろ父さんの胃無くなるぞ!?」
リビングから死んだ母さんの名を叫ぶ父さんの慟哭が聞こえてきた。相変わらず近所迷惑な家族だ……。
「……まぁ、でも元はといえば僕のせいだもんな……」
「うんっ、奏の赤ちゃんなんだからねっ。責任とってよねっ」
「……あまりにもめんどくさすぎて今まで放置してきちゃったからな……でも彼女ができた今、もうそういうわけにはいかないよ。舞、僕たちは兄妹なんだからさ……な?」
「あああああああああああ!! おとーさーん! 奏が屁理屈で不倫を正当化しようとしてるぅー!! あんた、どんな子育てしてきたんだぁぁぁぁ!! やだやだやだやだ! 浮気やだ! 奏はわたしと愛し合ってるんだから、わたしと純愛するの!! 奏のためなんだよ!? 泥棒猫との不倫劇なんて悲惨な結末しか招かないんだから! 本人がどんなに愛し合ってるとかほざいたって世間は認めてくれないんだから!」
「浮気も不倫もしてないし。僕も綾恵さんも恋人一筋だから」
「あーーはいはいはい、あーそっかー、奏は気づいてなかったかー、あーあ、わたし知ってるんだけどなー、あの子の裏の顔知っちゃったんだけどなー、んー、でも奏に悲しい思いさせたくないからなー、でもやっぱ奏のこと裏切るような行為許せないしなー」
「だから綾恵さんは浮気なんてしてないって。確かに今までは舞のそういう情報に助けられてきたけど、今回ばかりはあり得ないから。綾恵さんは可愛くて綺麗だから嫉妬で変なデマを流されちゃってるだけだよ。男子も僕と綾恵さんの仲を邪魔するためにそういう噂に加担しているに違いない。でも僕は綾恵さんを信じてるから」
「…………っ! キモい! キモすぎだし! 嫉妬とかじゃないしっ! 邪魔とかじゃないしっ! 実際あんなメス猫、援交しまくってるに決まってるんだから!」
「ないない」
「なんでーっ!? なんでなんでなんでーっ!? 奏がわたしのこと疑ってくるぅー! やだやだやだっ! 奏はわたしのこと信用してなきゃダメなのー! 奏とわたしはお互いに世界で唯一信頼できるパートナーじゃなきゃ嫌ぁー!」
「そんなことを言われても……そりゃ片想いの女子とかの件だったら舞の話を優先的に信じてると思うよ? でも綾恵さんとは実際に一か月、めちゃくちゃ濃いお付き合いをしてきたんだ。どんな情報よりも自分の目と耳と口と体で感じたことを僕は信じるよ」
「口と体で感じたことって何!? あーーーーっ、やめてぇぇぇぇ!! 奏の初めては全部わたしのなのーっ! わたしの初めては全部奏のなのーっ! ねぇ、ほんとなんだってばぁー! 最近あのメス猫、奏がちょっとでも教室からいなくなったりしたら、すぐにスマホ出していじってるもん! ラインの画面見えたもん! 奏の目が離れた隙に絶対ほかの男にメッセージ送ってるし! ほんとだもんっ!」
「はいはい」
それ、僕宛のラインなんじゃね。まぁ僕らの連絡は基本電話だから確かにそんな頻繁にメッセージが来るわけじゃないけど、まぁ文章だけ打って考え直して送らずじまいみたいな、そういう可愛らしい感じだろう。僕にどう思われちゃうか細かいとこまで考えすぎてしまってなかなか送れないのだ。うーん、可愛い。さすが僕の彼女っピ。
あ、とか言ってたらさっそく未来のお嫁さんっピからラインが、
「…………ん?」
ん? んん……? 何だろ、これ? 確かに綾恵さんからのラインなんだけど……。
再度、綾恵さんから送られてきた文面を目で追ってみる。
『奏君に買ってもらっちゃいました・・・♪ すっごく素敵で、私の赤ちゃんのお部屋きゅんきゅんです♪』
うん、確かにその画像のネックレスを君に買ってあげたのは僕だ。あ、お部屋きゅんきゅんさせちゃったか……さすが僕。
『やっぱり奏君が、私の王子様です♪』
うんうん。綾恵さんは、僕のお姫様だよ。
『この前も裸で抱き合って、いっぱい大人のちゅーして、私のお口であんなことも・・・♪ 奏君、私に自分の赤ちゃん孕ませたいんですって♪』
うん、そうだね。でも改めてそんな話しないでくれよ。恥ずかしいだろ、マジで。
『あはっ♪ 奏くん、この話大好きですもんねー♪ どうですか、今日も興奮しちゃいましたか♪』
ん? いや確かにあの日の出来事は一生の思い出ではあるけど、同時に一生もののトラウマでもあるわけで……。そもそもあれで興奮できなかったことが僕たちが抱えている唯一にして最大の問題であるわけで……。
何か、ところどころ違和感のある文面だな……。
『綾恵さーん。もしかしてだけど、エッチな気分になっちゃってる? 僕もできるだけ早く正常になれるよう頑張るから。待っててね』
申し訳ない気持ちを抱えながら返信を送る。余計な気を遣わせてしまわないように、変に謝ったり、卑屈になり過ぎたりしないよう気をつけてみた。
「こら、奏! 相手にしろ! やだやだやだ! お嫁さんといっしょにいるのにスマホに夢中なのいやーっ! こっち見てー!」
……既読は即行でついたが、返信は未だ来ない。
「かーーなーーでーー! 何で無視するの!? お嫁さんなのに! …………ほ、ほらっ! 奏っ! お、おっぱいっ……!! お嫁さんのおっぱいだよ! ほら、特別に見ていいよっ! さわっていいよっ! おっぱいなんて見せたげるの、この世で奏だけなんだからねっ!」
来ない……。
「ほらほらほらー。照れちゃってー。見ないと損するぞー。わ、わたしの胸、程よいサイズだし、乳輪は小さめで綺麗だし、乳首の形もいいし、結構自慢なんだけどなー?」
来ない……。
「し、下だって見せてもいいしっ! 小さい頃はいっしょにお風呂入ってんだもん、余裕だし! わたし元々アンダーヘアも薄めだし形も整ってるし、裸に自信あるんだからっ!」
「来た……!」
綾恵さんからの返信。すぐに目を通す。
『あはは、別れ際に奏君とキスをしたせいでちょっと変な気分になっちゃってました・・・変なこと言っちゃったのは忘れてください。はしたない女の子で申し訳ないです・・・。でも全然待てますよ! 明日奏君と抱き合ってちゅーすれば全部満足しちゃいます♪ あ、それで実はファミリーランドのワンデーパスがあるんです! 明日いっしょに行きませんか?』
綾恵さん……! 僕とのキスで毎晩悶々としてしまってるんだね……!
『ワンデーパスってことはアトラクションとか乗り放題ってこと? すごい! いいの!?』
『もちろんです! もともと貰い物ですし、ネックレスのお返しが何も出来ていませんので! 本当は私が奏君とデートするための口実が欲しかっただけだというのは内緒です♪』
『綾恵さん・・・! 好き!』
『奏君・・・! 好き!』
あーあ、またもやデートの約束が入っちまったぜ。何て最高な青春カップルなんだ、僕たちは。
「奏ぇー! 奏奏かーなーでー! 早く素直になってよぉー! もう待てないのぉー! 早く中出ししてよぉー! 早く早く早く! なーかーだーしぃー!! 赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃん! 奏の赤ちゃん産みたいのーーっ! 産むもん産むもん、絶対産むもん! 今日産むもんっ! 今日奏の赤ちゃん産むぅーーーーっ!!」
「そこまでだ、舞ちゃん! お父さん、もう覚悟を決めたからな!」
僕がスマホを眺めてニヤニヤしていると、父さんが部屋に飛び込んできた。何か後ろに隣町に住んでるはずの祖父ちゃん祖母ちゃんまで来ている。本当に騒がしい一族だ。
「うっさい、邪魔すんな、近親相姦変態オヤジ! わたしは今から奏の赤ちゃんを産むんだ!」
「生物学的にいろいろとおかしなことを言ってるんだよ、舞ちゃんは! 父親としてこれ以上この惨状を放置なんて出来ないよ! 悪いが乱暴な手段を取らせてもらう! 今日から舞ちゃんはお祖父ちゃんお祖母ちゃんのお家で軟禁だ!」
「はぁ!? 絶対ヤだし! 義理の兄妹同士でデキ婚した変態老人の家なんて! わたしは今日も明日も明後日も奏の部屋で奏の赤ちゃん産み続けるのーーっ!」
「親父、おふくろ。こういうことだから。あんたらの孫、猛獣と化してるから。『舞ちゃんは奏君のお嫁さんみたいだねー』とか言って甘やかしたあんたらの責任も大きいから。舞ちゃん捕獲するの手伝って。こうなったら最悪、多少のケガは仕方ない。俺は虐待で数年ぶち込まれる覚悟は出来てる」
「やーめーろー!! はーなーせー! 奏たすけてーっ!! 純愛が近親相姦家族に切り裂かれるぅー!」
明日のデート、楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます