第8話 同居人 Ⅲ

 「──それで、辺境伯パスカーノ殿」

 「だからそれを止めてくれ、此処は私の領地の中だ」

 「では改めて、パスカーノ坊。何用で呼んだ?」

 パスカーノ・ドゥンロオ。齡一六にして領地の監督者。僅か九つになる直前に先代領主が没する。先代の享年数は四六。

 母親はパスカーノ一歳の中頃に死別。馬車の横転の下敷き事故と伝わっている。

 辺境伯パスカーノは癖っ毛の金髪。亡き母親譲りの黄緑色の瞳。丸い小顔には幼年が残っているが、目元に深掘りの隈がある。血色も良好とは言いずらい。顔付きも角度によっては歳老けて見える。

 そして身成も、清潔とは言えず昨日から衣類を着替えていない。ヨレは探せばいくらか目につく。

 咳払いを一つ入れると話す内容は、

 「今回は本格的に迷宮ダンジョンに拠点を築きたいと思っている」

 「ほぅ」

 感心の声がグリムレッドから出る。ギルマスのミレニアルにどういう事だと目配せする。

 「ん?、じっと見ないでくれ。実は今回セントラルが本格的に迷宮内拠点ダンジョンキャンプというのを計画化の目処が立ってな」

 続けてパスカーノが繋ぐ。

 「その白羽が立ったんだ。前々から独自で進めていたのは向こう側は様子見をしていた」

 「成る程、しかしなぜセントラルが?それじゃあ、『我々にも協力させてくれ』と言ってるようなものだが?」

 其についてとミレニアルが挙手し訳を話す。

 「近年大型の迷宮ダンジョンに浮浪者や犯罪組織の拠点化がされているんだ。そこでだね、表側は」

 「生活圏拡大を目的とした開発の実施。裏では浮浪者と犯罪組織の迷宮ダンジョンから弾き出す、という流れか」

 これにパスカーノは縦に頷く。

 「そう、大型迷宮ダンジョンは名目上国が管理している。しかし、それは兵訓練の為に借用している。実際迷宮ダンジョンはセントラルが管理下に置いている」「そう、セントラルの管理下なのよ」

 「ギルマス、お前もセントラル側だろ?」

 グリムレッドのツッコミが入る。しかし、

 「しかし何故だ?」

 「構想作りプロットメイキングの材料として選ばれた、協力してくれたら謝礼がね」

 親指と人差し指で丸を作るパスカーノ、口は笑っているが目には疲れが見える。

 「成る程、嗚呼成る程。分かった協力しよう、頼む寝てくれ。十分でもいいから横になれ今、直ぐに、だ」

 横になれ辺りからパスカーノの顔に近付きながら注意喚起をする。パスカーノは乾いた笑顔を浮かべ寝るからと答える。

 「で、これで終わりか?それともまだあるか?」

 「うん、辺境伯パスカーノ殿の“は”終わった」

 「……、ギルドからか」

 「そうだ、近い内にセントラルから冒険者クエスターがやって来る。一行パーティーらしいな」

 「…ふむ」

 「じゃあ、失礼するよ」

 パスカーノがソファから離れる。立ち上がる時ふらついたが、問題ないと補助を拒否。部屋を出ていく。

 「んで、そのパーティーが何だって?」

 「実はまだククルガの迷宮ダンジョンには深層が在るのでは、という事でな」

 「立会人と言うことか」

 「そうだ、それと付け加えるがそのパーティーは有る所属からの出向だ」

 「何処だ?」

 「“クラン”だが」

 にっこりと笑うミレニアル。対しグリムレッドは不安を覚える。

 近年増加傾向のクラン、これはギルドから独立した独自勢力郡。規模は大きいのは七〇から一〇〇、小さいのは一〇も満たない。近年増加している理由は、セントラルによるクラン設立規定の緩和。これによりクランの乱立、一部が傭兵事業を展開。更には犯罪組織と悪化しシンジケート化するクランも現れ混沌としている。

 クランとしての実力が足りずに人知らずに解散。

 クエストの失敗続きと方針により空中分解。

 クラン同士の抗争による衝突。

 他に問題はある、だが名が知れているクランは良いも悪いも轟いている。

 「……」

 「新興のクランらしい。規模としては小さいが、実力は銀等級シルバーだ」

 「……拒否は?」

 「残念ご指名だ。しかもある大物クランのつてで」

 「それ、大丈夫何だよな」

 腕組みし訝しげるグリムレッド。指名が入った場合、拒否は不可能である。よっぽどの事がない限りは。

 

 *


 「んー」

 ギルド敷地内のうまやにギルド職員達数人が困り果てる唸る。

 ギルドの規定には『従魔』の項目には“長距離の移動の足しになるものは、全てを従魔と認定す”と記載されている。

 これは大小問わず、鼠だろうが犬だろうが猫だろうが像だろうが、跨がれる事が可か否か関係なしに『従魔』として認定される。

 ギルド待機中は指定の厩に入れられる。

 そして今厩に霊馬が入れられている。職員達には変な感覚が覚えてしかない。

 霊馬、もとい霊獣は幽霊ゴースト魔物モンスター系譜に分類される。この場合は召還者使用の魔法認定とされる。もしこれと対処する場合は各々ギルドに任せられる。

 要は、『自分達の匙加減でやって』との事になる。

 「やっぱり従魔じゃない?幽霊ゴーストの従魔とか歴史の教科書コラムに時々掲載されるし」「いや、魔法だね」「そうなると合成獣キメラは?あれ魔法認定されてるんじゃ?」「あれは魔法“生物”認定って言う曖昧グレーなの」「何それ脱法?認定脱法?」「そもそも霊獣は食事とらないからではなくない?」「そうなると幽霊ゴーストは魔力構成型と幽体型に別れるが、この場合は後者?」

 議論を繰り広げる職員達、その光景を不思議そうに霊馬は眺める。職員の中には早期引退した元冒険者クエスターも居るために従魔の扱いも心得ている。しかし、霊馬は魔物モンスターではあるが。召還者がいればそれは魔法、いなければ魔物認定とやや難しい。

 往年の魔術議会でも時々論争にもなる。古く遡れば議会が血の殴り合いに発展したと記述も存在する。

 そうこうしていたら、

 「まさか連れてかれるとは」

 「元々複雑なんだ。いまだに霊獣を魔法で召還したらそれは魔法だ、これは従魔だの論争は早く決着をつけて欲しい」

 「昔は多かったのに、今は居ないねぇ。寂しいねぇ」

 そんな会話を交わすグリムレッドとエレノアが厩に来る。

 「グリムさん!」

 職員の一人が呼ぶと、手を上げて軽い挨拶をする。

 「連れから聞いた、何か厩に移動させられたって」

 「あー、今霊馬はどうだこうだしてた所でして」

 「難しいな、こればっかりは」

 「ですね」

 霊馬を厩から出す。頭を撫でて職員はどうだったとエレノアが聞く。返答は来なかったが。

 「またしばらくククルガに来る。それと霊馬コイツを従魔登録したい」

 「え?」

 「足として使う。天に還ってくれないなら、もう使い潰してやっから、今からいいか登録?」

 「は、はい此方に」

 「他も戻ってろよ」


 *


 ククルガが逢魔おうまが時になり掛け。道中に霊馬の手綱を引くグリムレッド。霊馬に跨がり揺れるエレノア。

 「時間掛かったな」

 「あぁ、ちと承認手続きであたふたしてたな」

 「遅飯は、売った干し肉か」

 かじりながらエレノアが皮肉る。それについてグリムレッドは済まないと謝る。

 「謝るな。まぁお前は何か食わないが、何かあったら鳴いてくれよ“ホディナ”」

 「ホディナ?」

 「霊馬の名前だよ、さすがにずっと霊馬霊馬はどうかと思って」

 「いや名前を付ける良いが、そのー。その名前をエルフ語で訳したら」

 「ふふ、こう言うのは人間ヒトに言わせた方が面白いからな」

 「……、俺は。お前達エルフのそういう所が嫌だな」

 ホディナ、エルフ語を人間語で翻訳すると『花弁散らし』となる。エルフ語の隠語として使われ、よく『初めての夜』に相当がされる。

 霊馬“ホディナ”よ、……頑張れ。

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