殺し愛

桜嬢

第1話 誤解

 「違うんだ……!誤解なんだ!」

 そう縛り上げられた男が叫ぶ。

 暗闇に包まれたとある一室。窓から夜なのに消える事のない夜の港の風景が映し出されている。うっすらと港の灯りが室内を薄く照らし、男の足元に転がる死体が影を落とす。

 「そうなの?このオジさんはあなたがやったと言ってたけど」

 そう少女が彼の言葉に答えを返す。赤いドレスのような服装の金髪の少女はおおよそ少女には似合わない大型拳銃を男に向け笑顔を向ける。

 「これ、分かるよね?45口径、コルト社が誇る有名な拳銃だもんね。あっ、コルト社は倒産したんだっけ?」

 そうくるくると手の中で拳銃を弄ぶ。白銀色に磨き上げられた大型拳銃は彼女の手に吸い付いたかの様に地面へと落ちる気配がない。

 仕事道具で遊ぶ者にツキはこない。

 そんな迷信を知っているのなら決してこの業界の者達はこのような愚行は行わない。なぜなら、自分の持つ銃で撃ち殺される日が来ることもあるからだ。

 そんな理由から殺し屋や裏稼業を行う者達は迷信や幸運を呼ぶ呪いなどを好むのだが、彼女にはその様子はなかった。

 「誤解誤解って…。なんだか五回って聞こえてくるね」

 「……それは文章化しないと分からないと思うんだが」

 「あら、あなたが口答えできるとでも?」

 そう少女は人差し指を下に下げる。すると男の首が少しずつ締まり、体が浮き上がっていく。よく見ると男の首には細いピアノ線が巻き付いており、それを締め上げているらしい。

 「分かった……⁉だからやめてくれ‼」

 「そう。つまらないね」

 少女はそういうとピアノ線を緩める。男の慌てた息遣いが部屋にこだまし、少女はその姿を見てクスクスと笑う。

 「そういえば、昔パパにこんな事教えてもらったっけ」

 そう少女は首をかしげながら言葉を続ける。

「昔の落語にね、二階を十階っていう話から始まる物があるんだって。なんで十階っていうか分かる?」

「……分からん。なぜなんだ」

 男の方はこれから何をされるか分からず困惑しながらも、少女の機嫌を損ねないように慎重に言葉を選ぶ。

「分からないかー。しょうがないから教えてあげる。それはね、二階に住んでいた男がろくでもない人だからだよ」

 オジさんみたいにね。

 少女は笑顔でそう答える。その姿を見て男は軽く戦慄する。その笑みはまさに幸福を感じたような笑みだった。男の仲間を目の前で殺しておきながらもなお笑う事の出来るこの神経。

 まさに、この空間は『狂気』というものに支配されていた。少女を中心にこの薄暗い一室を侵食するように『狂気』は広がり、男を今にも飲み込もうとしていた。

「つまりはね、二階に厄介な人がいるから十階。そう、二階に八階厄介で十階。面白いでしょ。私もパパに言われて納得しちゃった」

 そう少女は話を締める。男の方は話に納得すると同時になぜ少女がそのような話を始めたかを疑問に思う。その疑問を男は少女にこうぶつける。

「だから……一体なんだと言うんだ。なぜ俺達がこんな目にあう理由が分からない」

「物分かりが悪いオジさんだね。だから、何階にあるのか聞いてるの」

 そう少女は男の口に大型拳銃を突っ込む。その姿は歴戦の傭兵のようであり、男はその素早さに反応できなかった。

はに……⁉はにふぉふるんだ⁉何……⁉何をするんだ⁉

「あは。何言ってるか分からないよ、オジさん」

 そう少女は笑顔で男の必死の問いに答える。その顔は笑顔で満ちているが、『狂気』がにじみ出ていた。なぜかと言うと彼女の笑顔はまるで能面のようだったからである。

 笑顔を張り付けたような笑顔。

 はにかむように見えるが心では笑っていない。

 そんな顔を見て男は冷や汗をかく。どうやら本格的にまずい状況になったと。

「もう一度チャンスをあげる。あなたが密輸した小銃500丁、一体どこに隠したの?」

 そう先ほどから何度も聞かれている事を男は再度少女から聞く。確かに男達はシンガポールから旧型小銃を密輸していた。それは日本で分解された後、アメリカにいるある組織に売り渡す予定のものだった。これを失ってしまえば、ここで生き延びてもいずれ殺される。だが、ここで馬鹿正直に話してもはたして助かるのだろうか。

「別に私は殺したい訳じゃあないの。だからね、教えて」

「ひゅうにふごみがまひたは……。わはっは⁉ほたえふはらびゅうふぉふいへくれ⁉急に凄みが増したな……。分かった⁉答えるから銃を抜いてくれ⁉

 男の答えを聞き、少女は男の口から大型拳銃を抜く。ぬるりと男の唾液が磨き上げられた白銀を曇らせ、少女の表情も少し曇る。

「銃はここの五階に分解してまとめてある。あとはここから少し先のビルにも同じようにあるんだ」

 男はそう話す。どのみち答えなければ撃ち殺されていただろう。なら少女の言う事を信じてこの場は何とかしのぎ切る。そう傍からも見える仕草で言葉を続ける。

「後は何を言えばいい⁉他には何を話せば見逃してくれる⁉」

 そう矢継ぎ早に叫ぶ男を見て少女は首をかしげる。

「それを決めるのは私じゃないの。ゴメンね、オジさん」

「一体何を……」

 そう男が言い終わる前に部屋の扉が開く。そうして漆黒色のスーツを着た少年が部屋に入ってくる。少女とは違い、白髪のその髪は外からうっすら入ってくる光を反射し銀色に見えた。少年は少女に向き合うとこう言った。

「それで、吐いたのかい?メアリー」

「うん、ここの五階と近くのビルにあるって。パパ」

 そう少女は満面の笑みで答える。今度の笑みは先ほどまでの狂気的な笑みではなく、父親に褒められた娘のような純粋な笑みだった。そんな少女、メアリーの頭を少年は優しくなでる。

「よくやったね。それじゃあ行こうか」

「うん!」

 そう少女達は部屋から出ようとする。それを男が慌てたように呼び止める。

「待ってくれ⁉話したら解放してくれるんじゃなかったのかよ⁉」

 そう叫ぶ男を見てメアリーはあぁと納得したかのように手を打つ。

「そうだったね。それじゃあ解放してあげる」

 そういうとメアリーは人差し指を下に下げる。ギリギリと男の首を絞めていたピアノ線が狭まり、ゆっくりと男の体が宙に浮く。メアリーの人差し指にかかる重量はとてつもない物のはずだが、彼女は顔色変えずにさらに下に下げる。

「まっ待ってくれ⁉見逃してくれるんじゃないのか⁉」

「えっ?私解放するなんて言ってないけど」

 そうメアリーはキョトンと首をかしげながらさらにピアノ線を引っ張る。ついに男のつま先が宙に浮き、男は必死に身じろぎをして抵抗する。

「クソッ、騙したな‼このクソガキがッ‼」

 そう必死に怒鳴る男に少年はため息をつきながらこう答える。

「だから何なの?僕たちがクソガキならじゃああんたはクソ大人だね」

「そうそう。クソ大人がいるせいで私達がこんな事しなくちゃいけないんだよ」

 そうメアリーは限界までピアノ線を引っ張る。男は最後の抵抗とばかりに言葉を紡ぐ。

「待ってくれ……‼誤解なんだ……‼」

 それに対してメアリーはこう答える。

「分かってる。五階、なんでしょ」

 そうして男は死んだ。




 「それで、何で『メアリー』なの?パパ」

 分解された小銃を眺めながらそう少女は言う。少年の方はどこかに電話していたのかスマートフォンをポケットにしまうとこう答える。

 「だってこれから死ぬ奴にお前の名前を言う必要があるか?零無レナ

 「確かにそうだけど……。そういえば私パパの名前も言ってなかった」

 「それはいいんだよ。死ぬ奴にはいらない名前だ」

 そう言い合っていると静かに扉が開き、数人の男達が入ってくる。男達は少年らを見ると面倒くさそうに手を振る。

 「後は俺達がやる。だからさっさと消えろ、狂人ども」

 「はいはい、分かりました。後は任せるよ」

 そう少年は部屋を後にする。少女の方は部屋を出る前に男達に舌を出し威嚇する。

 彼らはそうして世闇に消えていった。




 彼らこそこの日本を裏から支える暗部、『バルキュリア』。

 大人から見放され、世界に疎まれた彼ら少年少女たちは、今日も日本を裏から救うのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺し愛 桜嬢 @sakura0721

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ