閑話 五

閑話 五



高く澄んだコマドリのさえずりが聞こえる。

陽が傾き、陰になった涼しい屯所の縁台で隊士が思い思いに過ごしている。

悪兵衛は将棋盤の前で顎に手を突き考え込む。その膝にはリンドウが前足を

かけ首をかしげて、いかにも考えてるような表情をしている。

対局側には橘川一真。片手で取った飛車と銀をくるくると回している。

一真の傍ら、一圓が盤面をのぞき込み苦笑して落花生を口に放り込んだ。

「うううむ。」

「唸ってもなにもでないぞ。」

からからと一真は笑う。悪兵衛の後ろから覗き込んだ美浪は、

あ、これはだめだ。という顔をしている。

「あっ」

リンドウが盤面にあがり、くるくると回って飛び跳ねる。駒が吹き飛び

ばらばらと落ちた。

「あー、悪兵衛ずるいぞ。」

「俺ではない。こやつ。」

悪兵衛はにっかりと笑ってリンドウを指さす。リンドウは舌をだして

盤面の匂いを嗅ぎながら嬉しそうにはねまわる。

「やってやった!じゃないよ、もう。二回目じゃないか。」

美浪が手元の林檎を切り、リンドウにやると盤面の上で

器用に両手で挟んで音をたてて食べ始めた。


騒ぐ悪兵衛達の前に奥庭から深町仁悟朗が現れた。

山賊のような風体に、髭は伸び放題。顔も腕も煤と土埃で真っ黒で

ある。

「帰ったぞ、皆の衆。」

「仁悟、戻ったか。」

「すごい格好だな。」

「離島で潜入任務の内偵だ。人足を二週間やったぞ。風呂無しだ。」

仁悟朗が歩み寄ると、強烈な獣臭が襲う。一同はみな顔をしかめる。

「仁悟、帰ったのか。」

笑顔をたたえた士道の表情は凍り付き、三歩下がった。

「どうした、お前ら。喜びの抱擁をせんか。」


*


伊庭辰之進は居室にて、織田刑部と語らっている。

「理間の報告を幕僚向きに行ったが、不確定な要素が多すぎ、今後の

戦略に組み込むこと相成らぬとされた。」

「御意。」

「遠隔視で垣間見た風景から、その時期が特定できぬのが口惜しいです。」

「星、月、植物等から大体の類推は出来るのですが、すべて初見の物ばかり

とは。」

伊庭は目をつぶり白湯を一口飲んだ。

「本閥の侍を見たといったな。」

「その装備は?」

「現行の物でした。…これは、お頭。」

「うむ。二年後に控えた新型装備への移行前という事だ。」

「技研の話によれば素材、重量、形状すべて変化するといっている。」

「それ以前に全面戦争は起きる…。」

「そう考えるしかあるまい。」


静寂の後、障子に人影が差した。

「風祭、参りました。」

「入れ。」

織田刑部、風祭玲と副長を揃え、伊庭は口を開いた。

「では刑部、お前が掴んだスバルノミコトの破常力の構造とは。」

「お話いたします。しかと検証した物ではありませぬので隊士には

口外無用に願います。」


*


屯所からすぐの目貫通りは明日香街道と呼ばれる筋にあたり、

人通りも多く商家でにぎわっている。

悪兵衛、仁悟朗、士道の三人が連れ立って歩く。

大柄の二人はすでに近隣では不知火隊士である事が知られていて

町の人々は畏怖の眼差しで遠巻きに見つめている。

「昼日中から銭湯とはお大尽な。」

「屯所の風呂が丁度休みだからの。猪のような仁悟を置いておくわけにも

いくまい。」

「いやぁ、面目ない。」

真っ黒の顔の中に白い歯を見せて仁悟朗は豪快に笑った。


悪兵衛と仁悟朗が肩まで熱い湯につかっている。

髷を結い直し髭を剃り落として、さっぱりとした仁悟朗は人懐こい笑顔で

湯を顔にかけ、にこにこと笑っている。

「士道は洗髪が大変だの。」

悪兵衛は洗い場の士道を覗いて苦笑する。

大男は特徴的な海藻のような髪を四苦八苦しながら洗っている。

「ありゃ、二倍時間かかるからな。」

「玄真殿のように剃ってしまえばよい。」

「それだけは嫌だと申しておったわ。」


「今日の晩飯はなんだった。」

「水曜だから麺だろう。」

「ああ、先週はすいとんだったか。」

大きな丼に味噌で煮込んだ野菜と、もちもちとしたすいとんの

食感を思い出し、悪兵衛は唾をのんだ。

同様に仁悟朗も思い出すが、すいとんが麺という言葉に違和感を覚える。

「ありゃ麺類にはいるのか。」

「うーむ、小麦だろう。麺類にははいらんのかな。」

「後藤の婆さまは適当だからな。餅を食ってるのに近かった。」

「十字朗が喜んでた。」

二人が首まで湯につかり、他愛無い話しを続けていると、その目の前に

乱暴に脚を突っ込まれる。湯がはねて悪兵衛の顔にかかる。

町の若衆と思える二人組であった。両肩から腹まで派手な入れ墨が彫られている。

「その隅、避けろい。」

「こっち兄貴分の場所だからよ。」

渡世人らしい出で立ちに話し言葉で凄む。まだ若く仁悟朗と年は同じ位で、

洗い場にいる入れ墨の男の舎弟二人のようである。

「すいとんが麺としたら白玉も麺なのか。あれはもう食いたくないぞ。」

「ばかをもうせ。婆さまが味噌汁にいれただけだ。あんこと食う白玉は

うまいだろう。」

「婆さまは時々とんでもない飯を作るから、困る。」

「左様。祈るほかない。」

話を一切聞いていない二人に、若衆が腕を突き出して大声をあげた。

「やろう、浪人風情が。」

「のけろと言ってるんでえ。」

渡世人の喧嘩腰の声に、湯船の人々も洗い場の者もこちらをのぞき込む。

悪兵衛と仁悟朗は立ち上がった。


太い血管の走る筋肉質な身体に十字に走る激しい刀傷の悪兵衛、

隆々とした岩のような肉体に右腕の殆どが赤い火傷、無数の傷を全身に

留めた仁悟朗。若衆二人は息を飲み、後ずさりした。

「どけたらいいのか?」

悪兵衛が静かにいった。仁悟朗は歯を見せて笑っている。

「こりゃあ、あの、お武家様でしたか。」

「大変失礼しまして。」

二人は踵を返した。が、その眼前に兄貴分の入れ墨の男が

士道に髪をつかまれ、突き出される。

「お前らの連れか?体を洗わずに湯船に入るのはいかん。」

「アニキ」

士道に引き立てられた男は足が床についていない。髷を持たれて

空中に浮かんでいる。苦痛に顔をゆがめながら辛うじて声をだした。

「とにかく、謝っとけ。」


*


「なんじゃ、お前ら今日はきれいだの。」

後藤の婆さまは、小ざっぱりした三人を見て目を丸くした。

「銭湯にいってきた。」

「行く前の仁悟は猪みたいな臭いだったぞ。」

「わしの野性的な魅力が溢れてしまったの。」

三人は婆さまに蓋のついた丼ぶりと小鉢にはいったかぶの漬物、汁椀を

膳にもらい、いそいそと席についた。


「麺類ではなかったか。」

「丼物はいい。夢がある。」

「左様。」

蓋をあけ、三人は一様に天を仰いだ。

「ああ、こいつは。」

「ゲロ丼かぁ。」

落胆の声をあげる二人。士道は額を片手で覆っている。

大き目な丼ぶりには白飯と半熟の卵でとじた具が乗っている。

かまぼこ、葱、椎茸、そして玉菜。

眉間に皺を寄せた仁悟朗が言った。

「今日は、うまいかもしれん。」

悪兵衛の腹が鳴った。

「風呂に入って腹も減ったしな。」

三人はれんげですくい、湯気のあげるそれを一口食べた。

皆、咀嚼しながらためいきをついた。

「いつも通りか。」

「なんなんだ、この苦味は。」

「苦味はあるのに味は薄い。」

丼は玉菜の青臭い苦味が卵に溶け出し、全体の味は薄口なのだが

嫌な苦みでなんとも食欲をそそらない。

「まず、肉がはいっとらん。」

「かまぼこまで苦いぞ。」

通夜のような三人を後目に、橘川兄弟が食堂に入って来た。

「お、丼ぶりか。鰻かな。」

「親子丼がいいな。」

席について二人とも悲鳴をあげる。

「あああぁ」

「ゲロ丼かぁ。」

後藤の婆さまが暖簾からひょっこりと顔を出した。

「お代わりあるでよ。たくさん食え。」


玉菜の卵とじ丼は、不知火の男性隊士が最も恐れる柵明荘の名物料理であり、

不評であるのにも関わらず、定期的に供された。

その度、屈強な侍達を失意の底に落としている。





閑話 五   了

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