第41話きのこ


「おはようリゼ……ッ!?」


 ノルンの挨拶が溶けて消えてゆく。

 いつもは笑顔で迎えてくれるリゼルの姿がなく、リビングはシンと静まりかえっていた。


 瞬時にノルンの胸がざわついた。

そして夏の頃に味わった、最悪な記憶が蘇った。


(まさかまたリゼルに何かが!!)


 こうはしていられないとノルンは部屋へ戻って、戦闘準備を整えようとする。

しかし、机の上には可愛らしい布で覆われた何かが置かれていることに気がついた。


 恐る恐る布を剥いでみると、美味しそうなパンと焼いた卵とベーコン。

そして一枚の紙切れ。



『ノルン様へ


 今日、朝早くからケイさんたちと山へきのこ狩りに行ってきます!

 ご飯ちゃんと食べてくださいね! ゴッ君も一緒なので、ご安心を!


                           リゼルより』



 途端、ノルンの体が一気に力が抜けた。

 どうやらただ単に朝早く出かけただけらしい。

しかもご丁寧に可愛い図解付きで、どの辺りできのこ狩りをしているかまで記されている。


 慌てたことが恥ずかしくなったノルンはキッチンへ向かい、静かにコーヒーを淹れ出す。


「きのこか……」


 きのこといえば、三姫士の一人アンクシャが思い出された。

 きっと今頃彼女は必死になって戦っているのだろう。

彼女が戦ってくれているおかげで、こうして自分は穏やかにコーヒーを淹れることができているのだろう。


(頑張れアンクシャ。お前ならきっと大陸を守れる。ファルネウスから、アッシマを守り抜いたお前ならきっとな……)


 ノルンはかつての仲間に感謝しつつ、コーヒーを口へ運ぶのだった。



⚫️⚫️⚫️



「あ、ほらやっぱり来たじゃない? 相変わらずリゼちゃんたちラブラブね?」

「えへへ……ノルンさまぁー!」

「グゥー!」


 木々の向こうで泥んこだらけのリゼルとゴッ君が手を振っている。


 一緒に作業をしていたケイをはじめ、村のおば様たちは微笑ましげな視線を送っている。

 ノルンはくすぐったさを覚えつつ、リゼルへ近づいた。


「どうしていらっしゃったんですか? ここに何か用なんですか?」

「あ、いや、むぅ……皆がどんなことをしているのか気になって……」


 それもあるが、大半はやはりリゼルのことが心配だったからだった。

 リゼルはそんなノルンの気持ちを分かってはいるだろうが、あえて何も言わずに笑みを噛み殺している。

そうされて余計に恥ずかしさを抱くノルンだった。


「ど、どんなキノコを収穫しているんだ?」

「イシイタケっていうやつです。秋になると山で採れるとか」

「ほう」


 リゼルから受け取ったのは、黒々とした傘が立派な大きなきのこだった。

 周りのおば様たちは、倒木にびっしり生えているそれを収穫している。

どうやらこのきのこは【腐生菌】――生き物の死骸から養分を得る種類らしい。


……と、アンクシャの受け売りで、ノルンはイシイタケを判別する。


「ノルンさん! そろそろ昼だからよかったらこいつを今から料理するから食べてかないかい?」


 ケイのお誘いもあり、ノルンは少し早い昼にすることにした。

 しばらくして出されたのは、こんがり炭火で焼いたシンプルなイシイタケの焼き物に、最近寒くなり始めた山の中ではありがたい、イシイタケのスープ。


「ではいただく」


 早速、焼き物を一口。

 肉厚な傘を噛み切ると、心地よい食感が伝わった。

口いっぱいに広がる土の匂いと、しっかりとした余韻のある旨味が、なんとも嬉しい。


 これなら期待ができると、シンプルなスープを一口。

 旨味が更に凝縮されていて、感動的な味わいだった。


「いかがですか?」

「かなり美味いな、これは!


 ニコニコ顔で聞いてきたリゼルへ、ノルンは声を弾ませながら答えた。


「グッ! ハッ! グッ! ハムハム……」


 ノルンの膝の上にいるゴッ君もイシイタケを夢中な様子で齧っている。


「しかしこんなにも美味いきのこを派手に使って勿体無いなのではないか?」


 ノルンが指摘した通り、ケイ達は収穫されたばかりのイシイタケをかなり派手に食べていた。


「あんまり日持ちしないみたいなんです。今年は豊作みたいですし、食べられるだけ食べちゃえって話になりまして」

「なるほど……これは栽培ではなく、すべて生えてきたものか……」


 ノルンの頭の中でアンクシャとのきのこ栽培の経験が蘇り、色々と結びついてゆく。


「ノルンさん、リゼちゃん! これも食べてみてよ!」


 嬉々とした様子のケイが差し出してきたのは、薄くスライスされたキノコ。

まだ口へ運んでいないにも関わらず、強く芳醇な匂いが漂っている。


「こ、これはもしや黒ダイヤタケか!? まさか、こんなところでお目にかかれるとは……」


 黒ダイヤタケ――いまだ生態がはっきりせず、地中深くにのみ存在する、ネルアガマや大陸では珍味として扱われる高級食材だった。そしてこれはノルンにとって思い出の味である。


「ノルン様、嬉しいそうですね? 何か思い入れでもあるんですか?」

「ああ! これは昔、修行を頑張ったときにリディ様が与えてくださったんだ! 巷ではこのきのこが最高級食材の一つだと聞き、驚いたことをよく覚えている」

「そうなんですね。リディさんとの……」


 リゼルが少し元気がなくなったような気がした。

 どうやらノルンの口から“リディ”の名前を出させたことを気にしているのかもしれない。


「気にするな」

「えっ……? でも……」

「もうリディ様のことは俺の中ではとっくに方がついている。今、俺はリゼルを守れている。だからこうして肩を寄せ合って、黒ダイヤタケを食べられている。俺はこれからも君との、この幸せな時間を守ってゆく。命に代えてでも!」

「ノルン様……ううっ……」


 リゼルは突然顔を真っ赤に染めながら、蹲ってしまう。

 なにがなんだかさっぱりわからない。


「ど、どうしたんだ?」

「今のお言葉嬉しいです。すっごく嬉しくて、幸せなんですけどぉ……」


 リゼルの恥ずかしそうな呻きを聞いて、ようやくノルンも気がついた。


 周りにいるおば様たちやケイが、ニヤニヤ笑みを浮かべながら二人を微笑ましそうに眺めていたことに。


「す、すまん! リゼル……」

「今度からそういう嬉しいお言葉は、二人っきりの時だけにしてくださいね?」

「そうだな……ケイさん! すまないが、イシイタケを俺へも少し分けてくれないだろうか!!」


 まだ少し顔の赤いノルンがそう叫ぶと、ケイは「はいよ、好きなだけ持ってきな」とニヤニヤ笑顔で答えるのだった。


「リゼちゃん、イシイタケをたくさん食べる男性ってすっごく元気になるのよ?」

「げ、元気って……?」

「まっ、あんた達は若いんだからイシイタケなんてなくたって大丈夫だと思うけどね!」

「ああ、もう、恥ずかしいですよぉ、ケイさん……」



⚫️⚫️⚫️



 数日後――ノルンは早足で、食料庫へ向かってゆく。


 そして軒下にぶら下げた籠へ飛び付いて、中身を確認する。


「ふむ。上出来だ。これならば……くくくっ……ふふふっ!」



*黒ダイヤタケ=トリュフですね(笑)

最近、ポテチやミックスナッツのフレーバーに使わて、大分身近な存在になってきたような?


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