第11話 完璧なる証明、完璧なる敗北…・拓郎視点

 今日も今日とて、おれたちは昼食を急いでかきこみ別棟の教室へと向かった。

 龍一はまだゲームを取り上げられているので、今日も今日とて見張りだった。


「ああ、そういえばね」

 と龍一は廊下に出る前に言った。

「南がここの下の教室の鍵を借りて、使ってるみたいなんだよね」

「今、使ってんの?」

「みたい」

 二階の教室を借りてどうするつもりであろう。しかも真下の教室。嫌がらせだろうか?


 龍一に見張りをしてもらい、おれたちはゲームを始めた。真下に凛子がいるらしいので、あまり騒げず目いっぱい楽しめなかった。


 しばらくして、龍一からメッセージがきた。


『来たよ!』


 おれはため息をついた。


 やれやれ、懲りずにまたやってきたのか。いい加減しつこい。時間を無駄にせず、友達とお話でもしておけばいいのに。あ、そうか……凛子はあまり友達がいないのだった……。


 先日と同じように、龍一が入っていくると風紀委員も姿を見せた。後輩のくせに凛子が前に立ち、郷田先輩は守護兵のように後ろに構えていた。雪先輩はいなかった。遅れてるのかと思ったが、一向に現れることはなかった。


「雪先輩はどうしたんや?」

「朝の挨拶の件で、先生と話してるの」

「そうかい。で、何しに来たんや?」

 おれは椅子から立ち上がると、両手を広げた。当然、ゲームを隠しているため、なにも恐れることはなかった。また協力プレイで追い返してやろうか?


「真実を明らかにしに来たんだよ。拓郎くん、ゲームしてるでしょ」

「またそれか……。やからしてないって」

「沢口くんはゲームを持ってきてたし、勉強するためだって言って教室を借りたのに、見張りを立ててるよね。今日だって沢口くんが廊下にいたし」

「見張り? 何のことかわからんなぁ。心配しやんでも、ちゃんと勉強してるって」

「ちゃんと?」

「そう、ちゃんと」

「この数日間ずっと勉強していたの?」

「そや。な?」


 おれは学に顔を向けた。学は毅然とした態度で首肯した。


「勉強していたんだ。だとしたらおかしいんだよね」

「な、なにがや」


 凛子は不敵な笑みを浮かべた。


「昨日、この教室にきて床を調べてみたんだ。すると何も落ちてなかった。勉強してたのならさ、どうしてが一つも落ちてないのかな?」


「はっ……!」


 息を詰まらせてしまった。

 思いもしないところを突いてくる。確かに勉強などしていないのだから、落ちているはずがない。龍一にいたっては、おお~と感嘆の声を上げる始末。


「筆記用具もちゃんと広げてたし、勉強してたならさ、絶対に落ちるよね? 床に落ちなくても机の上にあってもいいよね? 消しカスだけじゃなくさ、シャーペンの折れた芯があったり、鉛筆を使っていたなら、削ったときに出るカスがあってもおかしくないと思うんだ」


 使える言い訳はないだろうかと頭を回転させた。なにか絶対あるはずだ……。


 何か何か何か――あっ……一つ閃いた。


「おいおい、落ちてないのも当たり前やんか。ちゃんとゴミ箱に捨ててるんやから、そら落ちてるわけないやん」

 おれは余裕を見せるために笑うと、凛子も挑んでくるように笑った。おれがそう言うのも想定の範囲内なのか。

「捨てたら消しカスがなくて当たり前だよね。でもね、事前にゴミ箱を確認してみたの。消しカスなんて一つもなかった」

「掃除当番のやつがゴミを捨てたんやろ!」

「チッチッチッ」

 凛子は舌を鳴らし人差し指を左右に振った。

 シャーロック・ホームズみたいなことしやがって……。いや、そうか、ホームズではあるのか……。


「それは違うよ、拓郎くん。この教室はまったく使われてなくて、授業で使ったのは一ヶ月も前。最近では、拓郎くんたちしか使ってないんだ。汚れることはあまりないけど、一応、掃除はするみたい。汚れてないってことはってことだよね? 普通、ゴミ袋はある程度いっぱいになったら捨てるよね? だから掃除があってもゴミ袋は変えられることなく、そのままなんだ。

 なのに、ゴミ箱を確認してみても消しカスがない。勉強をしていた痕跡がない。ゴミ袋を変えていないはずなのに」


「いっぱいじゃなくても、ゴミ袋を変えたかもしれんぞ……。ゴミ袋を変えてない、という根拠はどこにもない」


 自分でもいい反論ができたと思った。

 そうだそうだと、みんなが声を上げた。おれたちの絆パワーをくらえ!

 凛子は動じることなく、おれたちを嘲笑った。そのアンサーすら用意してあるのか!?


「いっぱいじゃなくても、ゴミ袋を捨てたかもしれない。なるほど、言えてるね。じゃあ、拓郎くん。どうしてゴミ箱の中にが入っていたの?」


「はぁ? あっ――ひ、一口チョコ!」


 一瞬、理解できなかったが、すぐさまおれの論は完璧に崩されたのだと気づいた。


「あの一口チョコは拓郎くんがわたしにくれたものと同じ。ここで食べて、ゴミ箱に捨てたんだよね? と思うんだ。

 これでゴミ袋を変えてないって証明できたよね? なのに消しカスは入ってなかった。つまり勉強をしてないってことだよ。持ち帰るっていう殊勝な行いをするわけもないし、授業中に容赦なく床に捨ててるところを、わたしは何度も見てるしね」

「…………」

「反論はないね。これで勉強をしていないという証明は完了した」


 ぐうの音も出ないとはこのことだった。


「……勉強をしてなかったとしても、ゲームをしていたとは限らへんで」

「大丈夫、ちゃんと証明できるから」

 ぜんぜん大丈夫ではない。

「ヨウハンで協力プレイするのなら、部屋を作らなくちゃいけないよね? 他の人はその電波を拾い、部屋に入る。もっと言うと、暗号化されてるわけじゃないし、近くにいてゲームを持っていれば。……わたしが真下の教室を借りたのは知ってるよね? どうして借りたんだと思う?」


「まさか!?」


「そう、。わたしもゲームを持ってきて、通信で部屋がないか探したの。一階くらいの距離なら電波を拾ってくれるからね。すると部屋を見つけた。四分の二と人数が表示されていた」


 凛子にヨウハンを薦めたのは間違いだったか……。一緒に遊びたかっただけなのに、自分の首を絞めることになってしまった。しかも窒息死するくらいに――。

 てか学校にゲームを持ってきてもいいのか!?


「近くに他の生徒はいなかったし、勉強をすると言ってしていなかった拓郎くんたちしかありえないだよ。画面に表示された人数も、四分の二で数もぴったりだしね。

 これがゲームをしていたという証明。何か反論はある?」


 龍一は相変わらず感嘆の声を漏らしていたが、学は体をそわそわとさせ、おれを見ていた。どうするんだよと訊かれたが、凛子の推理を覆すことはできない。


 おれたちは崖際に追い詰められたのだ。


「負けや……おれたちの……」

「認めるんだね?」

「うん、認める……」

「拓郎! なに勝手に根をあげてるんだよ!」

 と学が叫んだ。

「もう無理や」

「お前が認めたら俺たちも認めたことになるんだよ! いいか、没収なんだぞ!」


 そうか、学はゲーム狂であるため没収は何としても避けたいのだ。龍一が一週間ということは、おれたちも同じ罰を設けられるはずだ。先生にも報告されていないし、一週間くらいのお別れくらい耐えればいいのに。哀れな……。


「てめえ、なに呆れてるんだ! 俺は絶対に嫌だからな」

「無理やって。諦めよ……」

「嫌だぁぁ!」


 学は足を開き逃げ出す体勢を取った。


 郷田先輩は組んでいた腕をほどくと、不敵に笑い腕を広げた。戦闘モードへ移行である。龍一も、郷田先輩に怯え逃げようとしていた。


「無理やと思うけどなぁ」

「為せば成るっ! うおぉぉぉーーー!」


 学はもう一つの扉に向かって走り出した。学を皮切りに、龍一も動き出す。郷田先輩は動こうとせず、容易に廊下へ出ることができた。


 ニヤリと郷田先輩は笑った。

 そこで、わざと廊下に出したのだと気づいた。教室内で制圧することはいともたやすい。ハンディキャップをやり、少しでも楽しもうとしているのだ。


 郷田先輩は雄たけびを上げた。おれと凛子は耳を塞いだ。鼓膜が破れるかと思った。

 次の瞬間、郷田先輩は床を思いっきり蹴り走り出した。廊下に出て学たちを追っていく。


 遠くの方で、学たちの悲鳴が聞こえた。合唱。


 おれと凛子は、静まり返った教室に二人きりになった。学たちの悲鳴も聞こえなくなった。


 少しの沈黙のあと、凛子は扉からおれの方へ体を向けた。

「行っちゃったね……」

「行ってしまったなぁ……」

 おれは凛子を見据えた。

「一つ凛子に言いたいことがあんねん」

「なに?」

「ゲームを持ってきてるのかを調査してんのに、凛子が学校に持ってきたらあかんやろ。なに校則破ってんねん」


 凛子はくすりと笑った。


「いいの、郷田先輩も許可してくれたし。それに前にも言ったでしょ? 警察はスピード違反を捕まえるためには法定速度を越えるって。それと一緒。調査のためなんだもの」

「ええ……」

「ホームズだって解決のために色んな手を使うじゃない? わたしも同じ考えなの」

「納得いかんなぁ」


 おれは腕を組み、眉根を寄せた。


 しばらくして、二匹の獲物を携え郷田先輩が帰ってきた。その二匹は完全に沈黙し、ぐったりとしていた。


 おれたちは完全なる敗北に喫した。

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