『要るかい?』


「そんな顔すんなよ」


VITの処置室。

その外にある長椅子に、幸来は座っていた。

ノゾミの処置が終わるのを待っていた。


うなだれたその顔を、覗き込むようにして登場したのは、

金城美咲カネシロミサキだった。


武装化を解いているため、当然木刀は持っていない。

しかし、武装ではない特攻服は健在だ。

その背中には、『不撓不屈』の文字が刻まれ、その他にも、特攻服の各所には『一人は皆のために、皆は一人のために』そのような言葉が色々書かれている。


幸来は、顔を上げる。

酷い顔だろうとも。


すると、ニヤリとしたミサキの顔があり。

その口には、〇ッキーが咥えられていた。

それを、パキっと齧りきり、破片を手に、ミサキは言う。


「心配すんな、てめぇの妹は、簡単に死にゃしねえさ」


もうそろそろ夜が明ける。

そんな頃合いの静かな、建物の中。

自動販売機の光だけが、目立つそこで。


「……あの子は、いったい何に巻き込まれているんですか? あなたは? あなた達は……いったい誰なのです?」


姉の問いかけに、ミサキは、快活に笑う。

笑って、くるりとその形相を、真剣なものに変える。


「てめぇにゃ、アタイがどう見えてんだ? バケモンにでも、見えるってか?」


「……」

幸来は、言葉を返せない。

どかっと、幸来の横に、ミサキが腰かける。


「まぁ、気持ちはわかるぜ? アタイだって、この身体がニンゲンだとは思わねぇし」


幸来はまた、項垂れてしまった。

応える相手がいないために、半ばミサキの独り言になる。

手にしていた〇ッキー1本を食べきり。

ミサキは続けて言う。


「ただ、ヒトってのは、結構簡単に死ぬし、簡単にぶっ壊れちまう。それだけは確かだな」


「じゃあやっぱり、ノゾミは、あの時に……」

あの時。

買い物に出たあの日。

何かあったのだと確信できる。

ミサキの言葉も相まって。

その想像の先には、最悪の想定が混じっていた。

死、という想定だ。


「まぁ、ぶっちゃけ、アタイ達はみんなそうさ。……一度は地獄を見た連中ばっかりだ。だからこそ……」


 美咲はそこで一度区切り、横に居る人物の名前を思い出そうとする。

 だが知らないことに気づいて。


「……普通に暮らしてるヤツに、こっち側には来てほしくはねぇんだけどな」


 姉は思う。

 ノゾミは、自分自身もさることながら。

 ナルミという友人まで失くしている。

 既に地獄は十分に味わったと。


 そして、このミサキという少女もまた、似た地獄を味わったと言っているのだ。

 齢、15歳そこそこにしか見えない、少女がだ。

 まるで賽の河原に居るかのように、幸来の心は重かった。 


 ミサキは、そんな姉の様子を伺うが、一向に元気を取り戻す様子はない。

 ガシガシ、と黒と金の混じるメッシュの長髪を掻きむしる。

 元気づけるつもりで来たのに。

 全くもって何にもなってないことに、少し自分自身に嫌気がさしたのだ。 


 そして諦めた。

 諦めて本当の要件を言う。


「ったく。自分の妹の心配も良いけどよ。前も言ったが、あんたは先に自分の心配をしな――」


 ミサキは立ち上がる。 


「アタシは、風見主任にアンタを連れて来いって、言われてンだ。……とりあえず、立ってくれっか? 案内するからさ」


 そこで改めて、幸来は顔を上げた。


「……私も、地獄に行くのですね」

 

 暗い顔の幸来に、ミサキはあっけらかんと言う。

 何言ってやがる、と言いたげな、嘆息と共に。 


「そんじゃ、アタイは死神か何かかい? ま、ここはもう、地獄だ。今更気にすることじゃねぇさ――」


 そして、『そうだ』とミサキは思い出し。

 特攻服の内ポケットから、〇ッキーの入った箱を取り出し。


 差し出し。


「要るかい?」


 そう尋ねた。

 くっしゃくしゃになった、その箱を差し出して。


 なぜかそれがおかしくて、少しだけ笑った幸来は、その箱を受け取った。


「ありがとう」


「おい、勘違いすんなよ、やるっていったのは一本だけだかんな!」


 そして結局、幸来は、ミサキに少しだけ元気をもらったのだった。

 

一本の、〇ッキーと共に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る