『 私は、今、幸せなんだね』
――ノゾミは上の空だった。
上空で、仲間が必死に抗っている。
その事を知りながら。
亡骸のような心で、隣の姉の話を聞いていた。
書店を出て、紙袋に包まれたレシピ本を抱えた、姉のする。
料理の話。
ノゾミの好きな食べ物の話。
昨日の料理番組の話。
うん。
そうだね。
いいね。
そうかな?
相槌は、無意識的に機械的に、姉に合わせて自然に零れていく。
その裏側で。
このままでいいの、私?
これでいいの、私?
私は、何もしなくていいの?
出来ること……ホントに……ないの?
そこに蘇る言葉。
――
レベル・セブンが何言ってんのよ。嫌味?
――
だって、武装化、できないから。
――
本気を出しなさい
――
そんなことを言われても
――
いつまでもそのままじゃ、守りたい物も守れないわよ。
――
そんなことを言われても!
――
あんたのお姉さんを、ナルミと同じ目に合わせたくないのなら、早く
――
そんなことを、言われてもっ!!
――
ノゾミ!? ノゾミ!? ねぇ、聞いてる?
――
「……? お姉ちゃん……?」
立ち止まる姉。
つられて止まったノゾミの正面から。
――
「どうしたのノゾミ?」
やっぱり変よ、大丈夫?
そうやって、姉は、いつものようにノゾミを心配してくれる。
いつものように。
いつも。
いつも。
いつも姉は、ノゾミを心配している。
そんな姉を、ノゾミは騙している。
もはや、ノゾミであるかどうかも怪しい存在だというのに。
……そんな姉に、ノゾミは何も言えていない。
捨てられたくないからだ。
嫌われたくないからだ。
でも、少なくとも、解ることがある。
「いつも、ありがとうお姉ちゃん……」
口をつく感謝の言葉。
「もう。どうしたのホントに?」
急な言葉に、幸来は動揺する。
姉は、いつでも、ノゾミのことを考えている。
いつでも心配してくれている。
そのことに、ノゾミは、気づいた。
ノゾミの惚けたような表情が、溶けだすように、柔和な笑みを形作る。
「そっか」
そして。
そこに、迫り来る気配。
渦巻く存在。
ノゾミは、その標的を見上げて言う。
自分の心を確認するかのように。
今わかった。
「私は、今、幸せなんだね」
だって、守るべきものがまだここに居るのだから。
――ノゾミは、今日まで、被験体公舎の、身寄りのない少女たちを目の当たりにしてきた。
彼女たちにない物が、ノゾミにはまだ残されている。
不幸なんかじゃない。
決して不幸なんかじゃない。
幸せなのだ。
まだ、守るべきものがここに居る。
守れる存在が、まだここに残っている。
そして――
私は、姉のことが好きなのだと、気づいた。
その幸せを。
大事なものを。
ノゾミは守ることができる。
「私には、そのための
夜空に渦巻く暗雲に、正対するかのように。
それと相反するかのように。
ノゾミの心は、今、晴れわたる――。
ノゾミまで失くしたら、私もう生きていけないわ
そう言った姉に、ノゾミは、私もだよ、と返した。
そうだ、お姉ちゃんは、私が守らなきゃいけないんだ。
お姉ちゃんは、私が、守る!
「ノゾミ……?」
狼狽える姉を差し置いて。
姉の前に出る。
決意のこもった眼差しで
ノゾミはその掌を天に掲げ、太陽を握り締め、己が胸に引き込むように。
本物のヒーローのように。
「
心の底から、
それに、ヴァイラスコアは最大限の輝きをもって、応答する。
眩い光に包まれる。
そのとき、轟雷が注ぎ。
光の速さで、絶大な破壊がもたらされる。
それは、神の裁きのようでもあり。
悪魔の粛清のようでもある。
人間の築上げた文明を、滅するかのように。
人がひしめく繁華街に、それは降り注ぐ。
まるで、ノゾミに吸い込まれるかのように、落ちる、極太の稲妻。
その只中で。
ノゾミの姿が、変わっていく。
――
被験体は、武装化していなければ、時空干渉域を展開できない。
ただし、他の被験体の干渉域で、活動することは出来る。
その精度や強度は、コアの能力に比例することが多く、ノゾミの場合、自己の能力の100%で活動が可能だ。
そして、他の干渉域を自らの意思で、拒絶することもできる。
つまり、姉と書店に居たノゾミは、他の時空干渉を無意識的に拒絶していた。
そうしなければ、時間の流れの差によって、同じ時間を共有するという事が出来ないからだ。
……実際の現実世界では、雷雲が渦巻いてから、雷が落ちるまで、その時間は30秒にも満たなかった。
その30秒を、300秒や600秒、あるいは変身時にならば30000秒にさえしてしまえるのが、被験体の時空干渉フィールドだ。
光の速さで注ぐ雷に、それは間に合うだけの時間を生み出す。
脳裏に響く武装を、ノゾミは素直に展開する。
「『
形成する耐雷空間が、円球状に広がり、ノゾミと幸来を包み込む。
そして、
時空干渉フィールドは、主人が触れたもの、主人に触れている物の時間を進ませる。
故に。
「ノ、ノゾミ!?」
姉は、恐ろしい稲妻に悲鳴を上げるよりも。
妹の変貌ぶりに驚きを隠せない。
当然だ。
気づけば、傍には、小悪魔のような姿に変わり果てた、ノゾミの姿があるのだから。
障壁展開を終え、大落雷の効力が終わり、周囲に紫電の残り香が散る最中。
変身する直前までノゾミの肩に触れていた幸来は、自然と時空干渉フィールドに連れ込まれていた。
「ごめんね、お姉ちゃん。話は後でするから――」
ノゾミは既に、上空に、かすかに揺らめく小さな『ゲスト』を捉えている。
ノゾミのフィールドに囚われ、何の被害ももたらさなかった繁華街。
そして、ノゾミの時間に合流してくる、被験体たち。
カナデ、ミユ。
その姿が、空に映る。
その空を見上げて。
ノゾミは、
話は後でするから――。
「――今は、私に、お姉ちゃんを守らせて」
駆け寄ってくる他の被験体に、
「私はあいつを倒します、お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
そう言って、ノゾミは翔けた――繁華街の空へ。
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