『もう、どうなっても知らないから!』


この至近距離。

1秒で1,6キロメートルも進む弾を、回避する余地などあろうものか。


それでも。


――咄嗟に、


「きゃあ!」


悲鳴をあげるだけの、時間的余裕が生まれていた。


互いの、IC被験体。それに埋め込まれたヴァイラスコアが形成する、高速化フィールドのせめぎ合い。


それによって生じる、フィールド同志の時間の格差。


両者のフィールドが融合し、時間の流れが、まるで分かたれた河川が合わさる様に、新たな流れの速さを、形成する。


合流するまでは個々の時間だ。


その効力、時間を我が物とする力は、変身する瞬間が一番の極点となる。


現実時間との乖離を生み出すその、独自の特性において、武装展開中の、1秒間など、止まっているも同然の遅さである。


故に。


ぎぃぃんんんん。


金属同士が激しくぶつかり合うような残響と。


後方の家屋で巻き起こる、二つの小爆発。


そして、背後から吹きあがる衝撃波と盛大な砂煙――。


やがて、その粉塵が薄らいだ頃。


猫耳シルエットのヘルム。

大小4枚の悪魔の翼と、長く伸びる尻尾。

腰部から延びる、外套状の柔軟なアーマースカート。

機械と生物を複合する、真っ黒な全身装甲。


そのすべてを纏い。


武装化アームドナイズを終えた、ノゾミの姿が、その中心に堂々と佇んでいた。


右腕を振り払ったような姿勢。


ノゾミの、その手には、ガントレットから展開する、武装が光を帯び、存在している。



――。


その出来事は。


たった今、戦車砲弾の薬莢が地面に落ちる音が、響くほどに。


カナデの主観においては、瞬く間の出来事だった。


だが、直感と経験から、それの状況を正しく理解したカナデは。


「一瞬、もしかしてこれで終わりになるかと思ったけど……、やっぱり、レベル・セブンは伊達じゃないみたいね」


カナデの顔には少しばかりの焦りと、汗が滲んでいる。

なにせ、カナデの中で一番の主力としている攻撃を、軽く防がれてしまったのだから。それは驚きを通り越し、ドン引きに近いものがあった。



そんなノゾミがしでかしたことは、命中する直前の砲弾――正しくは、そこから分離した細長い飛翔弾体――を、近接武装で斬り払った、ということ。




ノゾミの右手甲から展開している二本のロッドは、新鋭戦闘機に装備されていたレーザー兵器だ。

ノゾミは、そのパワーを、一点集中、超短距離に集約させることで、光の刃として使用していた。


そしてそのような使用方法は、もちろん、元となった戦闘機にありはしない。

つまりそれは、ノゾミだけが有する、完全なる、固有兵器。

これが、レベル・セブンにおける、プラス要素を含む、という判定の正体である。




「た、助かった……?」


無我夢中。

ほとんど生存本能だけで動いたノゾミには、自分のやったことの自覚がない。


「やれやれ、ね」


 自分の意思で変身できないと言っていたノゾミを、ただのヒヨっ子と思っていたカナデ。

 戦力として期待できるのか不安で仕方なかったが。

 危機的状況になれば、相応の実力を発揮できるのだな、という実証は、今しがたみたとおりだ。


「……でも、まぐれってこともあるし、一応やるだけやっちゃおうかしら」

 

 がしゃん、と砲身に二発目が装填された。


「え!? まだやる気ですか!?」


「当然でしょ。っていうか、その言い方。なめてんの!?」


 今のを見てまだやる気ですか? そんな煽り文句にしか聞こえなかったカナデは、少しばかりイラっとした。


「そんな、私、戦う気なんて……」



「あんたに無くても、こっちにはあんのよ。それに……あんた、心にもやもやため込んでんでしょ?」


 え? っという顔をするノゾミに、カナデは眉を吊り上げる。


「出てきた時、掌が血だらけだったし。風見さんから、あんたに何があったのかも聞いてる。あんたが、自己嫌悪でもやもやしてるってことくらい、あたしにだって解るわ」


「それは……」

 ノゾミは目線を逸らす。


 そんなノゾミを、カナデは、


「バカみたい」


 と鼻で笑う。


「……友人ひとり失くしたくらいで、くよくよしないでよね。そんなんじゃ、何の役にも立たないわよ、あんた」


「なっ!? くらい、って!?」


 カチンときたノゾミに、カナデはにやりとする。


「アンタより不幸なやつなんて、世の中にごまんといるっての。最初から何もかも与えられて生まれたあんたには、想像も出来ないことでしょうけどね」


「……ッ!」


ノゾミの形相が、険しくなる。


「IC被験体ってのは、もともとそういうもんよ。自分だけが、どん底みたいな顔すんのは、やめてよね」


 見るからに爆発寸前と言ったノゾミの表情。

 性格からか、それを懸命に抑えている風にも見える。


 そんなノゾミに。


「それで、ナルミだっけ? あんたの友人も、あんたみたいな根暗のこと忘れられて、幸せなんじゃない?」


 カナデはそんな起爆剤を、何の躊躇もなく放り込んだ。


「くっ、黙って!」


怒りに反応し、二挺のガトリング機銃が、展開、ノゾミは即座にそれをひっつかんだ。

その銃口は、今カナデに向けられている。


同じタイミングで反応していたカナデも、左手に重機関銃を装備し、ノゾミに向けて構えていた。


「――やっとやる気になったわね。じゃ、お互い、遠慮は無用ね!」


脚部、およびスカート底部の履帯――無限軌道を展開し、カナデが動く。


スラロープ運動で距離を置きながら、撃ち出される重機関銃の弾丸。


「もう、どうなっても知らないから!」


同時に。


怒りに支配され、二挺のガトリングから掃射される数百の銃弾。


ノゾミは、持ち前の速さで軽々と躱し、


カナデは、左肩部から垂れ下がるマントを盾に、その銃弾を防ぐ。


マントは柔軟だが、その強固さは、戦車装甲と同等かそれ以上。

機銃の投射量がいくら圧倒的でも、小型の弾丸では、その防御を貫くのは厳しい。


「――そんな小粒じゃ、あたしの装甲は貫けないわよ!」


とはいえ、まさに、飛ぶように、高速で移動するノゾミに、戦車砲弾を当てるのは至難の業。

だから、砲弾は、徹甲弾から、榴弾に変更する。


さらに、背部ユニットのミサイルコンテナの扉を一基解放。 


 カナデは、レベル・ファイブの戦車のコアを持つ被験体だ。

 通常戦車は対空兵器を装備しない。


しかし、被験体は合計7レベルまでの要素を複合できるポテンシャルがある。

つまり、カナデはレベル・ツーのコアも埋め込まれているのだ。


それが、戦闘ヘリだ。


背部からたれさがる4枚のリボン状のものは、装飾などではなく――。

展開し、回転させることで、飛行を可能とする。


「うそ、飛んだ……!?」


ノゾミが驚く中。


ローター音と共に、浮遊し、高度を取る騎士――カナデから。

地面を走る小悪魔――ノゾミに向けて。


騎士の持つランスのような砲身から、榴弾が。

そしてその背中から、対空ミサイルが、同時に発射される。


「……知らなかった? 最近の戦車は、飛ぶのよ」

 

 







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