む-し トーラス

 そこにあれば終わりなく散逸さんいつ点と集極しゅうきょく点の繰り返しが起きる。0の瞬間は終わりと始まりの重ね合わせを生じさせている。

 だから、これは滅ぶことが無いのです。

 それをここで実現出来ればと思っていました。理論じゃあ有りませんよ、全ては感覚の問題なのです。

 平面の宇宙の果ての果てに位置する星ではそんなことを真面目に研究していた。

――果てから散逸して終わるか、続くか。

――どっちでもよくない?

 当たり前のように宇宙全図の端を示される。最後の銀河、始まりの銀河、IN to VOID.

――線を引くのはあなただから、ワタシは指示だけ出す。お分かりよね?

――あー、はいはい。散逸すればいいのに。

 わたしたちもすぐにそうなるんだから。

 けどもわたしは船に乗る。なんでか知りたいから。この推力が出ているかも分からない錘のような船は、どう動いているのかすら分からない。

――遠い時はどうやって戻っているかって? オレが知るかよ。

 帰ったらもう何もかも消えているかも。なんてことを呟けば目敏く管理者は反応を返す。

 聞いてないのに。

 時は戻らない。ただし、例外がある。

 トーラス。

 そう呼ばれる。沢山穴を開けて管は形を変えて、終端と始端を繋ぐ。それが出来るらしい。

 だから、時も終わりと始まりの区別が無くて、そこから回って戻って来られる。

 なんだか、騙されているみたいだけど、わたしの現実は変わらずに星は延命されて、上司は赤いリップに命令口調でカリカリしているし、あの子の便りは届く。

『パートナーを見つけたんだ。星の最後祭で結ばれてね』

 良かった。わたしがただ駆けずり回って棒を振り回している間にも、あの子の生活や現実は変わっていく。

 わたしの現実だけがぐるぐると回っているようだ。

――支配者層の遺産。それが最後。

 上司がうっとりとした顔で船を撫でていたのを思い出す。憧憬なんだろうね。

 わたしは大切に扱えと言っているようで反発している。

 もちろん、遺産だけで星が生かされていて、他のところはそうでもないってことはよく知ってる。

 だから全てよくわからない。

――回遊するまぐろがいるでしょう。彼らが海に移動要塞を作り、この大陸を動かし星々の運行流れ回転色々なものを回遊させようと試みたのはご存知なかったですね。

 全く研究者の説明を聞かず頭の中で考えていると、彼の口調は熱を帯びていた。

――まったくしらないよ。

 回る。そこからこの宇宙が平坦で繋がらないから終わり。散逸。

 繋ぎ合わせればいいのですと、用意したのは冷凍されて真っ二つとなった金魚。

 細胞の破れも全て揃うよう合わせれば元通りです。

――それと同じようなものです。全て感覚の世界ですから、that's all.ですよ。その線引き棒も同じでしょう、そうなるから槌に杭に赤熱にさまざまに変化していく。

 それそのものがあるかどうかはリアルとズレてる。

 そんなことを言ってるんだと思う。わたしは棒を収縮させてくるくると回す。これは感覚で色々なものに変わっていく。

 この世界とリアルは違うことがいっぱいある。だから、星が延命されているとか、時はスキップされるとか、こんなところにいるとか。

 スポークスマンのような研究者は部屋いっぱいに現在進行形の実験を映し出す。わたしのために、この目で見えるようなカタチで表示してくれていた。

――ほら。今、終端と先端に到達したところです。あの人形たちが長い時間をかけてその端を繋ぐのです。理論限界を超えた速度で粒子を発すると重力子が細かな破れを生みます。

――はあ。人形って、かなり大きいね。

 わたしの言葉に適当に頷いて続ける。そこにいるだけで饒舌になる。

 誰もが自分勝手だ。

――その破れ同士を<針>で繋ぐ。それで端部同士が繋がります。いわゆる……ビッグバンが起きる、とでも言えばいいでしょうか。

 室内でシミュレートされる破裂。加速して加速して、またここに返ってくる。それがまた破裂して加速して返って来る。

――ええー‥‥破れてるよ。ほら。

 わたしが棒で突いてやれば綺麗な円、トーラスは破けた。どろどろとそこから漏れ出して、また均一な地平がやって来る。

 シミュレーション、ただ表示されているだけだから、見えればわたしにも扱える。

――空間は破けるものです。そこからまた……あっ!

 何かを思い付いたように、部屋中のシミュレーションは掻き消え、人形が写される。

 繋いだそばから破れていく。

 繋いで繋いでそれが続いても平面は変わらない。

 けれども徐々に人形たちは体がなにかに呑み込まれているのが見える。黒くも、暗くも、明るくもない、不明瞭ななにかの空間がそこから生じているかのよう。

 それを見た研究者は深いため息と「失敗か……」と小さく呟く。

――そうか、人形たちは。そのために繋いだのか。

 すぐに頭を切り替え研究者は人形に何か命令を送っているけども、それは功を奏していない。人形はもう半分ほど無くなっている。

 その人形が全く区別が付かないこちら側とあちら側を繋ぎ合わせて、何もない所に何かが仕込まれている。

 ただ、膜があって、手品を見ている気分。

――なんだろう。すごく、気持ち悪い。

 わたしはその状況に強烈な嫌悪感を抱く。

 なにか、冒涜的なものが生じている気がしたから、研究者を棒で小突く。

――人形、止めないと。

――いや、やっている。

 なにかをしているけれど、わたしは目にすることが出来ない。

――それ、出して。

 彼が目の前に銀色の箱を出現させた。

 わたしはそれをひったくって、地面に置く。

――おい、おい、それは、ちょっと。

――ちょっと? ハイっ!

 もちろん制止する間も与えず、わたしはその箱を棒で思い切り叩く。

 がしゅ、すちゅる、すちゅる。

 中で回っていたものが止まり、収縮して溶け出して棒に混ざっていく。

――ああ、それは、それは、ちょっと。まずいぞ、まずいことになるぞ。

――人形が落ちてくるよね。

 呑み込まれかけた人形が物凄い勢いでこの星に向かってくる。アラートが鳴る。

 直ちに避難しましょう。人形は静止し、この星も静止します。

 非常に強大な重力波が人形から出ているから、それが重ね合わさるこの星は永久に近いレベルで止まる。

――でもさ、もうあなた以外残ってないね。行く?

――仕方がない。どうせこれも遊びだ。

 わたしも研究者も、この場所と鳴り響くアラートにうんざりしつつあるから、そうと決まればすぐに出る。

 人形は静止する。最後には、静止して、そこで輪を作る。

 それもトーラス。

――それなら、またそこで人形を作るさ。

――今回みたいなのは、なし。やったら、あなたが止まるから。

――まったく、怖いやつだ。

 迎えが来る。管理者は面倒そうに言う。

――早くしろったら、晩酌に間に合わねえだろうが。

 あきれた。

 どうせ滅ぶんだから、こんな人形遊びもおしまい。

 帰って上司に任せよう。研究者にもうまく役目を与えてくれるはず。

 わたしたちは船に乗り込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る