第五話・続

・・・・・・


 月日は流れ幻一郎は無事に志望大学へと合格を果たした


 環境に慣れるためにも早い方がいいと、卒業式の次の日には旅立つこと決めた


 祖父母の紹介で下宿先と働かせてくれる会社も決まった、勉学は絶対に疎かにしないというのが条件だ


 響子に旅立つ日を伝えなければと神社へ向かう、神社で手伝いをしているという事は祖父母から聞いていた


 道中、幻一郎の足取りは重い


 家を出ると話した日からろくに顔を合わせていない、嫌われているかもしれないし、高校で誰か好きな人でも出来ているかもしれない


 神社は以前に比べすっかり綺麗になり、参拝客も増えているようだった


 巫女服を着た響子はおじいさんやおばあさん、子供達に囲まれて談笑していた


 ほとんどの参拝客が響子目当てな事は一目でわかった。楽しそうに、ときに心配そうに、親身に話を聞いてくれる響子は皆に好かれているようだった


 幻一郎は皆の邪魔をしてしまわないようにと、声を掛けることなく登って来た石階段を引き返した


 一番下の階段に腰を下ろして響子の帰りを待つ


 日がほぼ落ちて月が存在感を増し始めた頃、電灯を片手に響子が階段を下って来る


「どうしたの?こんな所で」


 幻一郎の姿を見付けた響子が驚いた様子で声をかけた


「待ってたんだよ、あんなに静かな神社だったのに随分にぎやかになったんだな」


「皆も手伝ってくれたから」


「そうか、響子が元気そうで良かったよ。帰ろうか、送る」


「うん」


 二人は暗い道を電灯で照らしながら歩いた


「遅くなっちゃったけど、合格おめでとう」


「あぁ、夢を叶えるにはまだまだ先が長いけどな」


「今日は、どうして来てくれたの?」


「家を出る日が決まった」


「いつ?」


「卒業式の次の日」


「・・・そうなんだ」


 そこまで話すと会話は糸が切れるように途切れた、響子は俯いて地面を見ながら歩いている


 幻一郎にはもう一つ伝えたい事があったが、切り出すことが出来ない


(好きだ)


 たった三文字の短い言葉、けれど口から出すにはとても重かった


 何よりこれから幻一郎はこの土地から離れて暮らすようになる、向こうに行ったら成果を上げるまで帰ってくる気もない


 好きという言葉を残して遠く離れて行く事を躊躇った、このまま何も言わずに行くのが響子のためには一番いいのかもしれないと考えずにはいられなかった


 無言のまま響子の家の前に辿り着く、少しの間お互い探るように玄関の前で向かい合う


 すると響子が先に口を開いた


「応援、してるから」


「あぁ、必ず叶えてみせる」


「気を付けて帰ってね」


「隣だけどな」


「うん」


「おやすみ」


・・・・・


 卒業式を終えた夜、幻一郎はいつものように風鈴を眺めていた


(いよいよ始まるんだ)


 子供の頃は分からなかったが、今でははっきりと思い出す。父親は会社を作りたくて必死だった。それは祖父母への反抗、きっと認めてもらいたかったのだろう


 そんな事を考えながら月夜に照らされた風鈴の音に耳を澄ませていると、庭からがさがさっと物音が聞こえてきた


 驚いて立ち上がり、音がなった辺りに目を向けるとそこには人影があった


「響子?」


 風呂にでも入っていたのか、髪が濡れているように見える


 響子は何も言わずにゆっくりと縁側に上がり風鈴の下に立つ、息が触れ合うほどの距離で二人は見つめ合った


「ど、どうし」


 幻一郎の言葉を遮るように響子は唇を重ねた


「貴方の夢は応援する、でも・・・」


 突然の出来事に幻一郎は困惑し身体が硬直する、真っ白くなった頭の中を整理しながら響子の言葉を待つ


「キスして」


「えっ?」


「貴方の夢は応援する、でも風鈴を眺めて思い出すのは私がいい、私の事を思い出して欲しい」


「・・・・」


 瞳を揺らしながら、そう願う響子を幻一郎は両手で抱き締める。月明かりに照らされながら二人は何度も唇を重ね合わせた

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