第四話

 17時過ぎに祐源が見知らぬ女性を連れて病室を訪れた


「時間通りに来るようにとお伝えしたはずですが」


 雪代咲がちくりと棘を刺す


「悪かったよ、そんな睨まないでくれ、美人が台無しだぞ」


「そちらの女性は?」


「この子は月乃川 美悠、秘書として雇う事にしたんだ」


「そんな話は伺っておりませんが」


「そりゃあ、今初めて言ったからな」


「副社長にその様な権限は・・・」


 冷静さを繕いながらも眉と頬をひくひくとさせている咲の顔を見て、幻一郎は話題を変えようと美悠に声をかける


「月乃川さん、学生のように見えるが、どちらの大学に通っているのか教えてもらっても構わないかな?」


「御ヶ西大学に通ってます」


「ほう、孫と同じ大学か・・・祐源とはどちらで知り合いに?」


「はい、御社の経営するカフェで働いておりました所、視察にいらっしゃった副社長にお声をかけていただきました」


「視察?」


 視察という言葉に反応して咲が祐源を睨みつけると、祐源は気まずそうにしながら顔を背けた。視察の権限など与えられてはいないのだ


 ぴりっとした空気が走る中でも美悠は笑顔を絶やさず話を続ける


「アルバイトとして身の回りのお世話をさせていただいていたのですが、副社長から秘書として正式に雇いたいというお話を頂いて、本日はご挨拶に参りました」


「将来のためにもその方がいいと思ってね、大学も卒業まで通ってもらうつもりだ。こんなに可愛い秘書がいればきっと会社のためにもなるさ」


 気まずそうにしていた祐源がここぞとばかりに補足する


 咲は何を言ってるんだこの男はとでも言いたげな顔をしながらため息を付いた


「分かった、月乃川さんはそれで良いんだね?」


 幻一郎が確認をすると美悠は嬉しそうに「はい」と頷いた


 ふと美悠の視線が枕元に飾ってある写真立てに向けられた事に気付く


「あぁ、この子が私の孫でね、如月さんと同じ大学で幸という名なんだが知っているかな?」


「申し訳ございません、お会いした事はないと思います」


「そうか、大きな大学だしな、会う機会があったならば仲良くしてあげて欲しい」


「はい、もちろんです」


 返事をする美悠の顔が青冷めていた


「大丈夫かい?月乃川さん」


「申し訳ございません、朝から少し体調を崩しておりまして」


「祐源、無理をさせるんじゃない」


 ちらちらと咲のご機嫌を伺うようにしていた祐源を叱りつける


「え?あぁ、分かってるよおやじ、もう用は済んだし帰るよ」


・・・・


「会長は甘すぎます、いつか重大な問題を引き起こしてしまうかもしれませんよ。会長が入院なされてから、副社長の行動は目に余ります」


 二人がいなくなるのを待ってから咲が責め立てる


「すまない、あいつがああなったのは儂の責任でもある、君には面倒をかけっぱなしだな」


「本日はこれで失礼致します、社に戻り確認しなければならない事が出来ましたので」


「待て雪代君、今日は予定があると言ってなかったか?」


「副社長が遅れた時点で連絡は入れてあります」


「本当にすまない・・・」


 咲が病室を出ると、正面に見知らぬ小さな女の子が立っていた


 腕時計にちらっと目をやってから女の子と目線が合うようにしゃがむ、どうせもう予定には間に合わないのだ。それにもし迷子だったら親御さんを探さなければならない


「人がいる」


 女の子はじっと病室を見つめたまま呟いた


「えぇ、私の上司がここに入院してるのよ。あなたはどなたかのお見舞いに来たのかな?親御さんは?」


「女の人がいるの」


「私のこと?」


 訪ねると突然女の子は走り出す、咲の制止する声には耳も貸さずにどこかへと去っていった

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