5-2

「柚月、あのさ」


 話題がひと段落する隙をついて、私は話し始める。


「昨日の、話なんだけど。私を彼女にしないかって話」


 改めて言葉にするとやっぱり恥ずかしいけど、それでももう、言うしかない。


「私、柚月のこと、本当に、好きだから。……ねえ、それでもだめかな?」


 私の言葉に対して、柚月は大袈裟にため息をついて言う。


「だから、そういう冗談はやめてってば。……それに、菜穂美は、ヘテロだろ」


 やっぱり、そう言われるとは思っていたけど。でも不服だった。


「冗談じゃないもん」


 言いながら、なんでだろう。熱いものが込み上げてきてしまう。


「ヘテロでもビアンでも、関係ないよ。柚月が一番好きだって、言ってるじゃん」


 私はやっとのことで、そう言う。


「関係ないわけないじゃん。今まで、私がどれだけ・・・・・」

「・・・・・・え?」


 柚月は何か言いかけて、しまった、というような顔をした。


「ああ、もう。要らないこと言ったわ。もうこれでこの話はお終いね」

「やだ。柚月がちゃんと答えてくれるまで、やめないから」

「ああもう、これだからいつもいつも。私は不毛だってわかってて、どうしてこう・・・・・・」


 食い下がる私に対して、柚月は何やらブツブツ呟いている。そして、急に真面目な顔をして言った。


「あのさ。『好き』って、どういうことかわかってる? 私に対してそういうこと言うって・・・・・・こういうことだよ」


 言うなり、私の腕は捕まえられて、押さえつけられて、床の上に押し倒された。


「え、柚月・・・・・・?」


 びっくりして、言葉が出なかった。心臓が、すごく速く鳴っている。わかっていたことだけど、自分が望んで求めたことのはずなのに、意図せず身体が震えた。


「ほら・・・・・・震えてるじゃん」


 いつになく艶々した声で、耳元でささやかれる。背中のあたりが、そわそわして、お腹の奥が熱くなる。なんなんだろう、この感覚。


「怖いんでしょ・・・・・・もう、やめよう。私たちがこんなことしても、何にもならないよ」


 そう言う柚月の声も、なんだか震えているみたいだった。


「べつに・・・・・・そう言う柚月のほうが、怖いくせに」

「うるさい」


 私の手首をつかむ柚月の手はやけに熱くて、小刻みに震えているのがわかった。この人は、多分、そうなんだ。わかってたけど、わかってなかった。


 いつだって何かと戦っていて、震えながらも人と関わって、傷ついて。その繰り返し。ただ不器用なだけだったんだ。


「柚月」


 私は、彼女の目をまっすぐに見て、言う。言わないといけないと思ったから。


「私の『好き』は、こういうことだよ」


 けして力が強いほうじゃない柚月の腕を押し返すことなんて、本当は簡単だった。私は手首を握られたまま、柚月の頭を自分のほうに引き寄せる。


 驚いた顔で固まっている柚月の唇に、そっと自分の唇を重ねた。それは自分でも驚いてしまうくらいに、自然な感情で。初めて触れた人の唇の感触は、びっくりするくらい柔らかくて、心地が良かった。


 ヘテロだとか、ビアンだとか、そういう言葉はもうどうでもよかった。そんなややこしい括りなんて、もう溶けてなくなってしまえばいいのに。


 柚月がもうこれ以上傷つかなくて済むのなら、もう、なんでもよかった。


「・・・・・・馬鹿」


 柚月は顔を真っ赤にして、今度は自分から私の唇を奪ってくる。荒々しい仕草と言葉とは裏腹に、すごくすごく優しいキスだった。


「ほんとに、いいの」

「うん。柚月となら、いいよ」

「私、男じゃないけど」

「だから、それでも良いんだってば」


 何回も言わされると、さすがに恥ずかしくなってくる。なにより柚月の顔が近くて、胸の奥がきゅっとなってくる。本当に、どうしちゃったんだろう。


「・・・・・・もう、やだって言っても止めてやんないからな」

「うん・・・・・・いいよ」


 まだ全然酔ってなんかいないはずなのに、その言葉だけで、頭の中がとろんとなってしまう。


「菜穂美。・・・・・・き」

「えっ・・・・・・」


 その言葉は上手く聞き取れないまま、疑問符を差し挟む余地もなく。私の唇を割って、柚月の舌が入ってくる。口の中で動きまわって、くすぐったいような、なんとも言えない気持ちになった。


 初めてなのに、なんだかもっとして欲しくて。懇願するように、私は柚月の背中にぎゅっと手を回す。柚月も私の背中をすーっとなぞってくる。また、お腹の底が熱くなる。 


 それから柚月は、少しずつ私の身体のいろんな部分に触れていった。言葉とは正反対の、優しい手つきで。


 私の身体は、まるで知らない生き物にでもなったみたいに反応して。気持ち良すぎて、もうだめ、って何度も言ったけど、柚月の優しい手は止まることがなかった。止まらなくても、別によかった。止めないで欲しかった。


 気づいたら、もう夜明けだった。疲れきった私達は、そのまま重なり合うようにして、ようやく眠りについた。大学生らしい、怠惰な姿だな、と、ぼんやりした頭で思った。


 柚月は私の髪を撫でながら、何度も私に口づけていた。ちゃんとした言葉は聞こえなかったけど、それが何よりの答えだと思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る