第13話 警官に声をかけられた
二十も歳の離れた男女が手を繋いで出店の前を歩いている。端から見ればどのように映っているのだろうかと、俊一は周りを気にした。親子だろうか。それとも兄弟だろうか。恋人同士にはまるで見えない。どのように解釈されたとしても、不審に映りさえしなければそれでいいと、俊一は至って平静に振る舞った。
雛子は大人しい子というよりも消極的な子供だった。手を繋いで出店を回っても一向に欲しい物を口に出さない。店の人がたこ焼きを転がしたりあめ玉を刺したりしているのを、無言で観察しているばかりだ。
「わた菓子欲しくない?」
しびれを切らした俊一が立ち止まって雛子に尋ねた。雛子はそれでも答えを出さない。繋いでいる手をぶらぶら揺らして、
「ねぇ雛子ちゃんはなにが好きなの?」
と聞いてみる。
「甘いものとか辛いものとか、いろいろあるけど。お兄ちゃんに教えてよ」
雛子のつぶらな瞳が、わた菓子屋さんから俊一の方へと移る。
「甘い物好き?」
雛子がうなずいた。
「じゃあわた菓子食べようか」
「うん」
それを聞くと俊一は財布から千円札を出してわた菓子を一つ買ってやった。店のおじさんがわた菓子をくるくると回して、それを雛子の手に持たせてくれた。
「兄妹かい」
おじさんが言った。
「いえ、兄妹じゃないです」
雛子も首を横にふっている。
俊一は内心どきりとした。なにげない問いかけから二人の秘密がばれてしまったらどうしようかと、とても怖くなった。
俊一は雛子の手を引き、そそくさとその場を立ち去る。二人で手早く昼食を食べ歩いた。本堂脇のベンチでしばらく休憩をとり、元きた道を引き返していく。
俊一は周囲への警戒を強めていた。少女を連れ出してきたことが今になってようやく、実感できるようになったのだ。とんでもないことをしてしまったと思った。しかし今更戻ることは出来ない。
一夜明けて冷静さを取り戻してきた俊一は、今朝、歯を磨きながら色々と思案していた。はじめは関西へ向かおうと考えていたことや、ただ漠然と自分たちがいた町から遠ざかることを目的に、南行きの電車に乗車してしまったこと。静岡のホテルに泊まったこと。計画性もなく、これでは誘拐したことがばれて警察に捕まってしまうのも時間の問題だと思えた。そこで着ている服を誤魔化して、静岡市の近くをうろついていたタクシーに乗り込み、東京まで運んでもらったのだ。都会だと人の目は気になるが、生活にすぐさま困るようなことはない。よそものに目を光らせている田舎よりかは、いくらかメリットの方が大きいように思えた。もしやと考えて、朝刊に目を通してみたが、二人の行方不明者についての報道はまだされていなかった。
人混みをかき分けながら、露店の間を急ぎ足で引き返していく。再び雷提灯の場所にまで戻ってきて、正面の道路に出た。
「どこへ行こう」
俊一がつぶやいた言葉に、雛子が小さく反応する。
「遊園地?」
「そうだよ。遊園地に行かなくちゃね。でももしかしたら、ママは違うところにいるかも知れないよ」
「そうなの?」
「うん。ここじゃなかったみたいだね」
そう言って俊一は雛子の手を引き、人気の少なそうな方へ向けて歩き出した。雛子も狭い歩幅でせかせかと足を進める。
本音を言うと、俊一は遊園地に行くのを躊躇していた。そこへ行けば雛子との旅は終わりを告げて、そこから先は目的を失ってしまう。雛子はなんというのだろう。帰りたいというのだろうか。俊一にはその先、どうしていいのか分からなかった。
手をつないで信号待ちをしていたところ、左手の後ろ側から制服を着た警官がふっと現れて、穏和な声で話しかけてきた。
「すいません。ちょっといいですか」
「はい」
俊一の心臓が飛び上がりそうになる。
「なんですか」
とっさに出た返事は、怯えるよりもむしろ溌剌としていた。あらゆることを考え巡らせ、この状況を切り抜ける手だてを探していた。しかし頭の中が半分くらいまっしろで埋まってしまう。走って逃げたくなった。
警官は次の言葉を継いだ。
「この辺りで以前、ひき逃げがあったというのご存じですかね」
「いえ、知らないです。あまりこの辺りには来ないので」
首を振って答える。
「そうですか。遠方の方ですか?」
「あまり遠くはないですけども。埼玉ですね。埼玉」
「そうですか。すみません。ではこれ、お渡しして置きますね」
警官から受け取ったのは目撃情報を募る一枚のビラであった。俊一は律儀にそれを受け取ると、一礼し、急く気持ちを押さえながら、ごくごく自然なペースで、警官から遠のいていった。背後に刺さるような視線を感じたのは、俊一が周囲を気にし過ぎているからだと思った。
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