閑話 今の自分にできる事


佐野が死んで、早一か月弱。

未だにアイツの死を引きずっている俺に対し、周りの奴らは何もなかったかのように能天気に馬鹿笑いをする日々に戻った。

一時期は「いじめによって死亡した生徒」というネタに釣られてやってきたマスコミ達も、今ではとある芸能人の不倫報道で大忙しである。


――そう、所詮そんなものだ。

クラスメイトが死んだ所で、関わりが無ければこんなモノ。

ニュースで見た事故死の事件を、三日経てばほとんどの人が忘れ去るように。

たかだか日本の高校生一人の死程度で、世界は大きく変わらない。

その周辺で小さな変化が起きる事は時々あれど、それで終わり。


時の流れは残酷だ、と誰かが言っていたが、その意味がようやくわかった気がした。


「――流れに身を任せられてないのは俺だけ、か」


佐野の両親すら、平常通りに戻っていた。

いや、そう取り繕っているだけかもしれないが。


…でも一か月経ったからって、一人息子が死んだってのにあそこまで希望に満ちた表情ができるもんか?

間接的とは言え息子を死に追いやった人物をついに家に上げるくらいだし。


死んだものは仕方ない、と割り切ったのだろうか?

いやいや、つい昨日まであんなに暗く落ち込んでいたのに?


「切り替えが早い、とかそんなんじゃねぇ気がするんだけど…」


少しずつ、揺れが早く大きくなっていく。

昔からの癖だ。

何か考えたい事があるときは決まってこの公園にきて、ブランコを揺らして思考に埋没する。

最終的に立ちこぎになると佐野に笑われたのが懐かしい。


…しかし本当に何があったのだろうか。

あの状態からたった一日で復活したのは、中々に異常事態だと思う。

それこそ突然佐野が目の前に現れたとか、何らかの方法で復活したとかするとか。


「いやいや、非現実的過ぎる。でもこれ以外で説明がつかないのもまた事実…だよな」

「あぁ、そーだろーね。実際君にとって非現実的な事が起きたわけだし」


脳内で疑問符が躍る中、突然前方から声をかけられる。

聞いた感じ、少年の声だ。具体的には小学五年生くらいの、生意気な。


「…君は?」


視線を向けてみると、そこにはフード付きのパーカーを着た少女――のような少年が立っていた。

その眼差しは鋭く、まるで俺を非難するかのような瞳をしている。


明らかに俺よりも年下だろうに、なぜだろう。強い威圧感を感じる。


「…ランロー。まぁ、君たちのいう神様…を、作った存在の一つかな」


肩にかけられた三つ編みを指先で弄びながら、そんな突拍子のない事を、ソイツは言った。


――そう、この出会いが、この先の俺の人生を大きく変えることになったんだ。


※―――


ランローと名乗った少年は、困惑する俺なんてまるでお構いなしに非現実的な事を並べ連ねた。


『佐野太郎』は死んだがその魂は今もなお生きているとか。

アイツは今、異世界転生するために只管修行じみたトレーニングを行っているとか。

異世界に行った後、アイツが『ある事』を成し遂げたらアイツの家族全員(愛犬含め)を異世界に連れて行くとか。


その過程で『神の力』の一端を見せられて、疑う事すらできなくなった。


「……彼は凄いよ。欲塗れで、大して目立った所も無い一般人なのに、あんな状況でもポジティブに行動できるんだからさ。普通はあんな空間に送られたら、僕らの用意する生前の所持品を使って自堕落に生活するだけだもん」


だからこそ、僕たちは気に入った。


ヤツはそう呟き、公園の外に向かって歩き始めた。

話が終わったわけでも無いだろう。ブランコを降りて、後をついていく事にする。


「気に入ったからこそ、僕らは彼をとことん甘やかす事にした。両親と愛犬を向こうの世界に死を伴わずに連れて行くなんて事にしたのもその一つだね。――まぁ、元々彼の両親も人間関係やらなにやらで疲弊していたらしいし、ここいらで新天地に移ってみるのも悪くないんじゃないかな」


実際そう言ってたし、と言って、ランローは路地裏へ足を運んだ。

その路地裏はこの時間から真っ暗で、子供たちどころか不良ぶった連中すら入らない(何故か常に腐敗臭がするからだ)ような場所だから、ついていくべきか一瞬ためらう。


そんな俺に「ついてこい」と言っているかのような視線を向け、ヤツは何の抵抗も無くその路地裏に入っていった。


まじかよ、ここに立った時点で悪臭には気づいただろ。

なんで態々そんな所に…


「…来ないのかい?」

「え、いや…臭く、ねぇのかよ。大分暗いし…」

「人間の規格で考えるのはやめてくれたまえよ。存在自体が別次元にあるんだから、干渉するしないは無意識レベルで行える。悪臭だろうが先の見えない暗闇だろうが関係ないに決まっているだろう」


いやわかるわけねぇだろ、という言葉が出かかるが、何か悪寒のような物を感じて押し黙る。


…仕方ない。大人しくついていこう。

匂いくらい、時間が経てばどうでもよくなるだろうし。


そう思い込むことにして、意を決して路地裏の中へ。

やはり匂いが酷いが、この時間帯という事もありかなり暗い。

目が慣れるまではもう少しかかりそうだ。


「…ここら辺で良いか」

「良いか、って…ここに何があるんだよ?ただちょっとしたスペースがあるだけだろ?」


無言で先を行くランローに付き従うと、少し開けた空間に出た。

ここだとあまり腐敗臭がしないが、それは俺の鼻が慣れてきたからか、はたまたここは本当に悪臭がしないのか。


「あぁ。それでも『人目につかない』かつ『誰も近寄らない』場所としてこれほど優秀な所はないだろうよ」

「…な、なんだよ、それ。まるでこれから誰か――いや、俺を殺すみたいな」


殺される、なんて普段の俺は絶対に考えもしないような事が真っ先に思い至ったのは、単に俺を見るランローの目が最初に目を合わせた時と比にならない鋭さだったからだ。

身に纏う雰囲気も、この路地裏の奥にいるという非日常も、さっきからずっとうるさいくらい早く拍動している心臓も、この場の何もかもが俺に「死ぬかもしれない」なんて考えを強要してくる。


「何度も繰り返すが、僕らは彼を酷く気に入っているんだ。一部女神に至っては恋愛感情に近い物を感じたくらいにね。……だからこそ、さ」


一度言葉を切り、俺の方へ向き直る。

フードが外され、その顔の全貌が明らかになる。


非常に端正な顔だ。

中性的、なんて言葉で表せられない程に。

ともすれば一枚の絵画を思わせるような美しさ。

男性の神という事を知っていて尚、魅力的な異性に対し感じる興奮を覚える。


そんな、脳が沸騰するような美貌の持ち主は、酷く冷め切った表情で俺を見て。

吐き捨てるように、小さくただ一言。


「―――僕は、彼を死に追いやった君たちが酷く憎らしい…ッ!!」


その言葉が終わると同時に感じた、一周回って冷静になってしまう程の恐怖。

それは俺がただ立つだけの力を奪い、その場に崩れ落ちさせる程で。

この現代日本で普通に生活していては絶対に感じるはずのない物……そう。


――殺気だ。


ズガァンッッ!!と、硬い物が砕かれるような音が俺を腹の底から揺らす。

見れば、背後の建物の壁が、大きく抉られていた。

もし俺があのまま直立不動を維持していれば、きっと上半身は下半身と別れを告げ、肉塊と化していただろう。


「っ、あっ、はぁっ…!?」

「立てよ卑怯者。いくら彼の友人だからって、優しく死なせてやると思うなよ」


息が上手くできない。

焦点が合わず、冷や汗が滝のように流れてくる。


かろうじて目に映るのは、ランローが何か金槌のような物を持っている姿。

滴り落ちる俺の汗が、地面を濡らす様子。


「『神の振るう槌による衝撃は全てを破壊する死ね死ね死ね死ね死ね』!!」


呪詛のようにひたすら「死ね」と言いながら、ヤツは俺の脳天に向かって金槌のような物を振り下ろしてくる。


俺は前述のような壊滅的な状態ながらも、何とか回避しようと無理矢理体を動かした。

しかしその抵抗はあまり意味がなく、攻撃は脳天を直撃しなかった代わりに俺の肩を砕いた。


痛い、痛い痛い痛い痛い!!


ナイフで切られると灼けるような痛みだという話を聞くが、金槌で害意を抱かれて攻撃されても同様に熱を感じるのだと、知りたくもない事を知ってしまう。

殴打の瞬間に聞こえてきた何かが砕かれる音から察するに、俺の左肩は既に粉々なのだろう。

現に左腕はぶら下がっているだけでまるで動かない。


けれど俺はこんなダメージを受けながらも、ビルの壁にあんな大きな破壊痕を残すようなヤツの一撃を受けてこれなら全然マシなのではと思ってしまった。


「っぐ、あぁああああああああ!!」

「叫ぶなよ鬱陶しい。お前の絶叫なんて誰も得しねぇんだよ」


右足を砕かれる。

今度は痛みよりも、意識が飛びそうな感覚を覚えた。

許容限界を超えようとしているのだろう。歯を食いしばって、ようやく気絶せずにすんだ。


何故気絶しないようにしようとしたのかは、自分でもよくわからないが。


「チッ…!なんだよ、その目は。人一人死に追いやっておいて、いざ自分が殺されるってなったら文句を言うってか?ふざけんのもいい加減にしろよ人間。脳天砕くんじゃなくて、全身くまなく叩き潰して苦痛の中で息絶えたいってか?」


顎を蹴りつけられ、仰向けに倒れる。

もう動くこともできない。

このままランローに金槌で殴られて死ぬんだろうという事が、考えなくてもわかる。


――でも、これもしょうがねぇんだろうな。

保身に走って、十年来の友人を裏切って。

死なせた後でも、アイツの死をなんでもなかったかのように扱うクラスメイトや他の連中相手に何かいうでも行動するでもなく、ただうじうじとブランコを漕いで頭を抱えるだけの日々を過ごしてきた。


そんなの、これくらいの罰を受けなきゃダメだろ。


「――文句なんて、ねぇ……殺せよ」

「…は?」

「アイツを見殺しにして、その上で、こんなのうのうと生きてた事自体、間違ってたんだ……げほっ…俺は、、ダメなんだ…」

「……何、言ってんだよ」

「――アイツ、の…親友を、自称しておいて、いじめを止めるどころか、一緒になってアイツをいじめて、自分の立場守るのに必死だったヤツなんて、死ななきゃダメなんだ……だから。だからさ、さっさと俺を――」

「――――ふっざけんじゃねぇ!!」


涙を流しながら、鼻声になって懇願する俺を、アイツは金槌ではなく拳で殴りつけた。

華奢な腕のはずなのに、その一撃はいつぞや俺を殴って来た格闘技の経験のある筋骨隆々の不良よりも重く、鋭かった。


「ふざけんじゃねぇ、ふざけんじゃねぇ!!何が『生きてた事自体間違ってた』だ!何が『裁かれなきゃいけない』だ!調子のいい事言ってんじゃねぇ、甘えた事言ってんじゃねぇ!!」


金槌を放り捨て、俺の上にまたがってひたすら顔面を殴打してくる。

けど、物理的な痛みなんかより、ランローの言葉の方がもっと痛い。


――そうだ、さっきの発言だって、ただの甘えなんだ。

そんな事、言う前からわかってた。


「アイツは死んだ、けど今は自分の望む未来のために足掻いてんだよ!動機は不純でも、目指す先が欲塗れだろうと、それでも一人の人間が見せる程度の輝きを優に超えるような、そんな眩しさを僕らに見せてんだよ!!だってーのにテメェはなんだ、あぁ!?聞こえの良い言葉ならべて、結局自分の事しか考えてねぇ。途切れ途切れに血反吐吐きながら言えば悲劇のヒロインに見えるとでも思ったか?な訳ねぇだろボケが!!あの言葉だって、要約すりゃ『アイツが死んだせいで辛い思いをしてる自分を助けて』って言ってるだけだろうがよ!!」


もはや痛みはない。

衝撃と言葉が、ただただ俺の脳を揺らす。


――あぁ、確かにそうだ。

気づかないふりをしていただけで、本当はアイツが死んだ後でも俺は自分の事しか考えてなかった。


本当、勝手なヤツだと我ながら思う。

ずっとアイツの死について悩んでいるつもりになって、結局自分を一番大事にしてばっかりなのに変わりがなかったって。


「――もういい。テメェは殺さねぇ。いや、テメェだけじゃねぇ。全員殺すのは辞めだ。この様子じゃ他はもっと酷いだろうしよ……チッ、心底くだらねぇ」


しばらくして俺を殴打するのをやめ、立ち上がる。

頭をガシガシと搔きむしりながらブツブツと何かを呟く。


だが生憎と言葉は聞こえない。

というか、意識が遠のいている。


それもそうか。

左肩を砕かれ、右足を潰され、顔面を長い事殴られ続けて、それでも平然と立ち上がれるような根性も体力も持ち合わせちゃいないんだ。

寧ろ、ここまで耐えてただけまだマシなくらい、だろうか。


そんな言い訳じみたことを考えながら、俺の意識はゆっくりと、ゆっくりと暗闇に沈んでいくのだった。


「……はぁ。なーんで人間って愚かなんだろ。僕たちにそっくりだからかな?どーでもいいけどさ。―――なぁ、自己陶酔男。お前これからどうする……チッ、気絶してんのかよ」


※―――


「…あ、れ?朝?」


目覚ましのアラーム音で目を覚まし、で寝ぼけ眼を擦る。

あまり目を掻かない方が良いと親によく言われるが、かゆいのだから仕方ない。


――しかし何か変だ。

ただの目覚めのはずなのに、何か大事な事を忘れているような…そんな感覚を漠然と感じる。

試しに周囲をじっくりと見渡すが、記憶の中の自分の部屋と照合しても何らおかしな点を感じない。


気のせい…か?


「そーんな訳ないでしょ」

「ッ!?お、お前は…!」


違和感は残ったままながら、諦めて朝食を食べに行こうとベッドから降りようとした瞬間、扉のある方から声が聞えてきた。

聞き覚えのある、生意気そうな少年の声。

ともすれば少女と勘違いしてしまいそうなソレを、俺は良く知っている。


「やっほー、起きた?怪我は回復させといたから、多少は楽だと思うけど」

「ランロー…!?」


ランロー。

神を自称し、実際その力は神の物だと証明するために雷を局所的に、天候を無視して落としやがった男。


そして――俺が気絶した原因で、左肩、右足、顔面に甚大なダメージを与えてきたヤツだ。


そんな奴が、どうして俺の部屋に!?

怪我は回復させた、って…どういう事だ!?


「まったく。そんな目で見ないでくれよ…殺したくなる」

「――じゃ、じゃあなんで俺の怪我を治すような真似を」

「あ?そりゃあ、僕がこれから君と一緒に暮らして、時が来るまで君の生き様を見るからだけど」


小首を傾げ、それがどうかしたかと言い気な眼差しを向けてくる。

説明はきっとこれで終わりなのだろうが、正直何もわからない。


一緒に暮らす?この家には家族もいるのに?

時が来るってなんだよ?なんの時なんだよ?

――生き様を見るってなんだよ!?もしダメだったら、また気絶するまでタコ殴りにされんのか!?


「僕としても不本意だけど、まぁ―――これから、ね」


凄く爽やかな笑みを浮かべ、握手を求めるように手を伸ばしてくる。

それだけ見れば待ち受ける未来は明るく見えるだろうが、生憎俺はコイツに肉体的にも精神的にもトラウマを植え付けられている。


……あぁ、この先どうなるんだろうか。


漠然とした違和感は不安に変わり、カーテンの隙間から見える青空と対照的に俺の心は雨模様となるのだった。

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