第25話 思わぬ拾い物、付与魔術士の戦い方。


「おや…?」


「どうしたんだい?マリク」


 商業都市に向かう俺達は王都近くの街道にいた。


「いや、何か聞こえたような感じがしたんですが…」


 あたりをうかがうと地面に複数の乱れた足跡を見かけた。最近、街道から森へと出入りがあったのだろうか、だがそれにしては乱れた足跡だ。


 馬のいななく声がする、しかしあたりにはこの馬車を引く馬以外にはいない。もしかすると森の中であろうか?何やら興奮したような馬の声、乱れた足跡と良い気になる。


「ルーソンさん、ちょっと休んでいて下さい。気になる事があるんでちょっと森を見てきます」


 そう言って俺は森の中に入っていった。



 感じた異変の理由はすぐに分かった。ゴブリン達が馬の手綱を引っ張って行こうとしている。


風精霊シルフィール小剣ショートソードッ!!」


 俺は護身用に身につけていた武器を抜いて振るった。この小剣には付与魔法エンチャントをかけてある、命令語コマンドワードを唱えて振るえば剣から風の刃が飛ぶ。


「グギャッ!!?」


 馬の手綱を引っ張っていたゴブリンの左胸にざっくりと深い切り傷ができた。声にならない声を上げゴブリンが地面を転げ回る。


 今は地面を転がっている馬の手綱を引っ張ろうとして逆に自分が引っ張られていたゴブリンを応援の為か、あるいは笑っていたのか近くにいた二匹のゴブリンが俺に気づいた。しかし俺はそれより先に剣を振るった。近づく必要も無く、その場で剣を振るえば風の刃が飛んでいく。俺は攻撃魔法を使えないが、その魔法を物に宿させる事が出来る。


 あっと言う間にそこにいたゴブリン三匹を全滅させると、まだゴブリンの声がする。振り向いて見ると岩場の影から出てきたヤツがいる。新手か、そう思って小剣を振りその場で仕留める。もしかするとあの岩場が住処すみかなのかも知れない。その予感が当たったようでさらにもう一匹、さらにもう一匹と這い出してくる。


「小剣を振るだけの簡単なお仕事です…っと」


 初めて戦闘をするとして、相手より自分の方が圧倒的に身体能力が高く強い武器まで持っていたらどうなるか、その答えは虐殺にも似た一方的な完勝である。


「大きいのが出てきたな!」


 ゴブリン達より一回り体の大きなホブゴブリンが岩場から出て来ようとしている。しかしその頃、岩場の出口あたりには倒れたゴブリン達が転がっている。そのせいでホブゴブリンは岩場から出て来るのに戸惑っている。足元に気を取られ素早く出て来れない、そこを狙いすまして振った一撃は目論もくろみその首を切り飛ばした。


 後は消化試合と言った感じでゴブリン達を倒していく。ホブゴブリン三匹にゴブリンが十五匹、地形を活かして戦えた事が有利に働いた。少々難点を言えば一人で倒すには面倒な数だった事ぐらい、危険を感じる場面は無かった。


 周りを見れば先ほど引っ張られていた馬はそこにいた。近くに危険が及ばなかったからだろうか、逃げずにいる。


「お前、随分と度胸があるんだなあ」


 思わず馬に声をかける。よく見れば馬のくらや腰の両横につけた鞍鞄サドルバッグには弩弓クロスボウや専用の太矢クォレルがくくり付けられている。こんなものがあるのは乗用馬ではない、軍馬ウォーホースだ。なるほど、だから勝手に逃げ出したりはしなかったのか。


 それからゴブリン達が這い出てきた岩場に足を踏み入れるど他に馬が二匹いた。粗末な木の杭に手綱が結び付けられている。他に槍や剣などが転がっている。馬を二匹つないで、もう一匹は外に…。もしかするとこの馬や武器などから見て、討伐に来た兵士でもいたのかも知れない。それもつい今しがた打ち破った…そんな感じだろう。他に携行食などもある、どうやら間違いないようだ。


 それらを全て回収する、いわゆる戦利品だ。杭から手綱を外すと馬はしばらくこちらを見つめた後、覗き込むようにしてくる。そしてガブリと俺の肩口に噛み付いてきた。


「あいたた!離せっ」


 そう言うと馬は肩口から噛んでいる口を離した。多少痛かったが、馬からすれば甘噛みのつもりなのだろう。そうでなければ人間と馬では体格が違い過ぎる、ましてや草をむ為の歯は最終的にすり潰すのに向いた臼歯きゅうしだ。本気でやられたら骨が折れたり砕かれたりしてしまうだろう。


「そう考えるとよく杭につなげられたな…」


 ホブゴブリンの身体能力はやはり侮れない、なかなかに高いようだ。強化術バフにせよ付与魔法エンチャントにせよやはり必要だな…、改めて再認識した。



「森に入って木の実か茸でも採取して来たのかと思えば…」


 休憩して待っていてもらったルーソンさんは目を丸くしていた。軍馬三匹に武具類、数日分の携行食料もある。


「地面に乱れた足跡が続いていたので行ってみたらゴブリンがこの馬を連れ去ろうとしてたんで蹴散らしたら武器とかも落ちていて…」


「ははは、こりゃあ間抜けな兵士達が討伐に失敗したか。思わぬ拾いものだな、マリク」


「騎士もいたんでしょうね。この豪華な鞍、騎士でなければ持てないでしょう」


「なるほどなあ…、しかしなんとも頼りない騎士だなあ」


 そんなやり取りをしながら俺は軍馬の鞍や鞍鞄を外してやった。平時は外してやらないと馬にいらぬストレスを与えるだけだし、なにより重い。


「まあ、なんにせよ良かったですよ。思わぬ駄賃だちんが手に入った」


「ははは、何が駄賃なものか。軍馬っていうのは調教や訓練には長い時間がかかる、高い値がつくぞ」


 その軍馬にも場所を引かせ、今や四頭立ての馬車になった。


「まあ、何にしても幸先が良いです。金を邪魔に思う程、俺は人間が出来てないんで」


「それを言ったら商人は死ぬまで出来た人間にはなれんようだなア…」


 ルーソンさんが笑いながら応じていた。


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