第9話 村長が村人を連れて凸してきた。


 村長たちが俺の家の前から立ち去ってから数時間後、俺は家の裏で半ば野生化していたジャガイモを収穫した。それを久々に家のかまどに火を入れて茹でて塩を振り、家の前にある椅子代わりの木の切り株に腰掛けて食べていた。

 幼い頃はこれが普通だった、やせた土地ばかりで冷涼な気候のこの村ではこんな所でも育つ芋が収穫の中心。それとほん少しのライ麦…、これは日当たり良く少しはマシな土地で作っていた。

 そんな貧しい寒村、それがこのエンザの村であった。


 懐かしいな。この味。今でこそ肥えた土でないとちゃんと生育しにくい小麦を育てているが、本来ならこのジャガイモを茹でた物が村人が口に出来る主食だ。よくここまで豊かな土地に…、栄養に富んだ恵まれた土が必要な小麦が村の至る所で生産出来るようになったもんだ。

 そんな事を思うと俺は少し感慨深くなる。餓死者が出る事もあったこの村が昔と比べれてはるかに豊かになっている。


 俺がジャガイモを食べ村を眺めていると、村長が村人たちを引き連れてやってきた。そして開口一番、勝手な理屈をこね始めた。


「コイツだッ!コイツが俺の家の消火をしないからみなの税で納める麦が燃えたんだ!」



「ハァ?馬鹿じゃねえの?人の家を燃やそうと松明に火をつけて持って来る時、キチンと種火たねびの始末をしなかったからだろう?自分の不始末を俺のせいにするな!馬鹿息子(グリウェル)と同じだな、身勝手な言い訳の馬鹿村長」


「何を言うだ!この無能の強化術(バフ)使いごときがっ!」


 俺の村長への反論に今度はマケボの父親が加勢してきた。


「俺が無能?だったらなんでそんな無能に何かさせようとするんだ?自分を有能だと思っている『愚図のマケボ』の親父とーちゃんよ。確かあんた魔力は持ってなかったよな、無能の俺さえ魔力があるのに。って事はオマエはもっと無能だな?親父は無能、せがれは愚図、いやはやたいしたお家柄だ」


「うぐぐぐっ!!」


 何も言い返せないのかマケボの父親が地団駄を踏む。今度は女賢者オボカの父親が話に割り込んできた。


「ずっ、図に乗るなよ!お前ごときの魔法でも使い道があるから使ってやると言っているんだ!分かったらさっさと…」


「俺ごときが出来る事なら、村の誰でも出来るだろう?こんだけ頭数がいるんだ、焼けた家も倉庫も小麦も元通りにするなんてワケもない事だろう?」


 俺はオボカの父親の言葉を遮(さえぎ)り言い放った。だが、当然そんな事が出来る訳が無いのは知っている。時間を戻す事が出来ない事など誰にも出来ない、ごく一部の例外を除いては。


「そもそも俺の家に放火ひつけしておきながら自分は助けてくれってか?何言ってやがる、する訳ねーだろ?」


「で、ではワシらは…?この村が納める税はどうするんだ?」


「さあな?それをどうにかするのが村長の役目だろ?その代わりに集めた作物から自分の収入に出来るんのが村長の役得だろう?私財を売って金銭(かね)で税を納めるなり、どこかから購入するなりして都合付けろよ。それが役目だろ」


 俺がそう言うとたちまち村長は渋い顔になる。


「し、しかし私財を売り払うにも時間は必要だ。それに火事で村が苦しんでいる事を知れば商人は買い叩いてくるだろう…。うぐぐぐっ!」


 村長は頭を悩ませているが、村の事は二の次だろう。いかに私財を手放さないかを算段しているように見える。


「お、おい。早い時機に採れるのはもう収穫したから…、普通の時期に採れるヤツはどのくらいある?」


「そ、そんなのこの村では二割…いや三割が良いところだべ!代わりに早採はやとれの麦の後に違うものを植えるモンだべ!」


 マケボの父親が返答こたえるが、村長コイツは自分の村の作付け状況も把握していないのか。


「ぬ、ぬうっ!それでは全部を税に回しても納める分の二割程度にしかならぬではないか!芋ではなく価値の高い小麦を納めるからこそこの村は労役ろうえきなどをまぬがれているというのにっ!こっ、これではまた貧乏な暮らしに…」


 どうやら村長は自分の不始末の責任に対してなんら自らの身を切る事なく乗り切ろうとしているようだ。

 しかし、また元の貧乏な暮らしに戻る事をほのめかした事により村人たちがザワつき始めた。一度慣れてしまった農民にしては豊かな暮らし、それを失いたくないと村人たちが感じ始めたのだ。

 それを村長は好機と見たのだろう。自分のした事を棚に上げ村人たちを煽動せんどうする。


「そうだ、皆!あんな貧しい暮らしは嫌だろう?コイツさえ、コイツさえワシの家を倉庫くらを消火し…、元通りにすれば全てが解決じゃと言うに!」


「そうだべっ!コイツがオラたちの言う事さえ聞けば!」


「俺たちは豊かに暮らせる!この何もしてこなかった役立たずが何もしないせいでそれが出来ないんだっ!」


 村長の村人を煽動するセリフにマケボとオボカの父親たちが追従する。それを聞いて村人たちの中からその通りだと反応する者かま現れ始め、その割合があっと言う間に増えていく。


「そうだ!そうだ!この村で何の役にも立たなかった奴だ!少しは役に立とうと思わないのかっ!」


「倉庫を消火…、いやテメェなんざ火の中に飛び込んで麦の一粒でも持ち出してくりゃ良かったんだ!」


「俺たちの暮らしを守る為にテメェだけが焼け死んじまえば良かったんだ!」


 ニヤリ、責任を全て俺に負わせられたとばかりに村長が笑みを浮かべた。思惑おもわく通り、と言った所か…。

 そしてこの村のヤツらも…。同じ村の強化術バフをかけてやっていたんだがな…。


「随分と身勝手で馬鹿な事を言うもんだな。お前らが自分の家に火をつけられたらどう思う?しかも悪びれもせず自分の為に働けなどと…。村長以下、お前ら揃いも揃って馬鹿ばっかりだ!」


「何をーッ!」

「コイツ、生意気な!」

「少し痛めつけてやるかッ!」

「石投げてやれッ!」


 十人くらいか、村人たちの中でも気の荒そうな奴が一斉に俺めがけて石を投げつけてきた。


 一度言ってみたかったんだ、このセリフ。


「マヌケが…知るが良い。付与魔術エンチャントとは世界をべる能力である事を」

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