[15]
諏訪達が護衛協会本部にいる頃、冬島紗耶は世田谷区から千代田区の某所、モダンで店内の広いカフェに来ていた。
護衛員も同行しており、奏の他に條太郎と瑠衣が護衛ユニットの一員として訪れていた。
護衛員達は全員私服であり、殆どがパーカーである。腰回りの装備類を隠すには、これが十分な服装であるので着用が好まれる事が多い。
紗耶は隣の席で瑠衣が注文したパフェのクリームを、隣に座る條太郎の口へ無理矢理ねじ込む瞬間を横目で見ていた。
因みに條太郎は甘い物は苦手な方なので、それを踏まえると瑠衣はかなり畜生である。
向かいに座る奏が「手に負えない」と、目線を送って来たが、敢えて紗耶は無視を決めた。
目の前のタブレット画面には、廃墟の室内に倒れる何十体もの遺体を写した写真が表示されてる。
その写真について、向かい側に座る赤渕少佐から詳細な説明を受けていた。
今日この場に紗耶がやって来たのも、赤渕少佐との定期的な情報共有が目的だからである。
因みに現在、国家警備局が買収していた準危険区域の情報提供組織が、武装集団によって皆殺しにされた事件の情報を共有していた。
「情報部の特殊部隊が現地に到着した時、既に組織は全滅。凄惨な現場だった様です。次の写真も刺激が強いですが見てみてください」
灰色のスーツを着こなした赤渕少佐は、紗耶が見ている写真について現場の補足を話した。
紗耶は複数の遺体の写真を見て、もう一度画面をスワイプした。画面には、コートを羽織って路地裏の地面へと潰された、両腕の生える肉塊が写し出された。
紗耶は反射的に辺りに目線を向けてから、再び画面へと目を向ける。
「凡そ、カフェで見る物では無いですね」
紗耶の言う通り今は昼時なので、安全区域で経営を継続する企業の会社員や紗耶達と同年代の少年少女達もおり、かなり人手は多かった。
赤渕少佐は苦笑いを浮かべながら、僅かに肩をすくめた。
「一般人には知られてはならない。だからこそ、壁を背にした奥側の席を取ったのです」
そのように話しながら、あまりに残酷な死体を見ても表情一つ変えない年頃の少女に、赤渕は密かに関心していた。
赤渕は幼少期から紗耶と面識がある。
多くの死の瞬間を記憶した少女は、今では、その手で人を殺めようと非常に淡々としている。父親のエゴイズムに作られた様な存在であるが、人並みに笑い、誰かの為に泣く事も出来る。だが昔に比べ、多くの死を見つめてしまい、死に対してはどこか欠落しているように錯覚させられる。
人の死が身近にある非日常が、それが当たり前の日常へと変換された少女。例え、腸が飛び出た死体を見ても、子供の頭部が足元に転がっても、表情は一切変わらないのだろう。赤渕少佐は頭の片隅で、その様な事を考えていると、紗耶は画面を見ながら嘆息し、視線を上げてきた。
「酷い殺害方法ですね、打撃痕から見てハンマーの類を使ったのでしょうけど、血の飛び散り具合から複数回打ち付けたのでしょうか?」
「複数回というよりも、ハンマーによる打撃は一撃だけだった様です。ちょっと、タブレット貸していただけますか?」
紗耶はタブレットを赤渕少佐に渡し、受け取った赤渕は何かを操作した。そうして、再び紗耶に差し出しすと、画面には薄暗い路地裏を映した、監視カメラの映像の録画が映っていた。
「殺害の瞬間を映した、防犯カメラの映像です」
「よく残ってましたね」
「ええ、幸運でしたよ。彼を殺した"子"は、気付かなかった様ですからね」
紗耶は動画を再生した。
直後画面の左下から、おぼつかない足取りで、身なりの酷い男性が腹部を抑えて現れた。それを追ってきたであろう、ハンマーを持つ少年兵が現れる。
紗耶は映像を見つめながら、少年兵が見せた俊敏な動きと、2発の銃弾を避けて男を肉塊へと変貌させた、残忍な殺害の瞬間を確認した。
思わず嘆息していると、少年兵が返り血を拭い、振り返るところで映像は終了した。紗耶は、防犯カメラの映るタブレットから顔を上げ、赤渕少佐に視線を向けた。
「殺害方法から見て特異体質者の様ですが、彼は一体、何者なのでしょうか?」
「過激派に属する少年兵です。同日、過激派のキャンプに潜伏していた諜報員が、血まみれの少年兵を確認したと報告しています」
「……また、未確認の特異体質者ですか」
紗耶がそう呟くと、赤渕少佐は資料を鞄から引っ張り出して何枚か捲り、その資料に目を通しながら目線を向けて問いかけた。
「ところで、紗耶さんはご存知ですか?」
「何をです?」
「αが収容所から脱出した事が、3日前に判明したのですよ。彼女の生存が確定的になったのです」
「……えっ、な、えっ…う…嘘でしょう?」
紗耶は僅かに目を見張り、若干狼狽した。
αは諏訪によって両腕両脚の骨や肋骨が折られており、自力の脱出は到底不可能な筈である。
自力で修復して、浄化処置前には既に収容所がら逃げおおせたのだろうか。だとしたら、αは能力をもう一つ宿している。
紗耶はαが普通の特異体質者ではなく、ブラックリストか亜種Ⅰ類に分類されるだろうと、漠然とした考えの中、赤渕少佐に詳細を尋ねた。
赤渕の説明によると、国家警備局が現場を調べていた途中、回収した兵士のヘルメットカム映像の中に、αを発見したそうだ。
映像が記録されたのは、浄化処置が始まる20分前であり、カメラを装着した兵士の無反動砲で片腕を吹き飛ばされているらしい。
この事から国家警備局は、αが片腕を喪失したとの見解を立てている。赤渕少佐の説明を聞いた紗耶は若干の間を置いて、国家警備局の見解を首を横に振って否定した。
「αは五体満足で、今も健在していると思います」
赤渕少佐はコーヒーを飲みながらも、紗耶の放った予想外の言葉に、驚きのあまり目を細め、カップを置いた。
「どうして、そう思うのですか?」
「αは諏訪君に両腕両脚を折られ、肋骨も損傷する程の重傷を負っていました。自力での脱出は絶対に不可能な筈です。しかし、αは収容所の外で走り回って、尚且つ兵士も殺害をしている。
彼女は、斬撃の他に治癒能力を有していると思われます。それも、浄化処置が行われる20分前に、外まで走れるほど迅速な修復です。無反動砲で片腕を喪失しても、時間を掛けて修復している。私はその可能性が高いと考えます」
紗耶の被験者時代の友人に、自動修復能力を有した者がいる。彼も四肢の損壊に関しては、一時間程の時間を有していた。
友人曰く、治癒能力を有する者は細胞レベルでの修復が可能な者もいると言う。
αはそれが出来るか不明であるが、千切れた片腕を再び修復した可能性を捨て切ることは、どうしても出来ない。
赤渕少佐は腕を組むと、呻きながらも低く唸る様に声を絞り出した。
「なるほど。それが本当だとするなら、かなり厄介ですね。αとこの少年兵が、同じ部隊に所属している可能性もあるし、鎮圧もより困難になる……」
赤渕少佐の言葉に、紗耶も同意する様に首を頷かせた。収容所での襲撃が失敗したとなると、αは動画内の少年兵や他の仲間と共に再度、紗耶を襲う可能性がある。
ただでさえ、暗殺者が月一の頻度で銃を担いでやって来るのに、α達を相手にはしたくなかった。
紗耶は、頭痛が酷くなるのを感じた。考え過ぎているし、ストレスマッハ寸前にも思えた。
落ち着ける為に軽く息を吐いていると、赤渕少佐が心配した様な顔つきで、紗耶を見つめてきた。
「お疲れなら、少し休憩しましょうか?」
「…あはは、すみません」
気分を落ち着けていると、集中のし過ぎで遮断していた外界の音が、まるで洪水の様に耳へと流れ込んでくる。
紗耶は気分紛れの為に、注文していたアイスコーヒーを飲みながら、左隣に座る奏達を見つめた。
◆◆◆◆
その男は紗耶から視線を外すと、席から立ち上がり、喫茶店のトイレに入った。鍵を閉めると同時にスマートフォンにメールを打ち込む。
[行動を開始する、準備しろ]
[了解]
男はメールの返信に見て、上着を脱ぎ捨てた。顕になった黒いシャツの上には、防弾ベストが重ね着され、腰回りにはホルスターや拳銃用予備弾倉が装着されている。
男は便器の後ろに置かれた紙袋から、まるでライフルの様なグリップとストックが合体した、黒色に塗装された銃のパーツを取り出した。
ストックの蓋を外し、収納されていた機関部や銃身を取り出し、次々と組み立てていく。
そうして出来たHenry AR7 Survival Rifieに、22LR弾を十二発詰めた、細長い拡張弾倉を装填してチャージングハンドルを引く。
男は深呼吸をし、扉を開けて外へゆっくりと歩み出ると、トイレ待ちをしていた中学生ぐらいの少年と鉢合わせた。
少年は男を見て悲鳴を上げようとしたが、声を上げる前に素早く口を塞がれ、ナイフを喉元に深く突き刺された。
眼をひん剥いて、ナイフが刺さったままの少年の遺体を床にそっと寝かし、男はAR7を両手で持ちながら、店内に舞い戻って来た。
店内が僅かにざわめく。どこかの席から、女性の甲高い悲鳴が上がった。
無垢な市民の悲鳴が、まるで感染する様に連鎖していく。男は銃口を上げた。
紗耶と周りにいた護衛達が、悲鳴の原因となる者に顔を向けた。その瞬間、標準を紗耶の頭へと捉えた男は、引き金を絞った。
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