[12]
諏訪は後部座席で右に流れていく指定安全区域の景色を見ながら、これがいつもの日常なのだろうなとぼんやりした思考で考えていた。
「何か珍しい物でも見えた?」
同じく後部座席に座る紗耶が、諏訪の方に体を傾けて同じく窓の外の景色に目を向けた。
収容所──普段は国家警備局の支部と偽られている施設──から迎えの車に乗り込んだ諏訪達は、紗耶の自宅へと向かっていた。
諏訪は視線を紗耶の方に向けると、少し下手な笑顔を作って、首を小さく横に振った。
「いや、ただ内戦が近くで起きているのに、少しこの景色が平和だなと考えていただけだよ」
「まぁ、戦火が広がらない様に境界線は厳重にフェンスを張ってるし、私設軍と陸軍が常時パトロールをしているからね」
紗耶はそう言うと、奏にラジオを付ける様に指示を出した。諏訪はそれを見てから再び車外に視線を移した。すると、ある親子が目に入った。まだ小さな子供が母親と手を繋いで笑みを浮かべている。
その様な笑顔を見ていると、この近くでゲリラ戦が起きているなんて信じられなってくる。その時、無意識に小さな笑みを浮かべていた諏訪の耳にラジオのニュースが聞こえてきた。
『──過激派掃討作戦の現状について、国家警備局の杉原報道官は、高性能な武器がレジスタンス構成員に多く供給されており、今後更に準危険区域が広がる可能性があると明らかにしました』
その様な不穏なラジオを聴いていた紗耶は、小さくため息を出すと目を細めた。
「今回の掃討作戦は長くなりそうねぇ……」
諏訪は紗耶の呟きを聞いてから、少し違和感を覚えながらも、純粋に気になった疑問を口にした。
「こんなの自分が聞くのおかしいのだが、どうして日本のレジスタンス達が高性能な武器なんかを手にできているんだ?」
その問いに紗耶は短く考えると、人差し指を立てて口を開いた。
「主な原因として、国外…主にアメリカのレジスタンスからの横流しと、海軍の警備網を抜けて密入国してくる武器商人や密輸業者達の存在かな」
紗耶はそういうと、諏訪の方に顔を向けて来た。
「大戦で海軍も結構被害を受けたから、内戦の最初期にはその抜け穴を使って、密輸業者と武器商人が入り込んで武器を売り捌いていたの。いまは警備が強化されてるのだろうけど、全部を止める事はできない。武器商人に限っては内閣諜報機関とも繋がりがあるから、下手に摘発が出来ないんだよね」
日本の民兵達はAK系統のライフルやクーデターを起こした軍の部隊が武器庫から流した旧自衛隊時代の小銃、武器証人やブラックマーケットから流れてきた武器を使用している。
武器商人と他国からの密輸業者達が供給した武器には、西側諸国の5.56mm弾薬を使用するAR系統の武器も多数確認されている。そういう類の武器の扱い方や分解方法は、同伴して来た傭兵などが指導しているのだ。
「まぁ、奴らが武器を供給しなくなるにはレジスタンス自体が無くならないと無理だろうね」
紗耶はそう言うと小さなあくびをして、虚空に視線を向けた。数十分後が経つと、車は世田谷区に入り、諏訪は初めて見る街並みを眺めていると、車は住宅街から横道に入り木々のアーチを抜けて紗耶の私邸近くに到着した。
「ほら、あれが私の家よ」
紗耶が示した冬島邸は、外周をコンクリート壁で囲った小美術館の様な外観をしている二階建ての屋敷であった。屋敷の背後には生い茂った林があり、周囲には二階建ての家々が建っている。
紗耶曰く、この家には条件付きで雇った送迎人や庭の手入れをしてくれる人等が住んでいるという。また緊急事態を想定した地下通路で屋敷と繋いでいるという。
屋敷の前で停車すると奏は荷物を肩に掛けて降りると、紗耶の座る後部座席のドアを開いた。紗耶が降車し、諏訪も衣類の入ったダッフルバックを持ちながら降りると、車両は専用の駐車スペースに入っていった。
「さあ、行きましょうか」
紗耶は敷地内への開口部を閉じている柵に近づくと、脇に設置されている小窓デバイスにキーカードを翳した。すると柵が自動で開き、短いアプローチを歩いて奥に設置されたドアに近づくと、またも横に設置されているデバイスにキーカードを翳してロックを解除した。厳重なセキュリティを通過し、ようやく玄関に入ると思っていた諏訪だが、予想に反してその先は中庭を通る道に繋がっていた。
「……ここは玄関じゃないのか」
諏訪の問い掛けに対して、紗耶は笑みを浮かべて振り返ってきた。
「屋敷の玄関は中庭を抜けた先にあるの、初めて来た人は大抵間違えるよ」
正真正銘、金持ちの家である。
諏訪はそ苦笑いを浮かべ、奏はその顔を一瞥してから小さく鼻を鳴らした。
◆◆◆◆◆
諏訪は奏に案内された自身の部屋のベットにダッフルバックを置き、荷物などを取り出していた。
諏訪に割り振られた部屋は広く、机やクローゼットも設置されていた。クローゼット内にはハンガーの他に、南京錠で施錠されたガンロッカーが衣類で隠されるであろう位置に設置されていた。
ダッフルバックから荷物を取り出し纏めている諏訪を椅子に座って眺めていた奏は、何気なく話し始めた。
「ちょっといい?」
「ああ、少し待ってくれ……よし、どうした?」
諏訪は作業を中断するとベットに腰掛け、椅子に座る奏と向き合った。すると奏は真正面の諏訪に指をさして話し始めた。
「護衛班の皆んなと会う前に確認するけど、偽の経歴はちゃんと覚えてる?」
「大丈夫、勿論覚えているよ」
諏訪に与えられた偽の経歴、紗耶と奏に覚えさせられたこれから生活する上での身分の事だ。与えられたのは訓練施設を卒業した三等護衛員、それが現在、諏訪に与えられた第二の人生で、その新しい人生を歩む為の役割であった。
「本当に気を付けてよ。元レジスタンスというのはまだしも、ブラックリストである事がバレたら、収容所に逆戻りして、固くて冷たいベットで余生を過ごす羽目になるんだから」
奏は身を乗り出して人差し指を諏訪に突きつけながら念を押してきたため、諏訪は小さく笑みを浮かべながら頷いた。
「そこまで馬鹿ではないよ。不審に思われない様にリスクを回避する必要性も重々承知しているし、身元がバレない様に細心の注意も図るからね」
「まぁ、私は別にあんたが収容所に戻されても付き合いも少ないから、なんとも思わないけど」
奏の冷たさの感じる物言いに諏訪は苦笑いを浮かべていると、部屋のドアがノックされて扉の向こうから紗耶の透き通る声色が聞こえて来た。
「いま大丈夫かな、入っていい?」
「大丈夫ですよ」
奏が返答するとドアが開かれ、白いワンピースに着替えた紗耶がドアノブに手を掛けながら首で廊下側を示した。
「みんなリビングに集まったわよ、準備が出来ているなら早く行きましょう」
紗耶の言葉に、二人は目配せしてから立ち上がると後に続いて一階のリビングに向かった。
◆◆◆◆
紗耶と奏そして諏訪が一階のリビングに降りて来ると、そこには既に4人の男女が集まっていた。
「はい、みんな注目」
紗耶が注目を集める為に両手を軽く叩くと、彼らは一斉に自分達の主人へと視線を向け、ソファでくつろいでいた者はサッと立ち上がった。
「事前に伝えてあるとは思うけど、護衛班に新たに新人君が加入します。今から紹介するわね。ほら諏訪君。みんなに挨拶してちょうだい」
紗耶は背後で奏の隣に立っていた諏訪の手を引いて自分の隣に立たせた。
「その子が新人君ですか?」
諏訪は声のした方向に目線を向けると、黒髪を短髪にした爽やかな印象の少年が、目を輝かせながら諏訪を見つめていた。諏訪は目線が合うと、少年がら手を振られてきたが、小さく会釈する程度に留めて自己紹介を始めた。
「本日付けで冬島護衛班に配属になりました、階級三等、諏訪匡臣です。これからどうぞ、よろしくお願いします」
諏訪の簡素な自己紹介を聞いた紗耶は小さく頷くと護衛員達に再び視線を向けた。
「それじゃあ、みんなも自己紹介をしてもらいましょうか」
紗耶がその様に言うと、眼前の護衛員達は黒髪をフェードカットのボウズにした少年の方を向いた。
「ん? ああ、階級的に俺が最初か」
少年は呟くと諏訪の方に狩人の様な鋭い視線を向けながら背筋を伸ばして自己紹介を始めた。
「階級二等、
熊澤條太郎は大柄で服の上からでも分かるほど筋骨隆々な体格をしており、その姿からはラグビー選手を連想する事が可能であろう。華奢な体躯の奏と違い、初見では熊澤二等が冬島護衛班の班長であると思い込み勘違いする者も多いだろう。
右のこめかみかに細く短い傷跡があり、更に凄みを増している。自己紹介を終えた條太郎は隣の少年の肩を叩いて何かを話すと、爽やかな笑顔で諏訪の方に体を向けた。
「はじめまして、僕は
内藤董哉、先ほど諏訪に手を振ってきた黒髪を短髪にして非常に顔立ちの整っている少年だ。細身であるが護衛として引き締まった体躯をしており、爽やかさの他に鍛え上げられた闘志を秘めている様にも感じ取れた。
しかし、それでも彼の笑顔は爽やかという言葉が似合うほど清々しいものである。彼の笑顔を見ていると、自然と笑みが浮かんでくる様だ。
「よし、じゃあ次は枇代ちゃんだな」
董哉は背後に立っていたひよりと呼ばれた黒髪で年代的に平均よりも背の高い少女へ振り向き、笑みを浮かべながら視線を向けた。
「だから董哉、ちゃん付けをしないでください」
少女は董哉に向けて呆れた様にため息を出してから、凛とした表情を諏訪に視線を向けた。
「初めまして、私は
玖本枇代は黒髪のショートボブで赤黒色の虹彩をしており、全体的に無駄な脂肪を削ぎ落として引き締まった体躯をした少女である。
言動からも真面目であるという印象が強く、年相応の大人びた雰囲気を醸し出していた。
「それじゃあ、最後はボクだね」
諏訪は枇代から視線を声の主に向けると、中性的な雰囲気を纏う容姿で、黒髪をマッシュショートにした人物が立っていた。
「初めまして、ボクは
與板瑠衣は中背で顔立ちが非常に整っており、体格も痩せ過ぎている訳ではないが、他の男性や女性メンバーに比べて細身な部類に分けられる。
なにより、諏訪が一番困惑させられたのは、中性的な姿をしているため男女の見分けが付けられなかったことだ。
「瑠衣」
「なになに?」
「失礼を承知で尋ねるが、君の見た目で男か女かを判別できない。その、君はどっちなんだ?」
諏訪の問いに瑠衣は最初こそキョトンとしていたが、すぐに理解して短く笑うと、諏訪に近づいて上目遣いで覗き込みながら、額に右手の人差し指をぐりぐりと押し付けてきた。
「君には、どっちに見える?」
瑠衣は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。すると足音を鳴らさずに素早く瑠衣の背後まで近付いて来た奏が、右手の指を手刀の形に伸ばして勢い良く振り落としてきた。
「ッてぇ……なにすんの班長!」
「あまり諏訪三等を揶揄わない、困ってるよ」
瑠衣は奏から注意を受けると諏訪にウインクをして渋々離れていった。紗耶はその光景を見届けると諏訪に顔を向けた。
「最後にもう一人、主に支援を担当してくれるオペレーターの子がいるけど、まだ部屋で作業に没頭しているみたいだから、また今度紹介するね。じゃあ自己紹介終わり、みんな解散!」
紗耶がそう言って手を叩くと、早々に董哉が諏訪に飛び付いて肩を組み、少し強引にソファの方へと導いていった。
「ほらほら、こっちでもっと話そうぜ」
「ボクも新人君に興味あるから混ざる混ざる!」
主に諏訪と話しているのは董哉と瑠衣、枇代はリビングを後にして、奏は條太郎と何かを話すために彼女の元に歩いていった。
紗耶は各々の行動を見て、改めてこの班の護衛員達は個性的で愉快な面々だなと感じていた。
「お嬢!」
紗耶も自分の部屋に戻ろうとした時、ソファーに座っていた董哉がこちらに手を振っていた。
「お嬢もどうです?」
よく見ると少し困った様に眉を曲げた諏訪が紗耶を見つめていた。明らかにテンションについていけていないので、助けを求めているのだ。
「……仕方ないわね」
紗耶は笑みを浮かべて息を吐くと、諏訪達のいるソファーへと歩みはじめた。その後、結果的に董哉の話術で諏訪は彼らと談笑して、楽しいひと時を過ごすことができた。
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