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 施設に入った紗耶達は、エレベーターで地下の特殊収容区に着くと長い廊下を進み、ブラックリストが収容されているエリアに入っていた。多摩第二収容所に収監されているブラックリストは第三段階までであり、第四・第五段階のブラックリストは別の国防軍管轄の専用収容所に収監されている。

 紗耶の目的とするブラックリストは第三段で、民間仕様に偽装されたヘリの墜落現場で拘束された、十六歳の少年兵である。寡黙であるが故に危険かそうで無いかの判断が難しく、不確定要素の多い人物であると判断されて警戒されている。 

 勿論、紗耶はこの事実を事前に配送された資料で確認しており、先ほど赤渕少佐から対象についての留意点等を細かく説明されたばかりだ。

 しかし、紗耶の心中は目当てのブラックリストに対する恐怖や緊張よりも好奇心と未知への探究心で満ちており、その気持ちは拘束房の前に到着した時も変わらなかった。

 拘束房入り口横には私設軍警備隊詰所とガラス張りの第三段階ブラックリスト研究室が、廊下を挟んで左右に設置されていた。紗耶は研究室に視線を向けていると、赤渕少佐が拘束室入口脇にあるタッチパネルに十三文字のコードを素早く打ち込む。

 すると、拘束室のスライドドアのロックが解除される短いアラートが鳴り、紗耶達は拘束房の中に足を踏み入れた。拘束房は二つの部屋から構成され、入口側の部屋は研究員達がブラックリストの観察や記録を取る観察室、奥の部屋が拘束室と分けられている。観察室には既に十数人程の研究員達がマジックミラー越しに、拘束室のブラックリストの観察や定期記録の記入を行っていた。


「紗耶さん!」


  紗耶に気づいた一人の研究員が紗耶の方に駆け寄って来た。黒髪に少し白髪が混じり始めた壮年の研究員である。紗耶は男性研究員の方に顔を向けると小さく笑みを浮かべた。


「伏見主任、お勤めご苦労様です」

「どうも。それにしても、随分とお早い到着でございましたね」


第三段階ブラックリスト研究主任の伏見は部屋に設置された時計を見ながらそう言った。確かに予定到着時刻よりも二十分ほど早い到着であった。

 紗耶は視線を伏見から拘束室に拘束されているブラックリストの少年兵に変えると、じっくりとその姿を見つめた。少年兵は可動式の拘束椅子に座りながら頭を垂れており、ここからでは、その表情は伺う事はできない。すると、伏見も紗耶の視線がブラックリストに向けられているのに気づき、同じ方向に視線を向けた。


「彼が気になりますか?」

「ええ、ここまで来たのは彼が目的ですからね』


 紗耶がそう答えると伏見は頷いた。紗耶の後ろで同じくブラックリストを見ていた赤渕少佐が、伏見に問いかけた。


「伏見主任、彼の状態はどの様な感じですか?」

「状態は良好ですが、やはり記憶障害を患っているので肝心の情報は聞き出せてはいません」


 赤渕の質問に伏見は申し訳なさそうに答えた。

伏見の言う通り、ブラックリストの少年兵は過去に強いストレスを受けて脳に負荷が掛かったか、またはヘリの墜落のせいか、解離性健忘という記憶障害を患っていた。障害は彼自身の名前以外の数十年分に渡る過去の記憶を全て奪っていたのだ。

 しかし、確保時の所持品から、彼がレジスタンスの二尉(中尉に相当)の階級を拝命していた少年将校であるということ、58班なる班の班長を任されていたことが唯一判明している。

 更に彼の所属は東京都の部隊ではなく、私設軍とレジスタンスが二度の大規模な激戦を繰り広げた新潟県部隊の所属である。なぜ新潟県の隊員が東京都にいたのかは未だ不明だが、恐らくは何らかの軍事作戦に従事する為だったと国家警備局情報部は推察している。


「伏見さん」


 紗耶は未だ非活性化状態であるブラックリストの少年兵から視線を外さずに伏見の名を呼び、伏見は顔を向けてきた。


「なんでしょう」

「彼は今まであなた方に対し、反抗的な態度を取った事はありますか?」

「いえ、ありませんよ。温厚な性格の少年です」

「凶暴になったり情緒不安定になったことは?」

「いいえ、彼は検査に非常に協力的で職員との関係も良好ですよ。注射を嫌がる事はありますがね」


 紗耶は話しを聞きながら左手を腰に当て、右手で顎をゆっくりと摩った。数秒間息も漏らさずに少年兵を見つめると再び伏見に顔を向けた。


「伏見さん。一つだけお願いがあるのですが、よろしいですか」

「はい、大丈夫ですよ。なんでしょうか?」

「私を拘束室の中に入れて下さい」


 紗耶の思い掛けない問いかけに、伏見や赤渕少佐と曾根中尉は一瞬で目を見張ったまま固まり、紗耶を見つめた。普段は非常に従順な奏も主人の言葉に正気を疑う事しか出来なかった。

 さらに周りの研究員達からもざわめきが起こり、研究員の中には紗耶の考えに正気を疑う呟きをする者まで現れた。ただ、赤渕達や研究員達の反応も無理はなく、ブラックリストとの接触は危険どころでは無いからだ。

 国家から危険視されている者との接触は、小銃とライフル型テーザー銃で武装した警備隊員を最低人数でも八、九人ほど同行させなければならない。ましてや接触相手は第三段階ブラックリスト、記憶喪失であるだけで、本来の人格や正確な危険度などの多くが未だに判別できていない人物だ。

 そのような人物を拘束している部屋に装備を身に付けていない人間を入れる事は、核兵器の弾頭に隣接した火薬庫の中で、台湾の鹽水蜂炮の如く100万発を超えるロケット花火を四方八方に発射させる様なものであるのだ。

 但し、それはあくまで"一般人"を基準としての話である。紗耶は10代半ばとは到底思えないような真剣な顔つきや目力で伏見を見上げた。伏見は自分よりも四十歳以上年下の少女の全身から放たれるオーラや迫力に唾を飲み込んだが、言わなければならない事は声に出した。


「確かに貴女には対抗できるだけの能力や技術があるとはいえ、未だ素性不明の者と単身接触するのは危険が過ぎます」

「大丈夫ですよ、私だけが彼と話すわけではありません。信頼できる護衛も同行させます」


 紗耶はそう言うと、自身の隣に立っていた護衛員の少女の肩に手を置いた。


「えっ……あ、ええ?」


奏は目を白黒させて紗耶を見つめた。

 紗耶は奏に顔を向けると、どうやら自身が厄介なことに巻き込まれた事を悟ったのだろう、露骨に嫌そうに顔を顰めていた。すると、これは流石に不味いと思ったのか曾根中尉も慌てた様子で紗耶を宥めようとした。


「申し訳ありませんが、こればかりは看過できません。観察室には拘束室につながるスピーカーとマイクがありますので、それを使えば────」

「直接話さなければ、意味がないのです」


 紗耶はキッパリと言い切った。

 奏はそれを聞きながら、目線を向けながら自身の主人の眼を見た。ブラックリストの少年将校を見つめる眼は、いつにもなく真剣な眼差しであった。

 紗耶の後ろで決意の言葉を聞いていた赤渕少佐は鼻を鳴らすと頷き、静かに口を開いた。


「私はお嬢様の意思を尊重します」

「少佐!」


 曾根中尉が赤渕少佐に厳しい目線を向けるが、その目線を向けられたと同時に彼の大きな手が彼女の顔の前に突き出され、思わず曾根は声を止めた。

赤渕の顔は普段の穏やかな顔つきではなく、少し険しい顔つきになっているが、どこか紗耶の決心に深く関心を抱いた様でもあった。


「お嬢様、再度確認しますが、本当に直に接触なさいますか?」


紗耶は赤渕少佐に顔を向けると、軽い調子で片目を瞑ってウインクをしてみせた。赤渕少佐は笑みを浮かべ、頷いてから伏見を見て指示を出し始めた。


「伏見主任、彼女に接触の際の注意点を。お嬢様には危機管理誓約書にサインをお願いします」


 赤渕少佐は脇に抱えた鞄から誓約書の紙を取り出すと紗耶に手渡した。紗耶と奏は伏見に連れられて観察室の隣の小部屋へと入っていった。

 それを見届けながら、曾根中尉は穏やかな表情の赤渕少佐に少し呆れた様な視線を向けた。


「いつもあの様な書類を持っているのですか?」

「お嬢様の突発的な考えは今に始まった事ではありませんからね。中尉は見ましたか、彼女が真剣な表情していたのを」

「ええ、まぁ………」


曾根中尉は紗耶の表情を思い出した。確かに、何かを決心した様な厳しい眼差しと、唇を固く閉めたあの表情は年相応以上の何かを感じた。

 それからたっぷり十秒、赤渕少佐は曾根中尉に時間を与えると口を開いた。


「お嬢様のあの様なお顔は、私はまだ二回程度しか見た事がありません。彼女は意図的にその様な顔を見せないのかも知れませんが……」

「ちなみに、その二回というのは?」

「一回目は、彼女に抑止力が宿って、特異性実験を行った時です。二回目は……いえ、これは彼女の家庭的な問題なので、私の口からは言えません」


曾根中尉はそこから先の事情を聞こうとはしなかった。他人の家庭的な事情に踏み入るのは非常識であるからと理解している為だ。すると小部屋から紗耶と奏とファイルを抱えた伏見主任が出てきた。

 赤渕少佐は部屋から出てきた紗耶に顔を向けると再度確認を取った。


「お嬢様、よろしいですか?」

「ええ、大丈夫です。奏は?」

「問題ありません」


確認が終わった紗耶と奏が拘束室の扉の前に立つと、伏見の指示で拘束室の扉が解除された。甲高いブザーが鳴り響き、扉上に付いている赤ランプが青色のランプへと切り替わる。扉はロックを解除されると、鉄製の扉は横へとスライドして開き始め、紗耶と奏は拘束室の中へゆっくりと足を踏み入れた。

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