第16話 お前の面白さの真髄はそこじゃない



「何だよ伊藤、言ってくれればよかったのに」


 そう言って爽やかに笑う洞島と今、俺は二人で生徒に配布するプリント群をホッチキスで止める作業をしている。

 


 俺はあまりコピー機を使う事が無いから知らないが、どうやら印刷機に印刷するのと同時にホッチキスを止めてくれる機能があるらしく、そもそもはそれを使う予定だったらしい。

 しかし設定をミスったかなんかで全部止めていない状態で出てしまったらしく、「仕方が無いので手で作業をするしかないな」という話になったとか。

 それで人海戦術としての非生徒会・洞島召喚であり、俺はその道連れだという事だった。


「意外とメンドいんだよなぁー、これ」


 そんな風にボヤいた声は、俺以外には聞かれていない。

 どうやら白石先輩と進藤先輩は別の用事があるらしく、先ほど謝りながらこの部屋を後にしている。

 だから俺も、多少は物怖じせずに話が出来る。


「……じゃぁ何で引き受けたんだよ」

「えー、だって断れないだろ? いつもお世話になってるし」


 先輩にあんな喋り方をしておいて?

 正直そう思ってしまった。

 しかしそれは置いておくにしても、だ。


 俺には親しい先輩なんていないから良く分からないが、先輩と後輩ってそういうものなのだろうか。

 付き合いが良すぎて俺にはやっぱりちょっと眩しくみえる。



 

 と、ここで少しの間俺たちの間には沈黙が下りた。


 そもそも俺は他人に振れるような話題なんて持ってない。

 それは仕方がない事だと思う。

 だってほんの数週間前までは完全にボッチだったのだ。



 室内には、机で紙を端をトントンと揃える音とパチンというホッチキスの音だけがしている。

 しかし俺はボッチだったのに、否、ボッチだったからこそか、近くに誰かが居る状態での無言という状況にどうしようもない不安と居心地の悪さを感じてしまった。

 

 結局ソワソワしていたのだと思う。

 そのせいで、俺が持った紙束が手から滑って床にファサーッと落ちてしまった。


 まだホッチキスを止めていなかったので、床に散らばってしまったプリント達を、俺は慌てて拾いに行く。

 とはいえ、そんなに遠くは無い。

 ちょっとだけ車いすを移動させて、あとは拾うだけ――。


(と、届かない……!)


 プルプルと震える指先は、残念ながらほんの10センチほどプリントに届いていない。

 落ちそうになる体を手すりを持って支えながら、最大限まで手を伸ばしてこの状態だ。

 もう余力なんて無い。


 と、そこに横から手が伸びてきた。


「伊藤って、いつもこういうの頼らないよな」

「まぁ、頼る相手も居なかったっていうか……」

「今は居るじゃん、頼ってよ」


 拾う為にわざわざ席を立ってくれた洞島にそう言うと、彼はしゃがんだまま顔を上げてそう答えた。

 爽やかなその笑顔がとっても眩しい。

 やっぱりコイツは眩しい畑の人間かっ。

 そう思いつつ、全て拾って渡してくれた彼に「ありがとう」と礼を言う。


 すると彼はサラリと「どういたしまして」と答えてからまた席に座り直した。

 何だろう、お礼返しさえ小慣れているようなこの感じ。

 やっぱりリア充はお礼も言われ慣れているんだろうか。


 ……否、違うな。

 お礼を言われ慣れるくらい人の為に行動できるからこそ、コイツはリア充なのかもしれない。


「俺はね、伊藤。お前を見てるの、割と楽しいよ」

「……それは俺をディスってるのか?」

「違う違う、そうじゃなくて」


 そう言うと、彼は「まぁ確かにきっかけはあまりのインパクト……というか、主に織田に抱っこされて死んだような眼をしていたお前がめっちゃ面白かったからだけど」と前置きしてくる。


「お前の面白さの真髄はそこじゃない」


 そう言われて真正面から目を向けられて、俺は思わず照れてしまう。


 え?

 まだお前がちゃんと褒められるかも分からないのに何で? って?

 仕方がないだろ、人からこんな良い顔で『面白い』とか言われるのは初めてなんだ。

 慣れてないから「もしかしたら何か良い事言われるかも」っていう期待だけで照れちゃっても仕方がない。

 そう、仕方がない。


「お前ってさ、人の事が良く見えてるんだよなぁー」

「え?」

「だってお前、神崎の事も織田の事も、ちゃんと良く分かってる」


 予想だにしなかった切り口から責められて、俺は思わずキョトンとしてしまう。

 すると洞島は「だって」と言って言葉を続けた。


「神崎の事、喧嘩相手だと思ってるだろ?」

「だってアイツ、俺にめっちゃ当たり強いし」

「それでもさ、アイツは割と容姿的に周りからの評価も高いし、運動神経も成績も上位クラスだ。周りを仕切る立ち位置になる事も多いから、クラスどころか学年内でも目立ってる。普通はそんな相手をな、喧嘩相手とは認識しないもんなんだよ」


 そう言われて、少し「確かに」と思ってしまう。


 だって普通、そんなどう見てもスクールカースト上位の人間に俺みたいな底辺がきつい事を言われたら、「すみません……」と委縮してそれ以上何かをいう事は出来なくなってしまうだろう。

 なのに何故、俺はアイツとさも対等であるかのように口喧嘩じみた事が出来ているのか。


 その部分は今まで考えた事が無かったなと思いつつ、ちょっと考えてみる事にする。


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