和風小話

月が田舎道を照らしている。周りは田畑ばかりの侘しい秋の風情だ。山は田畑を挟んで左右にあり、吹き抜けの地とばかりに月の光をも通す。


そんな道に二人の男が歩いている。片方は腰にすらりと刀を差した、侍然とした青年。ちょんまげではなく、後ろで無造作に伸ばした黒髪を結んでポニーテールにしている。藍色の着物の上から黒い毛皮を羽織っているのは風が冷たいからという理由と、あと一つ、毛皮は、突如魔物と遭遇したときの防御機能を備えているためだ。

もう一方は――これは奇妙な成りをしている。見た目は人間ー白Tシャツとズボンのみ。問題は顔だ。通常の2倍はあろうか、下膨れならともかく、その正体はなんとタコである。・・・年齢不詳の彼の、ソレは被り物ではない。とある魔物によって呪われた結果、細胞組織がタコと変容してしまったのだ。前例がない事態、解除不可能と思える永遠の期限つきで付き纏うことになった災難だが、本人は時折口笛など吹き、そう大して気にしていないらしい。


二人が出遭ったのも、偶然このような月夜であった。

侍の男ー名は鹿聞(かもん)というーは突然向こうから悠然と歩いてくるこのタコ男に対し、魔物と疑った。うつむき加減で他者を装い、鞘にこっそりと右手を伸ばす。いつでも迎え撃つことができるように・・・


「こんばんはぁ~」


果たして、なんとも場違いな間延びした男の声が通り過ぎていった。慌てて振り返り、「もし」などと若干崩れた調子で呼び読めると、案外これが、話ができた。隠し事も知ったかぶりもなく、事態を読み込むことになったのである。

旅は道連れ、世は情け。

タコ男は「縁ーエニシ」という名前で、魔物に呪われてこの顔にされてから早十年も経っていた。縁の故郷は名の知れた城下町であったという。だが、今は亡き町となってしまった。「伝染病」である。

縁はゆっくりと息を吐いた。そして、とある知人の話をした。

城の王妃が病に倒れ伏したのを最初に、民にも病が流行り始めた。あらゆるヒーラー、治癒師が集められたが一向に止む気配がない。

だが彼の知人である海流(カイル)という男には分っていた。発生源は強力な呪いであると。犯人を捜しまわっていたところ、大臣を通じて今は使われていない城の地下に潜んでいることが分かった。それだけでも嫌な予感がしたが、ともかくなんとか犯人の一味に潜りこむことに成功したのだという。そして犯人に驚愕した。なんと王妃そのものだというのだ。

王妃の表の名は「アイリーン(Eileen)」。裏の名を「永悲(エイヒ)、英堕(エイダ)」。

目的は、負のエネルギーを集め、「魔王」を創り上げるため・・・・・。


数日後、自分の情報がバレたらしい。彼は四六時中野蛮な連中に付き纏われ・・・真実を知ってしまった以上、国として男を逃すわけにはいかなくなったのだと理解した。冬の折、一通の手紙が縁のもとに届いた。手紙にはこうあった。


ー俺は逃げる。お前も危ない。しかし一緒に逃げては共倒れになるだろう。だからどうか、逃げて生き延びてくれ。

・・・・・巻き込んでしまったこと、本当に


                               カイル


実は縁は、彼の幼馴染であった。


病はとどまることをしらない。すでに人気のなくなって数週間が経つ灰色の街並み、こうしている間にも路上には病に伏せた人が、青い斑点を浮かび上がらせて苦しんでいるのだ。

彼は足の赴くまま旅に出たが、ふと追跡にあっているらしいことに気づいた。テラスで一休みしているとき、妙な視線を感じたのである。隙をついて馬車に乗り、遠くの港町まで来た。この地域には昔からある奇妙な伝説があると、人伝手に聞いた。自ら海に赴き、覚悟した。

もう、過去の自分には戻れない。戻らないのだと。


そう、縁は自ら呪われたのである。顔を変えることによって、異種族として生きることを決意した。


鹿聞は衝撃を受けた。奇しくもこの男の言っていたことが本当だとするならば、女の名は―――鹿聞の因縁の相手だったからだ。

彼が旅をする理由は二つある。


一つ、行方不明になった弟を捜すこと。

二つ、アイリーンの兄、黒幕を見つけ出して、阻止すること。


それにしても、ここまで自分に何もかも吐いてしまって良いのだろうか。もしかすると自分を貶めるためか。鹿聞の猜疑はしかし晴らされた。縁は真っすぐな目をして、向き直った。


「俺はあんたのこと、信じてるよ。」


たとえ、何かがあったとしても――お前も含め、これも旅のうち、か。

鹿聞の決意は固まった。


秋の夜風が吹いている。ススキの群が淡く輝いているのを片目に野宿の段取りを考えていると、少女の叫びが聞こえてきた。しかし、二人は無言で進み続ける。さらに、ひときわ甲高い声。今度はこちらへ駆けてくる足音、やがて、背を向けたままの鹿聞の腰にパーカー姿の少女がどしっとしがみついてきた。「助けてッ!魔物が来てるの!」


しかし、二人は無言のまま、立ち止まった。


「(幽鬼だな。)」

「(可愛らしい、幽鬼だ。)」


無言の会話を目で交わし、刀身をみせると彼女はおびえるどころか歯をむき出しにして唸りだした。額には角が生えている。

すでに刀は隠さず、月を背にしてすらりと抜刀し戦闘の構えをとる。タコ男の方はなにもしない。腕を組みまるでテレビを見ている一般人ですというように男と幽鬼を眺めている。一人で十分ということだ。だが、ハプニングが起きた。バン!という音がして、

彼女が背中から倒れ落ちた。綺麗に心臓を打ち抜いている。


「無事でしたかッ!!」


「「!」」」


田から突如姿を現した者にバッとそちらを見れば、バツの悪そうな顔をした中年の、冒険者ではないか。ギルドから支給されるバッジが、防具の右腕に光っている。


「幽鬼の目撃情報が多発していて、村から依頼を受けていたのですが・・・うっかり寝てしまって・・・なんとお詫びをいえばいいか!ってタコぉ!?」


「こんばんは、タコだよ。」


「・・・。」


二人は断ったが、男は村まで案内するといって聞かなかった。さっきの失態がよほど響いたのか半ば強引に、道具箱から一対で二枚の白い翼を取り出すと分け与えてくる。数分後、彼らは村に着いていた。温かなランプが村中に付いている。


「隠れ蓑を使っていたのにこの失態・・・実はここは私の故郷の村なんです。ささやかなものですが、どうぞ温まっていってください。」


もてなしのあと温泉ですっかりユデダコになった男を抱え、床に就いてすぐに鹿聞も寝入ってしまった。


ーーー

できすぎていた。


鹿聞は知っている。これはカルトにも使われる手口だと。仲間を装った者が、敵方の仲間というのはありうることだ。脅威であるときにすくわれるほど、勘違いしてしまいやすいのだ。


村から出て数週間後ーーー二人は白い家々の立ち並ぶ小さな町に来ていた。夕刻、街に来てすぐ、あろうことか暴漢に襲われた。路地裏の妙な気配をたどったところ、いたぶられそうになっていた女性を人質に取られ・・・つまり、この町は治安がよくなかったのだ。だが偶然か、3人の冒険者が現れて事態を収めたのである。男2人に女が1人、魔法使い、ヒーラー、戦士のメンバーだ。

辺境の街で、旅人はめったに立ち寄らないという理由と、あとはイメージ回復もあるのだろう。彼らはホテルを案内された。久しぶりの情報交換である。旅の話も佳境に差し掛かろうとしたとき、酒が運ばれてきた。だが、ふと2人は手を止めた。


「・・・あ、ひょっとして下戸だった?よかったら別のを頼もっか?」


鹿聞は冷たい月の目で相手を見た。女戦士はしばらく押し黙ったままだったが、変わらず飲み物を進めてくる・・・毒入りだろう。目を見ればわかる。しかも外野が騒がしい。どちらも興奮状態のようだ。


「・・・・ごめんね、俺、ちょっと眠くなってきちゃって。お腹も一杯だし。」


ちらりと見やると「嘘」だと言っている。


「悪いが、そろそろ席を立たせてもらおうと思う。」


「・・・・・ふーん。」


次の瞬間、勢いよくドアが開かれ、先ほどの暴漢一団が入り込んできた。

しかし、勝敗はすぐについた。縁が口から黒煙を吹いたのだ。目くらましである。

このような事例は滅多にないことだが、最近は魔王復活勢力により、人の間の災いが増えている、と感じている。浮遊魔法の道具を使い四階の窓から街を飛び去った二人は、はるか西にみえる砂漠地帯の手前の、平原で休むことにした。


元ネタの創作:つれづれ小話


たぶん、続きはない。徒然草の一節を改造してみた。


以下↓


「ちょっと、そこのお方。」


暗い夜の道、ふとそのまま気づかずに過ぎ去ればよかったのだが、この細い田舎道で二人きりのこと、無視できるはずもない。

はい、と振り返って俺は信じられぬものを見た。


「!?」


一歩遅れて恐怖がやってくる。逃げ出そうとしたそのとき、


「どうか、逃げないで最後まで聞いていただきたい。そのリアクションももう見慣れた。」


落胆したように呟くそのモノ。?なにか異国の言葉が通り過ぎた気がしたが、気のせいか?

頭だけが釜でできたその珍妙な姿のヒト型は、誰がどう見ても類まれなる妖の類にしか見えない。だがそのなりはどうだ。


「御覧の通り、わたくしは世にいう化外、妖、蟲、その他諸々のケガレ、果

てはこの平安を侵略しにきた異星人などではございません・・・見ての通り、僧侶でございます。」


ずいぶん饒舌に喋る。イセイジン?って言ったか?


「しかし、僧侶が何故(なにゆえ)そのような格好を。」


説明がつかない。僧侶とは、慎ましく、日々仏に精進する身だと認識している。


「興が過ぎたのでございます。わたくしは、まさかこんな身になるとは思っていませんでした。しかし、単刀直入に言います。

時間がありません。あとわずかもすれば、わたくしはこの頭の釜によって窒息せしめられるでしょう。だから助けをこいに来たのです。

・・・実はわたくしはこの世のものではありません。生前、町では誰もがわたくしの、この醜い姿に怯え、逃げ出し、あるいは石を投げられ、仲間の僧侶さえ、医者に連れてゆくのにも、どの医者に見せればよいのか、途方に暮れている次第。ようやく見てもらえたのはいいが医者もあきれる。果てに無理やり外そうという荒療治。わたくしはこれは自分の罪である、ということは自覚しています。ですが・・・この後、それが原因で病にかかり、苦しみながら死んだのです。

しかし、やり残したことがいくつもあるまま死んだため、わたくしの魂はこの世にとどまりました。それも罪の念からか、この頭の釜が取れる以前に戻ってしまったのでございます。そのうえ現世の掟が適用されているのか、苦しいのです。今はこの釜と顎の間にあるわずかな空気で耐えていますが、もう時間が無い・・・」


ははあ、幽霊だったのだな。

思わず僧侶をじっと見る。どうみても生きている人間にしか見えないのも不思議なものだ。まあ、たとえホラだったとしてもいい。いざという時は元武士たるもの、刀のひとつも振るってみせよう。


「分かった。ではこれからどうされるつもりだ。俺には何ができる?」


「どうもこの釜を取るには、罪の意識を取り払わなければならないようです。ですが、そこにある未練というものが分かりません。ですから町や村など、とにかく一緒に回っていただきたいのです。何、生活の範囲でかまいません。現世の人にまで迷惑をかけてしまうなんて。あなた様には申し訳のないこと、承知しております。ところで、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。わたくしは残念ながら忘れてしまって、申し上げる名というものがないのですが。」


「九重 佐生(ここのえ さしょう)だ。今はちょうど、各地を巡っては酒

に浸ってる、しがない旅人さ。」


こうして俺とその名もなき僧侶は、また一つの試練のために新たな道を歩むこととなる。


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story ~異世界編~ 朝凪 渉 @yoiyami-ayumu

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