エピローグ

 ヒノキ城の居間で、スミレと魔王は赤子に玩具を与えて遊んでいました。そんな、今まで夢にまで見た幸せな時間が嬉しくなって、スミレは魔王に寄りかかって言いました。

「なあ、魔王」

「うん?」

「わたしは傷物になってしまったが、これからは魔王とずっと一緒だ。また、いっぱい愛してくれ」

 魔王は、うーん、と渋い顔をしました。

「うーん、でもなあ、スミレ傷物だしなあ。私複雑だなあ」

 スミレは裏切られた気分になって、縋り付きました。

「そんな!でも最初にわたしに傷をつけたのは魔王だ!だから、これからはわたしの傷を魔王が綺麗にしてくれなくちゃやだ!」

 魔王は笑いました。

「元は私の失態だ。お前を守り切れなかった私が悪いのだ。お前のせいではないもんな」

 魔王は、スミレの頭をよしよしと撫でました。

「わたし、ずっと辛かった……。寂しかった……」

「私も同じだ」

 そう言うと、魔王ははたと思いつき、スミレに訊きました。

「そう言えば大事なことだ!この子の名前はどうする?もうつけたか?」

 スミレもそう言えば確定してなかった、と、宙に目を泳がせました。

「うーん、うちの子、とか、赤ちゃん、とか、無難な呼び方で通してたな」

 魔王はそれを聞いて安心しました。

「よかった、名前は決めてないのだな?実は、魔族の名前にはある決まりがあってな、三つの名前を決めて、三番目の名前は誰にも教えてはいけない秘密の名前をあてることになっているのだ。なにか、この子を一言で表すような名前はあるか?」

 スミレは、「そう言うことなら、お腹の中にいたときにこっそり呼んでいた秘密の名前がある」と、魔王にその名前を教えました。

「いい名だ。それにしよう。いいか、この名前はこの子と、我々、三人だけの秘密だぞ」

 スミレは頷きました。

「さて、それでは通称を決めねばならんな。私のような恥ずかしい名前にだけはせんようにな」

「気にしてるのか?」

「当たり前だ!」

 スミレは腹を抱えて笑いました。魔王は、「笑うな!」と、スミレの頭を小突きました。

「じゃあ、えーと……アイリス……。アイリスにしよう。可愛い女の子らしい名だ!」

「よし、今日からお前はアイリスだ!」

 魔王はアイリスと名付けられた赤子を天高く掲げました。

 アイリスはキャッキャと笑いました。

「ちなみにお前の本当の名前は?」

 スミレの問いに、魔王は、

「誰もが平伏すぐらいカッコいい名前だ」とだけ答えました。

 本当の名前は、誰も知らない秘密です。


 おしまい。

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