第三幕

 メタセコイア自治区と隣国マロニエ王国の国境近辺の、マロニエ王国の領土内で、怪物騒ぎが起きました。角を生やした大きな怪物が複数、村人を襲って喰らったそうです。

 村は怪物によって壊滅し、怪物はマロニエ王国を王都に向かって東進したとのことでした。

 村の生き残りが領主の貴族にそう報告すると、貴族は怪物退治のお触れを出しました。

 しかし怪物の被害はどんどん王都に向かい、地方領主たちは王国軍の出動を要請しました。

 このままでは怪物に王都が破壊されてしまう。

 王国軍の騎士たちは王都と国境を結んでちょうど半分の地点で怪物たちとかち合いました。

 怪物たちはいいました。

「ちょっとは骨のありそうな奴らだな。どこから来た。」

 王国軍の騎士は答えました。

「我々はマロニエ王国の王国軍だ。化物ども、成敗してくれる!」

 鍛え抜かれた王国軍の騎士たちは、怪物たちを殲滅しました。その圧倒的な戦力差にひるんだ怪物は慌てて命乞いをしました。

「ま、待ってくれ!俺たちはそっちの国王に用があってやってきただけなんだ!命ばかりは助けてくれ!」

 怪物から事情を聴くと、怪物はマロニエ王国にやってきた理由を話しました。そして、とんでもないことを言いました。

「俺はメタセコイア自治区からやってきた。お前らの国王に用があったんだが、人間どもが派手に騒ぐから黙らせようと思って暴れてやっただけだ」

「国王陛下に何の用だ、怪物め」

「メタセコイア自治区の王、グラジオラスの妃は人間だ。われら魔族の支配するメタセコイアの妃が、人間でいいはずはない。お前らの国の国王に呉れてやろうと思ってな」

 王国軍の騎士たちは捕虜として怪物を王宮に連れ帰りました。


「何?メタセコイア自治区だと?」

 セコイア王国の東に隣接する国、マロニエ王国の国王、ヘンルーダ・シプリペディウムは、家臣の報告を驚きをもって迎えました。ヘンルーダは、短いあごひげをたくわえ、ぎょろりとした威圧的な目つきをした、恐ろしい顔つきの男でした。

「あの強欲なセコイア王が、魔王に恐れをなしてあの土地を手放すとはな。なんと脅されたのか知らんが、老いぼれめ、そろそろ隠居でも考えているのか」

 家臣はさらに告げました。

「先日そこから怪物がやってきて、国境付近の街や村を壊滅させたとのこと。その怪物を一匹捕まえたそうで、連れてまいりました」

 怪物は国王ヘンルーダの前に投げ出されると、跪きました。

「これはこれは国王陛下とやら。お会いできて光栄ですぞ」

 怪物は人間よりも魔族のほうが地位は上だと思っているので、かしずきながらも小馬鹿にしたような態度が隠し切れませんでした。しかしヘンルーダはあまり気にせず、尊大に問いかけました。

「怪物よ、そなたは何か我々に要求することでもあるのか」

「要求というほどのことはありません。国王様に耳寄りなお話があってお目通り願ってここまでやってまいりました」

 ヘンルーダは眉を跳ね上げました。

「ほう?耳寄りな話とな」

「今やわれら魔族の国となった、メタセコイアの王こそは偉大な魔族の王、グラジオラス様。その妃はなんと人間です。魔族の国の妃が人間とは、メタセコイアに相応しいとは思えない。そこで、王様の新しいお妃様にいかがかと」

 ふーむ、とヘンルーダは考えました。ヘンルーダには寵姫はいますが、妃に相応しい女性はいませんでした。ヘンルーダはこの話に興味を持ちました。

 家臣がその話に付け加えました。

「魔王はあの丘の麓の村から人間を娶り、メタセコイア自治区にはおびただしいほどの怪物が跳梁跋扈しているそうです。ナスタチウム王はそれを黙認しているとのこと。王様、このままでは、この怪物たちのように、また第二第三の怪物被害が広がるのも時間の問題かと」

 ヘンルーダはふぅん…と鼻息を吹くと、あごひげを撫でまわしてしばし考えました。

「それは……よくない兆候だ。魔王なんぞという悪の権化をのさばらせていいわけがない。ここは、正義の勇者が必要だな」

 ヘンルーダはニヤリと口角を吊り上げました。

「いかがいたしましょう、勇者ヘンルーダ様」

 家臣もニヤリと笑いました。

「ふむ、勇者ヘンルーダ。悪くないな」

 ヘンルーダは宝石の笏を振り上げて、広間の家臣たちに言いました。

「メタセコイアと名を変えたヒノキ城に攻め入る。無能者のナスタチウムに代わり、魔王の悪の手から、セコイアの人々の尊厳を取り返すのだ!そして、魔王の妃とされた人間の姫を解放せよ!!」

 家臣の一人がヘンルーダに目くばせしました。

「セコイアが浄化された暁には、わがマロニエ王国が民草を庇護せねばなりませんな」

 ヘンルーダは笑いながら頷きました。

「無論だとも」

 怪物は地下牢に繋がれました。


 メタセコイアとマロニエ王国が隣接する国境の村で、耳ざとい魔王の配下が、マロニエ王国の噂を聞きつけました。

「マロニエ王国が魔王討伐の募集をかけている?なんでまた?うちは平和だろ」

 酒場に居合わせた旅人が答えました。

「平和?そうか?セコイア国は魔王の言いなりになってるってもっぱらの噂だぞ。魔族が好き勝手暴れまわって、人間たちが苦しんでいるって、マロニエ王国では言われていたな」

 人間の姿をした魔王の配下は、驚いて笑い飛ばしました。

「それはでたらめだ!魔族は人間と共存してる。何の問題もないよ」

 旅人は驚きました。そして重要な情報を話しました。

「そんな!じゃあ、マロニエ王国が軍隊を結集して、近いうちメタセコイアに攻め込むって話だったが、あれはマロニエ王国が勝手に始めたことだったのか。セコイア王が援軍を要求したわけじゃないんだな」

 魔王の配下は目を光らせました。

「それは聞き捨てならないな。大戦争になるじゃないか」


 魔王が丘の城・ヒノキ城に戻ると、ジギタリスが魔王に駆け寄りました。

「魔王様、マロニエ王国から書簡です。大変ですぞ!」

「なに?マロニエの豚め、何用だ」

 書簡には魔王の背筋に電撃が走るようなことが書かれていました。

「囚われのスミレ姫を人間たちの元へ返せ?……必ずスミレ姫は奪う……馬鹿な、鬼畜ヘンルーダめ!!」

 魔王は書簡をビリビリに破り捨てました。

「スミレは身重だ。この大事な時に何を馬鹿なことを!人間ごときがあ!!」

 そして、広間に侍している家臣たちに命じました。

「サイプレスから、セコイア各地から、兵を集めろ!そして、スミレを尖塔に隔離するのだ。スミレは絶対に渡さぬ!者共!戦争の用意だ!」


 まだそんなにお腹が目立つわけではありませんでしたが、スミレは数人の侍従たちに労られながら、ゆっくりと尖塔の階段を上りました。

「なーにがスミレ姫を人間の元へ返せだ。馬鹿め。わたしは魔王のもとから離れるつもりはないわ。下衆が」

 尖塔の最上階にたどり着くと、侍従たちはスミレの寝床をきれいに整えました。

「私共も、サフィニアもガーベラも、スミレ様のおそばにおります。ご不自由でしょうが、何かありましたら遠慮なくお申し付けください」

「うん。ありがとう。まあ、わたしも自分の身は自分で守れるしな」

 スミレがベッドの枕元に置かれた短剣を軽く振り回して見せると、ガーベラはまたスミレを叱りました。

「またそんなことを!お腹のお子様がびっくりします!ご自愛ください!」

 そこへ魔王が瞬間移動して現れました。

「お前はいいなあ、そうやって一瞬でここに来れるもんな。わたしはここまで登るの結構骨だったぞ」

 魔王はそれには答えず、スミレを抱きしめました。

「すまん、不便をかける。お前を奪われるわけにはいかんのだ。ここで大人しくしていてくれ」

 スミレは魔王の頬を撫で、軽く口づけしました。

「大丈夫だ、魔王。わたしはそうヤワじゃないよ。お腹の子も守ってみせる。お前は戦のことだけ考えていればいいさ」

 魔王はスミレの頭を掻き抱き、

「時々はここに来るから」

 と、スミレに約束しました。


 ここで、魔王のもとに、遣いの者がやってきました。魔界とはまた違う次元のおとぎの国からの使者でした。

「なに?友好の証とな」

 小箱に仕舞われていたものは、黒真珠でできた耳飾りでした。大ぶりの黒真珠が、決して安物ではない存在感と輝きを湛えています。

「この黒真珠の耳飾りは、どんなに遠く離れたところにいる者同士でも、会いたいと願う人の声が聞こえてくるという魔法の品です。おとぎの国の国王陛下は、友好の証にこの耳飾りを、と」

「ふーん」

 魔王は特に興味もなさそうに一つ摘み上げると、光にかざし、すぐに箱の中に投げ入れました。

「特に遠く離れたところに会いたい人などいないな。私には瞬間移動があるし。時空の扉もあるし。スミレは傍にいるし。まあ、面白い貢物であるのは確かだ。コレクションに加えてやろう。おい、宝物庫に持って行け」

 魔王は家臣の一人にそういいつけると、家臣は遣いの者から箱を受け取りました。

「あ、ついでに何か宝物庫から適当に指輪でも見繕って、そいつに持たせてやれ。そうだなあ…。あ!私が練成した誘惑の指輪がいいな。奴は独り身だろう。私には必要のないものだ。あれを持たせてやれ」

 家臣は言いつけを聞くと、魔界への扉をくぐりました。

「奴は出自は確か人間だったな。しかしやつも相当な長生きだ。私の父の代には既に魔王だったはずだ。どうしてそんなに長生きできるのだ?何か知らんか」

 遣いの者は苦笑いをして首をかしげました。

「人間に永遠の命を施す術が分かれば、スミレも長生きできるのになあ」

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