【短編番外】スミレに勝機?!

 魔王が麓の村の問題を解決し、村長になってしばらく経った頃、魔王とスミレは目出度く結婚式を挙げました。

 魔王にとって最初の妻ということで、スミレは丁重に迎えられ、魔界と丘の城と両方で同じ内容の結婚式を二回行いました。

 魔界ではごく普通のこととして厳かに執り行われた結婚式ですが、人間界で同じことを行ったところ、そのあまりにグロテスクで奇妙な結婚式に、参列した人間達は卒倒したり気分が悪くなったり席を立つ人が相次ぎました。魔物達の常識というのは、人間達にとって実に奇妙なことだったのです。

 魔王とスミレの結婚式が遅くなってしまったのには様々な事情がありました。魔界の魔王の国は混沌としており、実のところ人間を妃に迎えることへ国民から不満の声も数多く届き、国の混乱を沈める為にだいぶ時間を割きました。国民が暴動を起こせば、魔族達のことなのでそれは大変な事態になるところだったのですが、スミレ自身も数度魔界を訪れたり、宰相のアナナスをはじめ幹部が手を尽くしたりしたことで国民の不信もある程度落ち着いたので、スミレはおおむね好意的に妃に迎えられることになりました。

 魔王の結婚についての障害は魔界だけに止まりませんでした。人間界でもまずスミレの両親を説得せねばなりませんでしたし、魔王も野心を出して麓の村に止まらず近隣の町や村も支配下に置こうとしだしたので、これまた結婚の障害として二人の前に立ちはだかりました。

 ですから、どちらの世界も完全に理想的に解決など出来ず、結婚式を挙げるのにだいぶ時間がかかってしまいました。

 結婚後も問題は相変わらず山積し、魔王の頭脳は休む暇もないほどフル稼働していましたが、二人は幸せな結婚生活を送っていました。

 スミレも魔界で寝起きする日が多くなりましたし、丘の城には沢山の人間達が訪れましたので、毎日がとても充実していました。

 そんなある日のことです。季節は冬。ヒノキ村は豪雪地帯というわけではありませんでしたが、毎年膝下ぐらいの高さまで雪が積もります。魔物達は魔界ではお目にかかれない雪を楽しんでいました。

 問題の処理の為に相変わらずイライラと頭を抱えていた魔王が中庭で冷たい空気を吸って気分転換をしようとすると、踏みならされた雪の上に武装したスミレが立っていました。魔王は驚きました。スミレには武装するなとキツく命令していたので、そばに寄って彼女を叱りつけました。

「スミレ!何だその格好は!ドレスを着ていろと言ったはずだが?!」

 スミレは突然怒鳴られてびくっと身体を竦ませ、反射的に謝りました。

「す、すまん!久しぶりに身体を動かそうと思って……」

「スミレ、もうお前は戦う必要など無いのだ。今すぐ鎧を脱げ。剣を使いたいなら、ドレスを着ていても出来るだろう?」

 スミレは何か言いたげに魔王を睨みましたが、すぐに俯いて、

「わかった……。命令を破ってすまない」

 と、素直に謝ってその場を立ち去りました。

 このとき魔王は大変イライラしていたので、なぜスミレが武装していたのか、そしてスミレにキツく当たってしまった自分に対しても、何の疑問も持ちませんでした。そして天高く手を上げると、怒りを発散すべく数度魔力を爆発させました。

「全くどいつもこいつも気に入らん……」


 またある日の夜。魔王がベッドに寝転がり、スミレが洗った髪を乾かして鏡台に向かっていた時のことです。魔王はふと疑問に思ってスミレに訊ねました。

「そういえばおまえ、昼間は何をしているんだ?」

 スミレはびくっと身体を竦め、少し考えて、曖昧に答えました。

「んーーーー……、色んなことをしているぞ」

「例えば?」

 これに、スミレは困りました。剣の練習をしていると答えたらまた叱られかねませんし、お花を活けている、などというあまりにもかけ離れた嘘はあとで苦しくなります。本当は、スミレはこっそり取り組んでいることがあったのですが、嘘にならない程度に、合間にしている息抜きを答えることにしました。

「魔界で見つけた蔵書を運んできて、読んでいる。たいてい読めない言葉だが、読める物もあったのでな。なかなか面白いぞ?」

「ふーん。他には?」

「ん……色々しているが……料理を覚えたり?考え事をしたり?工作をしたり?」

 魔王は腑に落ちない様子でした。

「本当か……?」

「本当だとも。疑うなら料理長に聞いてこい。簡単なお菓子なら作れるぞ」

 生来人間不信の魔王は、こういう時にやたらと勘が働きます。スミレが歯に物が挟まったような言い訳をするので、疑念が生まれました。

「まさか浮気でもしているんじゃないだろうな?」

「はあ?なんでそうなるんだ?考えたことも無いぞ?」

「本当か?」

「嘘なんかついてないって」

「ふーーーん……」

 魔王が不機嫌そうになったので、スミレは目一杯甘えた態度で話題を反らせることにしました。これ以上詰問されては、なんと嫌疑をかけられるか分かりません。

「そんなことどうでもいいじゃないか魔王。わたしはお前に愛される女になろうと努力することが色々あるのだ。さあ、今夜もわたしを愛しておくれ」

 そう言ってスミレは魔王の胸に飛び込みました。

「私を裏切ったら呪いをかけるぞ」

「どうぞどうぞ」


 またある日、魔王が魔界に出掛けて帰ってこない日があったので、スミレは久しぶりに全身鎧に身を包み、強い魔物を相手に剣の稽古をしました。

 かつて魔王討伐をしていた時に幾度か倒している相手でしたが、なかなか歯ごたえのある相手なので、スミレは時々この魔物と戦っていました。

「そこだ!」

 スミレの必殺の一撃が魔物の胸を裂いた時です。魔物は生命の危機を感じたので「まいった!」と声を上げました。

「ま……まさかそんな戦い方を編み出すとは……思っていませんでした……」

 スミレは肩で息をしながら剣を収めました。

「これでいけると思うか……?」

「ええ……きっと、今までのスミレ様の戦い方を知っていればいるほど、意表をつかれることと思います」

「そうか……ならば、他にも試してみたいことがある。おい!」

 スミレはそばに侍していた回復魔法を使う魔族に声をかけました。

「はい!」

「こいつに致命傷を与えるつもりでやるから、用意しておけ」

「ええ!まだやるんですか?!」

 魔物は震え上がりました。

「頼む。殺しはしないから、もうしばらく付き合ってくれ」

「スミレ様はそれ以上強くなってどうなさるおつもりですか……」

 回復魔法を受けながら、魔物はがっくりと肩を落としました。

「あいつに……。魔王に、今度こそ勝つ……。その為には、もう少し、実際に身体を動かす必要があるのだ。頼む」

 魔物は確信しました。スミレは、魔王に勝つことが出来ないとしても、確実に魔王に傷を負わせることが出来るのではないかと。

 そして二人は再び対峙しました。


 数日後の夜。魔王の腕の中で、スミレは思い切って魔王に頼み込みました。

「魔王。急だが、明日、手合わせしてくれないか?」

「手合わせ?」

「うむ……。久しぶりに、お前と戦ってみたい。……忙しいか?」

 魔王は、ふーむ……と天井を仰ぎました。

「忙しいことは忙しいが……急ぐ用事でもないからな。時間は取れるぞ?」

「そうか、ならば、頼む。それから、わたしの鎧の着用と帯剣を許してくれ」

「そういうことなら構わんが……。本格的に戦うつもりなのか?」

「ああ…………。油断だけはするな。わたしは本気で戦いたい」

 それを聞いて魔王は眉を顰めました。つい今しがた愛し合ったばかりの女の台詞ではありません。それに、瞳が本気です。「本気で戦いたい」の部分は、実に久しぶりに聞くほど、凄みのある懐かしい響きがありました。

「……よかろう。では明日、な」

「……ああ……」

 そういうと、スミレは目を閉じました。魔王は、胸騒ぎを感じて、なかなか眠りにつけませんでした。


 翌朝。スミレは白銀の全身鎧に身を包み、抜き身の大剣を携え、背中にマントを羽織りました。普段スミレは鎧にマントを合わせませんが、この日はまだ真冬。魔王は防寒の為だと思い、さして気にしませんでした。魔王はというと、いざとなったら防御魔法があるのでいつもの黒いロングジャケットに厚手のマントを羽織りました。

 場所は雪の踏みしめられた庭で行われました。庭の隅には新雪がこんもりと積もっています。

 かつてのスミレと魔王の戦いを見ていた魔物達は、二人が久しぶりに戦うというのでわくわくして集まりました。

「よし、では、始めよう」

 スミレは剣を構えました。魔王も両手を広げて魔法の力場を展開しました。

 それが合図でした。スミレは剣を振りかぶって魔王に突撃しました。魔王は難なくかわします。そして掌から数個の魔力弾を生み出し、スミレに浴びせかけました。

 スミレは剣を振り下ろした時に生ずる自分の隙を悟っていたので、魔力弾を全てかわしました。スミレの斬撃は数度魔王を捕らえましたが、大した傷は与えられません。魔王も魔法で攻撃しましたが、なぜかスミレは魔法でダメージを受けませんでした。

 何かが今までと違う。魔王はその理由を感じました。

(スミレの攻撃に魔力が宿っている……。スミレは魔力を得たのか?)

 スミレは魔王との結婚式で、魔王の魔力をわずかながら得ました。まだ魔法を使うほどではないにせよ、魔の領域を操る魔王にはそれがはっきりと見えました。そう、グロテスクで奇妙な魔界の結婚式は、お互いの魔力を交換する儀式だったのです。だからスミレは魔王の魔力で少しだけ強くなっていました。

(おもしろい……それが私と戦いたいと思った理由か……!)

 魔王は後ろに飛び退り、スミレと距離をとりました。再びスミレが突撃した隙を狙おうと思ったのです。しかし、その行動はスミレにとって待ちに待った瞬間でした。

 スミレは剣を大きく振り上げると、勢いよく魔王にそれを投げつけました。

「?!」

 切れ味のいい肉厚の大剣が魔王めがけて飛んできます。魔王はこの攻撃に面食らいました。飛び退りながらすんでのところでたたき落とすと、次の瞬間にはスミレが魔王の目の前に来ていました。そしてスミレは魔王に、隠し持っていた短剣で深く斬りつけたのです。

 この攻撃に魔王は驚きました。まるでスミレではない戦い方だと思ったのです。

 久しく味わったことの無かった激痛に魔王がひるむと、スミレはもう一太刀浴びせました。たまらず魔王は瞬間移動魔法を使って退避しました。

「貴様……」

 話している余裕はありませんでした。魔王は何も無い空間から魔法で長剣を取り出しました。魔界で魔王が使っている愛用の魔剣です。

(これをこいつに使うことになるとは)

 この隙にスミレは先ほど投げた大剣を回収し、構えました。

 魔王は魔法しか使わないわけではありません。本当は剣も鈍器も弓矢も一通り扱えるのです。しかし、本気で殺すつもりにならなければ持ち出さない物でした。

 魔王もスミレも同時に地を蹴り、刃と刃がぶつかりました。しかしスミレにはまだ隠していた手があったのです。斬撃の合間に彼女は小さなナイフを投げました。一本や二本ではありません。スミレは鎧のそこかしこに暗器をいくつも忍ばせていました。それがバレないようにする為に、マントを羽織ったのです。

「こしゃくな!!」

 魔王は本気で怒りました。かなり強い魔法でスミレを吹き飛ばすと、スミレに斬撃を与え転倒させ、力任せにスミレの腹部に剣を突き立て、鎧を突き破って刺しました。

「ぐあああ!!」

 勝負は決まりました。魔王は肩で息をし、剣を引き抜きました。スミレの傷口から血が溢れ出しました。

「………」

 魔王は苦しむスミレを、敵を見るような目つきで見下ろしていました。とてもこの女が自分の妻には思えませんでした。

 すぐさま回復の得意な魔物がスミレと魔王に駆け寄り、回復魔法をかけました。

「貴様……今まで私に隠れてこんなことを考えていたのか?」

「倒せると……思ったんだがな……」

 回復魔法で痛みが引いてきたスミレは、力無く笑いました。やはり魔王には勝てない。そう思っても、魔王に攻撃が届いただけでもスミレは誇らしく思えました。

 魔王は破れた服を弄ると、不意におかしくなってきて高笑いをあげました。自分の服が破れている。しかもボロボロになっている。こんなことは何年ぶりでしょう。こんなに本気で戦ったのは何年ぶりでしょう。そして、相手はあのか弱かったスミレです。笑いが止まりませんでした。

「面白い!やはり貴様は面白い!ふはははは!私に隠れてこんなことを企むとは!」

 ひとしきり笑うと、魔王はわくわくしてきました。

「また私に挑むがいい。貴様に殺されるならこんなに愉快なことは無い。また私を楽しませてくれ。二度は同じ手は食わんがな」

「ならば、わたしの武装や剣の鍛錬を許してくれるか?」

 スミレのこの戦いの意図はここにありました。どうしてもまた剣の道を極めたかったのです。その為には魔王を納得させる理由がどうしても必要でした。

「よかろう。許す。くっくっく……。まったく、退屈せんわ」

 ギャラリーはわあっと拍手をしました。


 次の日から、スミレは度々剣の稽古をするようになりました。その瞳は、とても輝いていました。

「やはりわたしは身体を動かしているほうが性に合っている。次こそは魔王に勝ってみせるぞ」

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