第8話

 食事を食べ終えた僕達はのんびりと遊園地内を歩いた。

 今日は土曜日だというのに人が少なくて歩きやすい。

 大抵のアトラクションに並ばずに乗れるのは良かった。

 流石に人気のアトラクションは三十分ほど並んだけど、それでも普段と比べれば空いている方だ。

 千葉にあるテーマパークほど大きくは無くて、お客も少ない遊園地だが、ここまで人が居ないのは珍しい。


「次はどうしようかしら?」


 先頭を歩く鬼塚さんが後ろを振り返りながらそう問いかけた。

 僕としては絶叫系も含め色々なアトラクションを既に楽しんでいる。


「もう結構周りましたね」


 他に何があっただろうかと思案をめぐらせていると、僕の更に後ろにいる六芽さんが手を挙げた。


「私はそろそろあれかなぁ、と」


 そう言って指差したのは様々なアトラクションの中で一、二を争うほど目立つ大きな輪。

 遊園地と言えばこれ、とも言えるアトラクション。

 カラフルなゴンドラが輪を描く観覧車だ。


「あぁ、なるほど」


 そう言えばまだ観覧車には乗っていない。

 あの高さには正直ワクワクしてしまう。


「……そう、もういいのね?」


 そんなワクワクした僕とは対照的に蓮さんは緊張の面持ちで六芽さんにそう聞いた。


「うん。もう大丈夫」


 そう答える六芽さんの表情も普段の笑みがない。

 明らかに何かを感じる二人のやりとりに僕にも僅かに緊張が走る。


「あの、いったい何があるんですか?」


 僕の質問への返答は端的だった。


「見ればわかるわ」


 そう言って鬼塚さんはまた歩き出す。

 

「そう言えば、日景君は高いところは平気なのよね?」


 歩き出した鬼塚さんは随分と今更な質問を、思い出したようにしてきた。


「えぇ。絶叫系も好きですし」

「そう、それじゃあ透明なゴンドラに乗るわ」

「はい」


 ゴンドラはカラフルでいくつかの色があるが、そのうちの一つに透明なゴンドラというものがある。

 

そのゴンドラは座席以外の壁や、床が透明で高く上がっていくゴンドラの真下を見ることができる。

 

一番上まで上がった時の眺めは絶景だが、透明な足元は恐怖心を煽るため好き嫌いが分かれることが多い。


「怖いなぁ」


 そう言う六芽さんだがこれまでもいくつかの絶叫系に乗ったがとても楽しそうだった。


 ジェットコースターなどと違って爽快感の少ない観覧車にそれらとは違う恐怖心があるため、言いたい事はとてもわかるけれど。

  大きく見える観覧車も近づこうとすると遠い。


 十分ほど歩いてその乗降口にたどり着いた時には、観覧車はより一層巨大になっていた。


「ここも空いてますね」


「そうね。透明なゴンドラは並ぶ列が違うからこっちよ」


 そう言って鬼塚さんが少ない人の列に並ぶ。

 透明なゴンドラ十分の一程度の数しかないが、そもそも全体で並んでいる人が十数人程度だ。

 僕達の順番はすぐに回ってきた。


「ねぇ、日景君」


 そしていよいよゴンドラに乗り込もうとした時、鬼塚さんは僕達の方を振り返った。


「はい、なんですか?」


 首を傾げる僕と視線を合わせた鬼塚さんは、一瞬だけ僕の後ろにいる六芽さんに目線を晒して、そしてまた僕の目を見た。


「……覚悟、しておいてね」


 そう言って鬼塚さんは案内されたゴンドラに乗り込む。


 その意図を問う間も無く流れていくゴンドラに僕も乗り、そして六芽さんが続いた。

 軋む音を上げるゴンドラ。


 鬼塚さんと六芽さんは隣に並び、その正面に僕が座る。


「あの、さっきのって」


「まぁ、外でも見てなさいな」


 落ち着いたところで先ほどの言葉の意図を聞こうとしたが、鬼塚さんはそう言って窓の外を眺めていた。


 腑に落ちないものを感じながら僕は言われた通りに外を眺める。

 徐々に上がっていくゴンドラ。


 横目に見た六芽さんは俯いて足元を見て顔面蒼白になっていた。


 暫くの間沈黙が続き、僕達のゴンドラが全体の半分ほどの高さになった頃、鬼塚さんが数秒瞑目して、こちらに視線を向けた。


「今日、どうだったかしら」


 そう問う鬼塚さんの表情は硬い。

 質問の意図はやはり読めないが、率直に感想を返す。


「ええっと、楽しかったですよ」


「そう、ところであっちは駐車場ね」


「そうですね」


 鬼塚さんが視線を向けた先を見ると車で来園した人達が駐車する、駐車場が目に入った。

 カラフルな車がほとんど空きがないほど所狭しと並んでいて、まるでおもちゃを並べたジオラマのようだ。


「どう思うかしら?」


 鬼塚さんの質問の意図は相変わらず読めない。


「すごい車の数だなぁ、と」


 僕の返答に鬼塚さんは一瞬目を逸らし、そしてまたこう言った。


「……そう。色々なアトラクションを回ったわね」


 何かを言いたそうに、けれどその言葉が喉に詰まっているような、そんな遠回りな言い方だ。


「はい」


 けれど僕がそう返事をすると、鬼塚さんは数秒押し黙ってそして小さく首を振った。


「……いえ、そうね。ごめんなさい、日景君」


 そして出てきたのは謝罪の言葉だった。

 

 鬼塚さんの意図を汲み取れない僕に呆れられたのかと思ったが、そうではないようだ。


「どうして謝るんですか?」


「今日、私は貴方の質問にほとんど答えなかったでしょう?」


 鬼塚さんの言葉は続く。


「申し訳ないとは思っていたの。でも、でもね」


 そしてまた一瞬言葉に詰まって、こう言った。


「……怖かったの」


「怖い?」


「ええ、貴方も怖い話を自分でしている時、自分自身の背中にゾワゾワとした怖い感覚を感じること、あるでしょう?」


「確かに、ありますね」


「私もそれだったの。今まさに感じているこの恐怖を、口に出すのが怖かったのよ」


「あの、いったい–––」


「ねぇ、日景君–––」


「–––あんなにいっぱい止まっている車の中の人は、いったいどこに行ったのかしら?」


 そう言われて、ほんの数秒考えた。

 そして僕はハッとして自分の足元を見た。

 たった今まで眺めていた景色。

 

 その違和感に気がついた時、確かに僕の背中にもゾクゾクとした衝撃が走り、全身に鳥肌が立って、嫌な汗が湧き出した。


「……人が、いない」


 僕がそう呟くと、鬼塚さんは少し青ざめた真剣な表情で頷いた。


 そう、人がいなかった。

 遊園地全体に、ではない。


 この観覧車を中心に半径百メートル程の範囲で、円を描くように、人が圧倒的に少なくなる境目があった。




 僕達の近くだけを、明らかに人が避けていた。




 

「これが私達に、いえ、正確には譜巴に今起こっている異変。譜巴は殆ど全ての人に避けられている。それも無意識に、少しずつ、遠くにね」

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