《完結》愛してる、黒歴史も全て

@Dot-J

第1話 『婚約者が出来ました』



 とある邸宅の素敵な中庭に白いテーブルとお揃いの椅子。テーブルの上にはお菓子と果物を搾ったジュース、辺りを見回せば庭師によって整えられた薔薇園と、それの周りを飛び回る青い小鳥が二羽。


 今日は伯爵令嬢と侯爵令息が初めて顔会わせをするために用意された茶会である。何故顔合わせをするのかと言えば、両家の親によって縁談をまとめられたからなのだが…


 目の前に座る侯爵家嫡男、アイクはソワソワしながら言い放った。


『俺…好きな子がいるんだ』


 これから婚約者としてよろしくね!という挨拶に来た私に対しての予防線を張ったのだろうか。一瞬身構えたが、アイクは頬を染めながら想い人について語り始める。


『ひ、一目惚れで…その子は妖精のように美しくて花のように可憐で…その子の隣に居るのは俺でありたいと思ったんだ』

『まぁ』

『ほっぺたはぷっくりしていて、愛らしくて⋯つつきたくなる程だし、手を繋いで歩きたい…あと、その子の笑みは俺だけに向けてほしい』


 これはベタ惚れじゃないか。お互いに5歳という年齢ではあるが、アイクは一目惚れという奇跡の体験をし、私は恋愛物語をこよなく愛している。マセた子どもだ、とお兄様には揶揄われるが好きなモノはしょうがない。


 そう、しょうがないのだ。


 アイクの一目惚れもしょうがない。私を愛することは出来ないぞ、という嫌味を含めたわけではなく正直に思いを打ち明けてくれただけ。後ろに控えている使用人はクスクスと笑っているが私に対してではなさそうで…


『その子の名前は───』

『いいですわ』

『…へ?』

『アイク様の恋、私が実らせてあげます!』


 恋に障害は付き物。むしろあった方が燃えるでしょう。アイクに婚約者が出来た事で、もし相手が私のようにマセた子どもならば焦りを見せるかもしれないし、そうでなくても間近で見せ付けてやればその内目覚めるかもしれない。


『…え、え?』

『アイク様、しばし…耐えるのです』


 そうすればいずれ、真実の愛を手にすることが出来るのですから!





 こうして私、セシルとアイクの初顔合わせはアイクの恋を応援し隊の結成をする事で無事に終了した。

 応援し隊のメンバーは私と、アイクの後ろに控えている侍女だ。私が目配せすると彼女はウインクして親指を立てていたからメンバーとして数えても問題はないだろう。





 あれから何度も顔合わせという名目で茶会を開いている。父や母に真実の愛とは何かを聞くと、二人は困ったような顔をして心配してきた。


『彼とは合わないのかい?』

『とても綺麗な顔をしているじゃない』


『お母様、真実の愛に見た目など関係ないのです。この絵本をお読みくださいませ。ほら、こんな怪物でも姫は心の優しさに惹かれて結婚するのです!』


 真実の愛とは…そう、心の目で相手を見極めること…。両親からの回答を貰う前に分かってしまう自分の優秀さに目眩がする。


『今日はアイク様にレディーが喜ぶプレゼントの提案をしようと思うの!』

『セシルは何が欲しいんだい?』

『私の欲しいモノでは参考になりません。私が欲しいのはトカゲの尻尾ですもの』

『な、なんでセシルちゃんはトカゲの尻尾がほしいのかしら?』

『切った後も動くのか気になるから!』


 うねうねしてたら面白いわよね。そう言い残して外へ出て行く。馬車の準備は整っているはずだし、アイクの邸宅までの道のりでトカゲが居たら捕まえないといけない。



『侯爵家が是非に、と言ってくれたんだが…あの子で大丈夫だろうか?』

『ご令息がセシルちゃんに一目惚れしたから、という理由ですし…やんちゃな姿が魅力的に感じたのかもしれないわ』


 そんな両親の心配や衝撃的な事実を聞くことのない伯爵令嬢は馬車の窓から顔を出してトカゲを探していた。


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