第20話 ラスターの秘めた怒り
フェンリル艦長ラスター・フォアは初めてフォルテ基地を訪れた。この基地が建設されたのは彼がフェンリル建造の為、月を離れている間のことだった。ラスターを乗せたシャトルはルナティック格納庫に降りた。
今回は一時的に立ち寄っただけで、基地の仲間たちへの挨拶は正式に配属されてからするつもりでいた。
ラスターは誰にも気付かれずに司令官室へと続く通路に入ろうとしたが、かつての英雄が醸し出すただならぬ雰囲気を隠し切ることは出来ず、作業中のメカニックや待機中のパイロットたちに気付かれ、吸い寄せられるように集まってきた彼らに囲まれてしまった。
「ラスター上級兵殿!お帰りなさい!」
「これからは、ずっと居てくれるんでしょう!」
「あなたの機体、修理してあります!いつでも飛べます!」
興奮する隊員たちに対してラスターは「まあ落ち着け」という素振りをしながら、簡単な挨拶をした。
「まだ正式じゃないんだ。あともう少しだけ待ってくれ。その時ちゃんと話をする。だから今は開放してくれ」
伝説のエースパイロット『ラスター・フォア』を、映像でしか見たことのない若い隊員たちは、キラキラした眼差しをラスターに集中させた。ラスターはその視線を背中に感じながら司令官室に向かった。
塵ひとつ落ちていない通路は、まぶしいくらいに明るかった。
司令官室に入ると、基地司令官のヴァイス・コンとルグラン・ジーズ、そして、カールグレイ・アロウが待っていた。カールは敬礼して出迎えた。ラスターはそれに対し、敬礼ではなく歩きながら微笑で応えた。ルグランは腕を組み壁に寄り掛かったまま動かなかったが、一瞬だけラスターと視線を合わせ笑顔を見せた。ヴァイスは机の前に出てきて、ラスターと握手を交わした。
「ラスター・フォア。変わってないな」
「ヴァイス・コン、お前は偉くなったようだな」
「面倒なことを押し付けられただけだ」
「いや、ふさわしい場所に収まったのさ」
「みんな調子のいいことを言う。話したいことはいろいろあるが、それは後にするか。アスカに会いに行くんだろ?」
「六年ほったらかしたからな。急にオーリーに行ってしまった事と、結婚式に出られなかったことを謝りに行かないと」
「すごく怒ってた。お前の話題を出すだけで不機嫌になってた。一年くらいは収まらなかったよ」と、ルグランが口を挟んだ。
「悪かった。たとえ殴られても文句は言わない。それでヴァイス司令官殿、非武装機を貸して頂きたいのですが?」
「許可しよう、ラスター・フォア。うちの機体の整備は完璧だ」
「ヴァイスには世話になってばかりだな。先に言っておくが、これからも世話になる。覚悟しておいてくれ。今日中には戻るよ」
ヴァイス司令との話が終わり、ラスターとルグランは部屋を出ようとした。カールは二人を見送るついもりでいたが、ルグランに「さあ、カール。行くぞ」と言われ、自然な流れで着いて行くことになった。
三人はパイロットスーツには着替えず、制服のまま非武装のルナティックに搭乗しアースゲイザーを目指した。ルナティックのロケット推進なら、ムーンモービルで数時間掛かる道のりを数分で飛び越えてしまう。
アースゲイザーがそこにある証である、陽光を弾き輝く湖のような、幾つものガラスの天井が見えてくると、上空と周辺を行き交うシャトルの数が増え始める。アースゲイザーは地球との交流が活発で、地球からの来客が多い。
民間のシャトルに混じって黄金色の小型オービットがアースゲイザー上空を飛行している。異彩を放つこの機体はアースゲイザーの防衛と治安維持を司るアースゲイザー守備隊『アースライト』の所属機で、常時、数機がアースゲイザー上空を巡回飛行し警備している。
アースライトの評判は良くない。よそ者に対して威圧的な態度をとる事があり、特に、ルナティックに対しては過剰な敵対心を見せることがある。カールがその洗礼を受けた。
宇宙港に降りようとするカールたち三機の進行方向に、アースライトの一機が急激に軌道を変えて衝突コースに入ったきた。カールは機体を急上昇させ回避した。
挑発を受けたと感じたカールは頭に血が上り思わず「危ないだろ!」と怒鳴ってしまった。だが、アースライトの挑発行為に慣れているルグランに「カール、やめておけ」と抑えた声で諭され、すぐに頭は冷えた。
カールは気を取り直して、何事もなかったように飛んでいくルグランとラスターの後を追った。
「評判が良くないって聞いてたけど・・・」
カールは吐き捨てるように言った。
アースゲイザー上空は常に混雑している。利用できる宇宙港は九ヶ所もあるが、すんなりと降りれる場所はどこにもなく、三機は警備の厳しい中心部に近づかないよう外周部をゆったり飛びながら管制官の指示を待った。港に降りるまで十分以上も待たされた。
整理縮小されたルナティック専用のエアポートに誘導され、さらにガラガラの到着ロビーで待たされた挙句に、やっと市内に入ることができた。居住区まではハイウェイをタクシーで移動する。タクシーはすぐに拾えた。
広大な地下空間に広がる超巨大過密都市アースゲイザーを移動するのには、街を見下ろす高さを走るハイウェイを利用する。昼夜を問わず交通量は多く、渋滞することも珍しくはない。
ハイウェイを走っていると視界を遮るものはほとんどなく、見晴らしはかなり良いが、アースゲイザー中心部に聳える市庁舎ビルが近付くと、その威容が視界を遮る。
ちょうどその時、市庁舎ビル外壁に貼り付けられている巨大スクリーンに現アースゲイザー市長がリン・ライオが現れた。
スクリーンにはいつもなら市の広報動画やテレビニュースが流れているが、市長選挙を控えた今は、リン・ライオの演説動画が頻繁に流されていた。
カールたちのタクシーが市庁舎ビル脇を通り抜けるまでの間、リンの演説動画を否が応でも見る羽目になった。この距離で見るのはかなりの迫力で、リン市長の眼差しは威圧的に感じられた。カールはそれを眺めながら「あのおばさん嫌いです。目が強すぎます。怖いんですよ」と、独り言のように言った。それが聞こえたルグランは「聞こえるように言ってやれよ。あいつのせいで俺たちはこの街を追い出されたんだ
。ルナティックが嫌いだというだけでだ」それを聞いてカールは、目が覚めたように身を乗り出した。
「その話って本当なんですか?確か正式には基地の施設が老朽化したから移転したって聞いてますけど?」
「表面的にはそういう事になってるが、実際はリンが権謀術数を駆使して俺たちの居場所を奪ったのさ。基地施設は健在さ。上でも下でも基地の施設はアースライトが使用中だ」
「あの人、目が怖いだけじゃないんですね。根っこからの怖いおばさん・・・」
カールとルグランが話していると「リンは俺たちの敵になる。必ずな」と、ラスターが唐突に言った。意味深な言葉は、二人の会話を途切れさせた。
「敵って・・・、大袈裟ですよ」
そう言いながらカールは、視線を遠くに向けた。リン・ライオの演説はまだ続く。あの威圧的な眼差しが、カールたちを追いかけているような気がした。
街の喧騒が届かない居住区エリアには中流階級の人たちが暮らす。ルグランは以前、歓楽街の真っただ中にある高級住宅街で暮らしていたが、アスカとの結婚を機に、ここへと移り住んだ。「質素で静かな生活を送りたい」というアスカのたっての希望だった。
玄関の扉が開くと、ルグランの息子のラッシュが飛び出してきてきて、ルグランの足にしがみついた。
「よう、チビ。いい子にしてたか?」
ルグランがラッシュを抱き上げると、ラスターの視線と同じ高さにラッシュの顔がやって来た。ラスターはラッシュと目が合い、丸く幼い顔をよく見ることが出来た。初対面だが、オーリーに送られてきた数え切れないビデオメッセージで何度もお目にかかっていて、ラスターからすれば顔見知りも同然だった。
「やあ、ラッシュ。はじめまして。俺はラスター・フォア。会えてうれしいよ」
ラスターが挨拶すると、ラッシュは恥ずかしくなったのかルグランの肩に顔を埋めてしまった。カールもラッシュをよく見たかったが、見えなかった。以前来た時には出会えず、カールにとっては正真正銘の初対面だった。
続いてアスカが現れ、ラッシュの顔を覗き込もうとしているにラスターに「どちら様?」と意地悪な感じに話しかけた。するとラスターはバツの悪そうな表情を見せながら、アスカの方に向き直り弁解を始めた。
「少し老けたかもしれないが、そんなには変わってないだろ。君の幼馴染のラスター・フォアだ。思い出してくれたかな?結婚式に出れなくてすまない。謝りに来たんだ」
言い終わると、ラスターは軽く頭を下げた。そんなラスターにアスカは歩み寄り、顔を見上げると腕を振り上げた。そして「ラス、お帰りなさい」と言って笑うと、振り上げた腕でラスターの頭をなでた。
カールは、二人がそんなやり取りをしている間にラッシュの顔が見たくて色んな角度から覗き込んでいたが、ラッシュはルグランの肩に顔を埋めたままで、見せてくれなかった。
家に入ると、アスカとルグラン、ラスターはテーブルを囲み、すぐに三人だけの世界に入り込んだ。それぞれが六年間、どう過ごしていたのか何を思っていたのか互いに話を引き出し合い、笑い合った。
三人の会話に入り込めないカールはどうしようか迷って、口笛を吹いてキョロキョロしながらリビングをうろついた。そうこうしているとラッシュがやって来た。カールはやっと、ラッシュの顔を見ることが出来た。ラッシュはルグランがそのまま小さくなったような顔をしていた。
ラッシュはカールの傍にやってくると、袖を引っぱった。「ん?」という表情をするカールを、ラッシュは無言で、リビングの片隅に設置されてる子ども用ルナティックシミュレータまでカールを引っ張ってきた。以前に来た時には一台だけだったシュミレータがもう一台追加してあり、対戦が可能になっていた。
ラッシュは何も言わずシミュレータに座り、無言で何かを待った。カールが「対戦したいの?」と聞くと「うん」と頷いた。
「よし、軍の次期エースの操縦技術を披露しよう!」
対戦が始まると、シュミレータに慣れているラッシュが予想以上の動きでカールを翻弄し、驚くほどの正確な射撃でカールを攻め立てた。
カールはラッシュの猛攻をなんとか凌ぎ続けたが、遂に撃墜されてしまった。
「うっ!」
視線を横に移しラッシュの様子を窺うと、勝ち誇った笑顔がカールを襲った。
「つっ、次!」
ステージを変えて第二戦が始まった。結果は変わらず、カールは二連敗した。
三戦目もすぐに始まった。シミュレータに慣れてきたカールは本気になり、好ゲームを繰り広げた挙げ句、大人げなく勝利してしまった。
「よし!」
カールは思わずガッツポーズを繰り出した。が、すぐに過ちに気付いた。嫌な予感がして、隣で黙り込んでいるラッシュの様子をおそるおそる窺う。すると瞳に涙が溢れ口元がみるみる歪んでいき、肩が震えだす。
「ラ、ラッシュ?」
カールが話し掛けると、ラッシュは飛び上がりそうな勢いで席を立ち、ルグランたちの方へ走っていった。
ルグランは泣きながらに飛びついてきたラッシュを抱き上げ、慰めた。
「ラッシュ、負けたのか?しょうがないだろ、カールは俺の相棒なんだ。簡単に勝てるわけないんだよ。次は頑張れ。なっ!」
ラスターはカールの方を見て「手加減しろよ」という目をして非難した。
アスカはラッシュの頭をなでながら「良かったね、遊んでもらえて」と優しく声を掛けた。
カールは「あの・・・、二勝一敗です。ラッシュの」と弁解したが、みんなラッシュをあやすのに夢中で聞いてくれなかった。
だが、それはどうでもよくなった。ラッシュはすぐに笑顔になり、ここにいるみんなが笑う幸福な瞬間に出会えた。
この光景はカールにとって一生忘れることのない、かけがいのない思い出になった。
ヴァイスに「今日中に帰る」と約束したことを誰も忘れてはいない。ラスターが横目で時計を見た。フォルテに戻らなくてはならない時間が来た。
そんな時、通信が入った。相手はアスカの実兄、アンディ・ヤシンだった。通信が入ってすぐ、テレビモニターに流れていた環境映像が切り替わりアンディが映し出された。
映像で繋ぐのは双方の了解を得てからというのがマナーだが、アンディはそれを無視した。アンディは何かの資料を確認しながら話し始めた。
「ルー、帰ってるんだろ?これから支持者を集めて集会を行うんだ。応援に来てくれないか?」
物を頼むような態度ではなく、命令に近い口調だった。ルグランが断ることがないのを知っているアスカは、ルグランが調子よく返事をしてしまう前に立ち上がり先手を取った。
「残念でした!ルーはもう基地に戻るの。だから集会になんか出ない。票集めはご自分でどうぞ!」
アンディは、アスカの声が聞こえずアスカ自身のそこに居ないかのように話を続けた。
「ルー、出来れば早いほうがいい。待ってるぞ。この街の未来のために・・・、ん?」
アンディはここで、ラスター・フォアの存在に気付いた。アンディは嫌な感じのする笑みを浮かべた。
「ラス?ラスじゃないか!久しぶりだな、生きていたのか。六年も姿を見せないから死んでいるんじゃないかと思っていたよ。信じられないかもしれないが、僕は君の事を心配して何度か涙を流したんだ。無事で何よりだ。とても嬉しいよ。それにしても懐かしいな。最後に口を利いたのは十年以上前だったかな?ラス、君の美声をまた聞かせてくれないか?」
薄笑いを浮かべながら捲し立てるアンディにラスターは無反応だった。
「そうだ、君も一緒に来てくれないか?二人の英雄が揃うとなればニュースになる。すべてのテレビチャンネルでライヴが始まる。いい宣伝になる。僕の票集めに一役買ってくれ。僕が勝てば君たちみんなが幸せになれるんだ」
アンディの嫌味っぽい口調に、ラスターは表情を変えずに「断ってもいいんだろう?」とだけ言った。
「そうか、残念だ。まあいい。言ってみただけだ。そもそも来てくれるなんて思ってない。次に口を聞いてくれるのはまた十年後かな?それまでさらばだ。愛しい友人」
ラスターは無反応だった。
「それじゃ、ルー。待ってる」
アンディがモニターから消えようとする瞬間、奥の部屋からアンナが飛び出してきてテーブルの上の飲みかけのコップを手に取り、モニターに映るアンディに向け投げつけた。そして 「アンディのばか!早く消えろ!」と、怒鳴りつけた。モニターの向こうのアンディは反射的に身をかがめた。
その光景にカールは「また!?」と、人知れず驚いた。
モニターの向こうのアンディも「またか!」と、声を荒らげ「まったく!」と言い残して、モニターから姿を消した。
アンナはすぐに部屋に戻ろうとしたが、この騒動に動じないラスターと目が合って、その場に立ち止まった。
ラスターはすかさず笑顔を浮かべ自己紹介をした。
「君がアンナだね。アスカの幼馴染でルーの友だちのラスター・フォアだ。よろしくね」
それに対しアンナは「知ってる」と言い残して走り去った。すぐにドアの閉まる音がした。
静寂が訪れると、アスカは不満な表情をルグランに向けた。ルグランは肩をすくめた。
「どうしてアンディの言いなりになるの?」
「アスカ、そんな顔をしないで・・・。言いなりになんてなってない。ただアンディに勝ってほしいだけなんだ。アンディが勝てば俺たちはこの街に戻ってこれる。フォルテとこの街を行ったリ来たりしないで済むんだ。俺はアスカとチビたちの近くにいたい」
「だけど・・・」
「あとちょっとだよ・・・」
ルグランはアスカの頬に手を添え、優しくなでた。
「で、そういうことになった。二人とも先に戻っててくれ。すまない」
ルグランはカールとラスターにそう告げると、ラッシュを高く抱き上げ「いい子にしてるんだぞ」と言い聞かせた。ラッシュは「うん」と返事をした。
「じゃ。あとは頼む」
ルグランは出ていった。
思い通りにならなくて悔しさがこみ上げるアスカは、泣きそうな顔をラスターに向けた。
子どものころ何度か繰り返された光景を、ラスターは思い出した。
「宇宙港でルーを待つよ」
アスカの頭をそっと撫でながら、ラスターは
優しく言った。
「また来てね」
「ああ、すぐにまた来れると思う。その時はもう少しゆっくりさせてもらうよ。ルーは大丈夫さ。俺とカールがいるんだ。心配するな」
カールはアスカの視界にさりげなく入り、軽く頷いた。それを見たアスカに笑顔が戻った。
「そうね。頼りにしてる」
「じゃ、俺たちも行く」
「お邪魔しました!」
「ごめんね、カール。またこんな事になって。ラッシュ、カールにお礼を言って。遊んでくれてありがとう、って」
アスカがそう促したが、ラッシュはふてくされてそっぽを向いてしまった。
「帰る前に、ちょっといいか?」
そう言いながらラスターはしゃがみ込むと、ラッシュに顔を近づけてから勢いよく抱き上げた。ラッシュは怖がること無く、しがみつくようにしてラスターの胸に収まった。
「ルーがビデオメッセージで言ってたろ。早くラッシュを抱きに来いって」
「言ってたね・・・。今度はルーがいる時に抱いて見せてあげて」
「必ずそうする」
この時、カールとラッシュがラスターの背中越しに目が合った。カールは精一杯微笑みかけてみたが、ラッシュに睨み返されてしまった。
「ははは・・・」
カールは苦笑いするしかなかった。
街の照明が赤くなり、もうすぐ夜がやって来ようとしている。
カールとラスターは、アスカとラッシュに見送られ帰路についた。カールは途中で立ち止まり振り返って、ラッシュに向け「ラッシュ、またね」と声を掛けた。ラッシュはそっぽを向いてしまったが、手を振ってはくれた。
アースゲイザー南側居住区に近いアリーナでアンディの選挙演説が始まり、収容人数五万人のスタンドに詰めかけた支持者たちが主役を拍手で迎えた。
壇上に現れたアンディは笑顔を絶やさず、時折遠くを見たりしながらその方向に手を振り、支持者の声援に応えた。
「みんな、ありがとう。こんな僕のために集まってくれて。リンの独裁からこの街を開放するための闘いは始まったばかりだ・・・!」
演説の内容はいつもと大して変わらないが、今回は途中で区切り、少々わざとらしい演技で周囲を固めるスタッフの方に目を向けた。すると、スタッフを押しのけルグランが現れた。事前に打ち合わせた小芝居がはじまった。
「ルー?来てくれたのか!」
「集会をしているって聞いて、駆けつけました。お邪魔でしたか?」
マイクに声が入る位置まで来て、照れくさそうにしながら話すルグランに、観衆は沸き立った。
宇宙港ロビーに戻ってきていたカールとラスターはソファに腰を下ろし、ライブ中継をしているテレビモニターでルグラン登場の様子を見届けた。
「すごい人気ですね」
カールが呟くように言った。
「そうだな」
ラスターも呟くように応えた。
「アンディさん、勝てるといいですね。そうすればフォルテのみんなはこの街に戻れるんですよね。俺はグレイロビー住まいなんで関係ないですけど」
カールの何気ない言葉がラスター何かに触れた。ラスターは抑えきれなくなったように話しだした。
「こうなると分かっていたら六年も月を離れはしなかった。アンディが自身の力で市長を目指すのなら構わない。邪魔をするつもりはないし好きにすればい。自分の力で市長の座を手に入れたのなら、その権力を存分に振るい野心を満たせばいい。結果どうなろうが俺の知ったことじゃない」
話し続けるラスターの中で、怒りとも焦りとも似た何かが満ちていくのをカールは感じとった。
「アスカとルーを引き合わせたのは俺だ。結果的にアンディとルーを繋げてしまった。アンディは分かっていない。これがどんな結果を導くか・・・」
「先輩、あの・・・、何ていうか、考え過ぎですよ。きっと」
カールはそう言葉を返すのが精一杯だった。
「そう願いたい」
ラスターは力なく笑った。溢れかけていた怒りも、力を失い収まっていった。
ルグランを待つと言ったが、ルグランがアンディに解放されるのがいつになるかは分からなかった。
「朝までかかるかもな・・・」
「待ちますよ、朝まで!」
「なら暇を潰さないとならないな。カール、何か話してくれ。そうだな、お前の武勇伝でも聞かせてくれ。聞いたぞ。ギルドのルナティックに蹴られたんだろ?」
「その話は・・・!」
「聞かせろよ」
「ええ、いいですよ・・・」
カールは苦い記憶を呼び覚まして、できるだけ事実に即しつつも若干の脚色を加え、可能な限りプライドを保てるように工夫して話した。ラスターは真面目に聞いてくれていたが、何度か吹き出しそうになっていたのを、カールは見逃さなかった・・・。
二時間ほど経った。いつの間にかカールとラスターは黙り込んでいた。
アースゲイザー宇宙港は常に人が多いが、この時は珍しく人の数が減り、滅多に無い静けさが漂っていた。そんな閑散としたロビーに靴音が響いた。
カールはルグランが来たと確信し、その姿を見ないまま「隊長!」と言って立ち上がった。
カールが確信した通り、ルグランがやって来ていて目が合った。
ルグランは呆れたような様子を見せた。
「お前ら、先に戻れと言ったのに・・・」
ラスターが徐に立ち上がった。
「カールがお前と一緒じゃなきゃ帰らないって駄々をこねるんだ」
「そ、そんなふうには言ってません!」
からかわれたカールは真っ赤になって反論した。そんなカールとラスターのやり取りに、ルグランは安心した様子を見せた。
「よっぽど暇なんだな・・・」
ルグランはそう言いながらカールの傍にやってくると、カールの髪の毛をクシャクシャにした。カールは嬉しそうだった。
「正直言うと、今日はちょっと疲れたんだ。よかったよ、待っててくれて」
「隊長を置いていくなんて考えられませんでした」
「さて、戻るか」
ルグランとラスターは肩を組んで歩き出した。
カールは歩いていく二人の背中を見て頼もしく感じたが、ルグランの疲れた表情とラスターの言葉が相まって、言いようのない不安に駆られた。
カールは「さあ、戻りましょう!」と、ロビーに響き渡る程の声でそう言って、漠然とした不安を振り払った。
「帰りは俺が先導します!隊長!先輩!遅れないでください!」
三人が帰投する少し前、フォルテ基地、インテンション、及び全軍に向けて不吉なニュースがもたらされた。
『グレイロビーに駐留するスワール隊が作戦行動中に正体不明機の襲撃を受けた模様。最新の情報に依ると荷電粒子ビームランチャーが使用されたらしく、被害の程度は現在確認中。全軍、警戒せよ・・・』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます