第15話 ひよっ子カール
六年前、軍に配属されて二年目のラスター・フォアとルグラン・ジーズ両一般兵は哨戒任務中、正体不明の謎の機体に遭遇した。
「ルー、気付いたか?」
いつもの哨戒任務で、暇をつぶすためだけのの会話の最中、ラスター・フォアは緊張感を一気に高めた。その緊迫感は僚機のパイロット、ルグラン・ジーズには伝わらなかった。
「ルー、センサーの感度を上げてみろ。上になにかいる」
「漂流者でもいたか?」
ルグランは言われるままに従うと、すぐに状況を理解した。
ルナティックのセンサーが、何もないはずの虚空に何かがいると訴えかけてくる。広い範囲がロックオンサイトで囲まれ、何かに反応してすぐ消えた。姿を見せない何者かが、そこにいる。
「もしかして、アイツ、じゃないのか?」
「アイツ?」
「黒いルナティック・・・」
「あれは噂だろ」
「俺は噂じゃないと思ってる」
「根拠は?」
「そこにいるだろ?」
「だとしたら、俺達は狩場に入り込んだ」
「今、撃たれるかもな」
「マジかよ・・・、やり過ごせないか?」
「どうだろうな」
「ラス、どうする?」
「仕掛けるべきだ」
「敵の性能は分からない。そんな奴相手に俺たちでやれるか?」
「見逃がしてもらえる保証はない」
「やるしかないってことか?」
「ルー、付き合え。お前を死なせやしない」
「ラス、当てにしていいのか?」
「ああ!」
「じゃあ・・・、行くか!」
ラスターが射撃体勢に移り、ルグランは急加速しつつコースを変えた。これで謎の機体に戦闘の意思が伝わり、狩るつもりなら必ず撃ってくる。
ラスターが勘だけを頼りに、マニュアルモードに切り替えたライフルで三発放つ。それは全弾、命中することなく暗闇に消えたが、即座に反撃があり、射撃の光が暗闇で閃いた。
「やっぱり、いたな!」
ラスター機が肩に担いでいた拡張レーダーユニットが撃ち抜かれ破壊された。残骸はすぐに捨てる。
今の撃ち合いで戦闘データが蓄積され、敵の位置の予測精度が微妙に上がる。更に、走り抜けた弾丸の発射位置と弾道をルナティックのセンサーとカメラが捉え、その映像をスクリーンに描き出す。敵は思ったよりも近くにいる。
「思ったより近い」
「なら、チャンスだ!」
もし敵が噂通りにスナイパーならば、接近戦は不得手なはずだ。二人はこれを信じ勇気に変える。
「ルー、射撃はお前のほうが上だ。俺が牽制する。距離を取って狙え」
「手柄を総取りさせてもらう!」
「ああ、そうしろ!」
敵の姿は見えないが、機体が放つ微かな電磁波や熱、そして光をセンサーで捉えることで、ある程度居場所は絞れる。得られるデータは少なく、捕捉できる時間は僅かだ。
ラスターとルグランは可能な限りの速さで滅茶苦茶に動きながら、コンピュータの予測を頼りに攻撃のチャンスを窺う。
敵が見えている場所から撃ってくるとは限らない。ルグランとラスターは移動しながらも機体を回転させ、スクリーンに全方位を映し出し死角を消した。どこかに強い反応があればそこを狙う。ラスターは超絶軌道を難なく熟すが、ルグランは苦しんだ。
「いつまでもこんなこと続かない!」
「ルー、あと数秒!」
ルグランとラスターの挙動から、敵が射撃地点をどこに取るかを逆算しラスターは山を張った。
「その辺・・・!」
ラスターはコンピュータが捕捉するのを待たず、狙いを定め撃ちまくった。
「そこか!」
ルグランは、ラスターの読みと射撃精度の高さを疑わず、敵がどの方向へ回避するかを予測し撃ちまくった。
ばら撒かれた弾丸が敵を捉え、暗闇で何かが弾けた。何もないはずの空間に何かの破片が散らばり、そこから滲み出るように黒い人影が現れた。
「あれは!?」
「黒い・・・、ルナティック!?」
「笑える、噂は本当だった・・・」
ラスターと『黒いルナティック』と呼ばれる正体不明の敵は、互いが互いを正面に捉えようと旋回を始めた。ルグランも、ドッグファイトに突入したラスターと黒いルナティックより大きい半径で旋回を始めた。
黒いルナティックとラスターは一発ずつ撃ち合い、弾丸は互いの機体を掠めた。
黒いルナティックの弾丸はラスター機を掠めただけでなく、その瞬間に射線に入ったルグランの機体をも掠めた。敵のパイロットは二機を同時に貫こうとした。
「次は当たるな」
「その前に墜とす」
「そううまくいくか?」
「ルー、俺を信じろ」
二対一だが優位に立てない。通常の機体よりも大型で重量もあるであろう黒い機体は速く鋭く動き、ルグランとラスターにチャンスを与えなかった。
二人ともさっきまでの自信が揺らぎ、二機が重なった次の瞬間、ともに撃ち抜かれるイメージを拭い去ることができなかった。
劣勢を打開するため、ラスターは軌道を変えた。黒いルナティックに向け、正面から特攻を仕掛けた。ルグランに狙撃のチャンスを作るためだった。
「ルー、逃すなよ!」
至近距離で互いに撃ち合い、ラスターの機体は胴体に直撃を受け破壊され、幾つかに砕かれた。ラスターの攻撃は黒いルナティックを撃ち抜くことは出来ず、ラスターの機体の残骸だけが虚空に散らばった。しかし、ラスターの攻撃を躱そうと軌道を変えた黒いルナティックは図らずも、ルグランの正面に自ら飛び込んだ。
「ラス!無事か!おい!ラス!」
ルグランは叫びながら、ロックオンサイトに捉えた黒いルナティックに向け、ライフルを撃ちまくった。何発撃ったか覚えていない。何発かがコクピットブロックに命中したのは覚えていた。
黒いルナティックとラスターの機体はそれぞれコントロールを失い、慣性のままに虚空を流れていく。
「ラス、無事か!応答しろ!」
ルグランは呼びかかるが、大破したラスターのルナティックからの応答はない。
「ラス!今行く!」
落ちていくラスター機を追いかけようとしたその時、黒いルナティックは自爆し、ルグランを背後から巨大な爆発に巻き込んだ。ルグランは吹き飛ばされ、衝撃で意識を失った。
意識を失ったルグランの次の記憶は、病室で看病してくれていた、涙で一杯のアスカの笑顔だった。
「準備はいいか?」
まだ名乗らない新型艦の艦長は言った。
「カール、行けるな?」
そう言うルグランは、何故か楽しそうだ。
「さっきのは準備運動ってことですか!?」
カールは「勘弁してくれ」と言いたげだ。
カールとルグランは、新型感の巨体がゆったりと加速し頭上を通り過ぎるのを見送った。
「さあ、行くぞ!」
ルグランの合図でエンジン出力を最大にして飛び立ち、新型艦を追いかける。すぐに追いつき、カールが左舷にルグランは右舷につく。
ルグランは新型艦の艦体を観察した。メインスラスターは左右に二発ずつ計四発あり、真後ろからの攻撃から守るためのカバーで隠されている。操艦を安定させるためのスタビライザーがまるで尻尾のように、まっすぐ後ろに伸びている。流線形の艦体は戦艦ではなく潜水艦のように見え、目視できる位置には主砲も副砲もない。上甲板に大きめのハッチらしきものあり、右舷側にも同様のハッチがある。
「カール、そっち側にハッチはあるか?」
「有ります。ルナティックがちょうど収まるくらいのが」
「なるほどな・・・」
この艦は多分、ルナティックを艦載機とした軽空母だとルグランは結論づけた。
艦長からの通信が入る。
「只今より、この艦の慣熟航行を兼ねて、君らの搭乗するテスト機の性能評価を行う。君たちには可能な限り艦に近づき、そのままドックのあるインテンションまで追従してもらう。いいか?艦に接触すようなヘマをするな。傷一つ付けずに仲間たちに披露したい」
「了解、どこまでも付いてくよ」
「あの、隊長、次は何するんです?」
「俺の予想では、さっきより楽しくなるはずだ」
「た、楽しいって・・・」
新型艦は低く速く巡航している。ルグランとカールの二人は、指示通りに同じ速度で追従する。ルグランが右舷側、カールは左舷側に。
新型艦はいきなり左に舵を切り、カールの進路を塞いだ。
「うわぁぁ!」激突しそうになったカールは急降下して躱した。新型艦はすぐに右に舵を切り、コースを外れて遠ざかるカールを置き去りにする。ルグランはもちろん、何事もなかったように付いていく。
カールが追いついたところで、高度を月面スレスレまで下げてカールの下にもぐり込み、そして急上昇した。今度は慌てずに、うまく躱すことができた。
「俺、遊ばれますか?」
「そのくらい、大した事ないだろ?」
「隊長、もしかして笑ってます?」
「笑うもんか」
ルグランはそう言いながら笑った。
新型艦はまるで戦闘機みたいに、高度を上げたり下げたり左右に激しく舵を切ったりして、カールを翻弄した。
小回りの効くルナティックが、たとえ新型艦が宇宙艦の常識を超えた機敏な動きをしたとしても、その機動に追従するのは容易いはずだ。だが、経験が浅いカールにとってはそうはいかず、あっちこっちに振り回されることになり、いい訓練になっている。
ルグランは手を伸ばせば触れられるほどの至近距離で、ピッタリと追従している。
新型艦は月面を不規則なコースで巡航し、かなり遠回りにインテンションを目指した。
新型艦の動きに慣れてきたカールは、艦の動きが緩やかになった瞬間、艦体を一周して余裕をアピールした。
「もう慣れました。いいデータが取れましたよ、きっと!」
その一言に、新型艦の艦長が反応した。
「そうか・・・、刺激がほしいか」
新型艦は高度を下げた。ルグランも付いていき、カールも余裕で付いていくが、カールの正面に、民間のルナティックが入ってくるのに気づくのが遅れた。
「カール、前!」
「く、くっそぉ!」
月面スレスレまで降下してなんとか躱した。機体が月面に接触し砂塵が舞った。民間の黄色いルナティックは、あっという間に後方に遠ざかった。
カールはなんとかコースに戻り、呼吸を整えながら新型艦に追いつこうと加速をかける。
追いついたところで、新型艦は左に舵を切った。またぶつかりそうになり、左に大きくコースを外す。離れていく新型艦に追いつこうと直線的な動きになったところで、新型艦の両舷から、細かい何かがばら撒かれた。
その瞬間、殺気に近いものを感じたルグランは、上昇し緊急回避した。だが、カールは反応が遅れた。
「カール!」
ルグランは、カールに危険を知らせようと叫んだが、ほとんど同時に、一斉に輝いた爆雷の閃光がカール機を飲み込んだ。
「カール!カール!」
「・・・大丈夫です」
閃光が収まり、ふらつくカールの機体が現れた。
ルグランは減速し、だいぶ遅れを取ったカールのもとに寄っていく。
「カール、もういい。お前はテストを終了しインテンションへ先に帰投しろ」
一瞬の沈黙の後、カールは気迫を見せる。
「嫌です、任務を続行します!」
機体の装甲が焼かれた以外に問題はなさそうだが、カールは肉体も精神も限界を超えつつある。ルグランにはそれが分かった。
「カール、もう十分だ。帰投しろ」
「拒否します!任務を遂行します!」
カールは頑なだった。
「なら、もう二度と気を抜くな!」
「はい!」
インテンションが見えて来た。カールはなんとか任務を成し遂げた。新型艦の艦長から通信が入るが、もう緊張感はない。
「任務完了。二人ともご苦労さん」
「艦長、最後は刺激が強すぎた。まだ、カールはひよっ子なんだ」
「そうか、だが、これでもう、ひよっ子じゃないな」
「確かに、いい訓練になった」
艦長とルグランは沈黙し、何かを通じ合わせた。
「ルー、また後で・・・」
艦長の最後の言葉はルグランに聞こえたが、疲れ切ったカールには聞こえなかった。
新型艦は逆噴射して速度を落すと、インテンションの外壁を超えたところで高度を下げた。
ドックの扉は開かれていて、こうこうとした光があふれていた。そこへ、新型艦はゆっくりと入っていく。
カールとルグランは光の中に消える新型艦を見送ると、ルナティックの発着場があるセントラルタワーの屋上に向け上昇していった。
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