14話 本当の恩恵
医療協会への謝罪を終えて、僕とエルファさんはガルフを連れて僕の部屋に戻ってきた。
騒ぎを起こした手前治療をしてもらうのも気が引けたから、僕とガルフの傷は回復薬を使って凌いだ。
ガルフは以前のように大人しくなって、今は窓際の定位置で丸まっている。
そして僕とエルファさんは向かい合って話の最中。それは決して楽しいものではなくて、剣呑な空気がピリピリと痛い。
「アストラ……私は今、とても確信に近い憶測が頭の中に渦巻いてるの」
「憶測、ですか?」
眉を寄せて言うエルファさんに聞き返す。
僕はエルファさんの指示で恩恵を発動したままだ。
発動したきっかけはわからないけど、解除自体はやろうと思えばできると思う。
「あなたの恩恵、それは魔物の注意を引きつける力。出会った時にそういってたわよね」
「は、はい」
半年前。
僕がエルファさんたちに出会った時だ。
僕は当時、新米冒険者として仲間を探していた。
掲示板に僕の情報を書いた紙を貼って、それを見つけてくれたのがハルトさん達のパーティーだ。
自分の恩恵は自分でもわからない。
天から神様のお告げが降るわけでもない。
あるとき他人とは違う自分の特性に気づいて、それが恩恵であると人から教えられるんだ。
僕もそうだった。
だって瞳の色が変わる人なんて僕以外にはいなかったから。
自分の恩恵を確かめるために用意された施設もある。
僕はそこに一年通わされて、どうやら自分には魔物の注意を引きつける力があるらしいと知った。
それだけの力。
僕の恩恵を正しく活かせる仕事なんてそんなにない。
王国騎士団に入隊するか、魔法学校に入るか。どちらにせよ魔物を相手にした職業がいいだろうと親は話した。
でも僕は鈍くて剣の腕はなかなか上達しなかった。魔法の才能もからきしだ。
僕には戦闘センスがまるでない。その時点で親は諦めた。僕には村で身の丈に合った生活が一番だと。才能と適正は違うのだと。
それでも僕は諦めなかった。
僕が村を出て冒険者になったのは、冒険者という職業が他のどの職業よりも敷居が低かったからだ。
適正試験がない。やろうと思えば誰でも入門できる。だったら僕の才能を活かせる機会にだって恵まれるはずだと、そう信じた。
そう信じて、半年だ。
「あなた恩恵を使う時にいつも『僕を見ろ』って言ってるけど、どうして?」
「それはその……発動の起点というか。そう言った方が恩恵を使いやすい気がして。それがなにか?」
「あなたの恩恵が魔物の注意を引きつける力じゃないとしたら、今回の一件は全て説明できる」
「それってどういう……」
「おかしいのよ。今まであんなに従順だったガルフが突然暴れ出した。それもあなたが恩恵の暴発を治した直後に。
そしてあなたの言うことすら聞かなくなったガルフが、あなたが恩恵を発動した途端にまた大人しくなった」
エルファさんは冷然とした目で僕に視線を合わせてくる。
「あなたの本当の恩恵は『魔物を支配する力』かもしれない」
僕の中で培ってきた何かが崩れる音が聞こえた気がした。
常識が覆る。
だって施設の先生はそうに違いないって言ってたんだ。親もそれを疑わなかった。僕だって。
自分の恩恵は自分でも十全に把握するのは難しい。けれどだからといって、理解の根底が間違っていたなんて。
「わかってると思うけど、これが事実ならとんでもない恩恵よ。それこそ最強と呼べるほどの。それを確かめるためにも、ちょっと協力して」
「協力って何を?」
「簡単よ。いまここで、一瞬だけ恩恵を解いて。それでガルフが私たちに敵意を見せたら、この説は立証される」
「それは」
「一瞬だけよ。私もついてる、恐がることはないわ」
「……わかりました」
エルファさんが魔法を即座に発動できるように待機する。
断ることはできなかった。
僕は床に伏して僕を見上げるガルフに近づく。
ガルフは傷を負っている。回復薬である程度治癒しているとはいっても、完治には一晩はかかる。
たとえ襲い掛かられても、今の状態であればエルファさんの魔法が間に合う。
「ガルフ……」
名前を呼んで反応を待つ。
ただ呼んだだけでは何もリアクションを返さない。いつも通りだ。
僕は瞳を閉じて、恩恵を解除する。
そして瞳を開けると、豹変して威嚇するガルフの姿が目に映る。
「が、ガルフ」
「もういいわ」
よろめいて起き上がろうとするガルフを見て、エルファさんが中断する。
「『落ち着いて、ガルフ』」
再び恩恵を発動すると、ガルフはフッと正気が抜けたように床に伏す。
「……これで決まりね」
ふう、と息を吐いてエルファさんが言った。
僕の恩恵が連続して即座に効く保証はない。だからエルファさんも緊張していたんだろう。
でも、これで確定した。
エルファさんの説は正しかったんだ。
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