第28話 在庫問題の行方
歩くこと数十分、二人は冒険者ギルドに辿り着いた。
中に入ると、そこは役所のような内装になっており、多くの人間・獣人で賑わっている。
(へえ、ここが噂の冒険者ギルドかぁ)
「さ、マスター! 早速依頼を出しましょう! あのカウンターに居るお姉さんが受付してくれますので」
「そうなんだ、じゃあ――」
「お、アーリアとマスターじゃねえか!」
カウンターに向かって歩き出した瞬間、背後から女性の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこに立っていたのはタンポポの花の面々だった。
「あ、みんな!」
「こんなところで奇遇ですね。何か依頼でも出しに来たんですか?」
「はい! 実は――」
アーリアはメリルの問い掛けに対し、
酒の在庫が減ってきたこと。
メルヘイムに作ってもらえることになったこと。
そのために必要な材料の収集依頼を出しにきたこと。
を順を追って説明した。
先日ドロップに来てからというもの、すっかりとわだかまりもなくなり、アーリアとメリル達は互いに親友として接することができている。
また、アーリアに会うために頻繁にドロップを訪れてきてくれるようになったこともあって、雫にとっても彼女らとは気の知れた仲だ。
「なるほどっす! それでその材料ってどんなのなんすか?」
「あ、これです!」
アーリアはメルヘイムから預かったメモを差し出す。
「へえ、これならあーし達でも集められるな。よし、この依頼、あーし達が引き受けるぜ!」
「え、いいんですか?」
「……この程度の材料なら……パスカ達でも余裕……。任せて……」
「みんなに頼めるなら私も安心です! いいですよね、マスター?」
「うん、もちろん! 僕からもお願いします!」
雫はメリル、エリベール、パスカ、ラミの4人に頭を下げた。
「おう、任せとけ!」
「じゃあ早速依頼を出しますね! 集められたら、メルヘイムさんのところにそのまま持っていってください!」
「はい、わかりました」
「あの偏屈ジジイのとこに行くのはあまり気が進まねえが、まあ仕方ねえか」
その後、雫達はカウンターで諸々の手続きを済ませ、冒険者パーティー<タンポポの花>に正式に依頼を出した。
それから彼女らは早速収集へと出掛け、雫とアーリアは営業するために店に戻るのだった。
☆
夕方。
「いらっしゃいませ!」
「あ、みんな! いらっしゃいませ!」
タンポポの花の4人が店にやってきた。
「おう! さっき爺さんのとこへ材料を納めてきたぜ」
「それで伝言なのですが、『三日後に来てくれ』とのことです」
「そうですか、ありがとうございます!」
「じゃあ、みんなこちらへ!」
アーリアが4人をテーブル席に案内。
それから、いつも通り彼女らの口に合いそうなカクテルを作って提供した。
「それにしても、まさかあの偏屈ジジイが調合を引き受けるとはなー」
「そっすね。材料を渡した時、何か凄く嬉しそうな顔してて超不気味だったっす」
「こら! エリベールにラミ、そんなことを言うものじゃありませんよ!」
「……多分、何でも作れちゃうから退屈してたんだと思う……。だから……作り方とかわからない……異世界のお酒にワクワクしてるんじゃないかな……」
「へえ、そうだったんですか。もしかしたら、それが私達のお願いを聞いてくれた理由なのかもですね!」
アーリアは何故メルヘイムが酒の製造を引き受けてくれたのか、その理由が不思議でならなかった。
が、彼女達の話を聞いて、何となくその意味が理解できたような気がした。
☆
時は流れて三日後。
営業前、雫はアーリアに店を任せて、一人でメルヘイムの元へ向かっていた。
順調に進んでいれば、今頃タリスカーができているはずだ。
これでダメだったらもうどうにもならないが、その可能性は考えないようにして、ひたすら足を動かす。
やがて件の建物に到着した雫は、大きく深呼吸してから中に足を踏み入れた。
すると、机に突っ伏しているメルヘイムの姿が目に入る。
どうやら寝ているようだ。
その周囲には正体不明の草や薬にドロドロとしたジェル状の物体。
さらに多種多様な色の液体が入った瓶が散らばっている。
起こすのは悪いが、勝手に持ち出す訳にはいかないし、そもそもどれがタリスカーなのかもわからない。
なので雫はメルヘイムに声を掛けつつ、身体を揺すった。
「あの、すみません……」
「……ん? ああ、そなたか。悪いな、ワシとしたことがつい」
「いえ、お休みのところすみません。それでその、例の物は……?」
雫が不安そうに尋ねると、メルヘイムはニヤリと笑みを浮かべ、透明な液体が入った瓶を手渡してきた。
「飲んでみい。全く同じとまでは言わんが、ほぼ完璧に再現できているはずじゃ」
「は、はい! では――」
雫は手のひらにその液体を少しだけ注いだ。
まず、目についたのはその透明な液色。
ウイスキーといえば琥珀色の液色が特徴だが、それは樽で熟成させる際に木材の成分が溶け込むからこそ。
まさか樽で熟成なんかはさせていないだろうから、透明なのはまあ仕方がないだろう。
次に香りを嗅いでみると、驚くことに目を閉じれば本物のタリスカーと大差ないように思える。
次に肝心の味について確かめてみると――
(す、凄い! これタリスカーだ!)
見た目こそ違えど、味や香りはそっくりそのままタリスカーだった。
どうやって作ったのかはわからないが、これはまさに奇跡の所業。
このご尊老は見事にタリスカーを再現していた。
「メルヘイムさん! 凄いです! 完璧です!」
「ほっほっほっ。そいつは何よりじゃ。何せこのワシですら、味や香りを再現するのに苦労したからな。ほれ、持っていけ!」
そう言ってメルヘイムは大小様々な瓶を手渡してくれた。
合計で2リットルほどはありそうだ。
「ありがとうございます! あ、それでお代なんですけど……。すみません、前に聞くのすっかり忘れてしまっていて。……おいくら位になるでしょうか?」
雫は何とも不安そうな顔を浮かべて彼に尋ねる。
作ってくれたと言えども、手を出せる金額でなければ意味がない。
事前に聞いておくべきだったが、引き受けてもらえたことの嬉しさによって、つい頭から抜けてしまっていた。
雫の悪い癖である。
「別に金は要らんぞ。ワシは金には全く困っておらんのでな」
「えっ? しかし、それでは」
「もちろん、タダとは言わん。その代わり……」
一体、何を要求されるのか。
雫は生唾をゴクリと飲み込んで、言葉の続きを待つ。
「冒険者の
すると、メルヘイムから寄せられたのは意外な言葉。
雫にとって得しかない。
「あ、あの。それは凄く助かるんですが、いいのでしょうか? メルヘイムさんにとっては何も得がないのでは……?」
「いや、そんなことはないぞ。異世界の酒はワシに新たな楽しみをもたらしてくれた。最近はひどく退屈しておったが、これで退屈ともおさらばできるでな」
「そ、そうですか! ありがとうございます!! そういうことなら、ぜひお願いします!」
これで在庫の問題は解決だ。
雫は最大の感謝の気持ちを込め、礼の言葉を述べた。
「うむ! あ、それと作った酒の一部はワシがもらうでな。材料は多めに頼むぞい」
「は、はい! もちろんです!」
その後、雫はメルヘイムと固く握手を交わし、今後お世話になる旨を伝えてから、建物を後にするのだった。
☆
「あ、お帰りなさい、マスター!」
「お帰り、雫ちゃん! 邪魔してるわよ!」
店に戻ると、アーリアとビビアンが雫を出迎えた。
「あ、ビビアンさん、いらっしゃいませ! ちょうどよかった! ぜひ飲んで頂きたいものがあるんですが、よろしいでしょうか?」
「ん? いいけど……一体何を飲まそうと言うの?」
「それはお楽しみということで! じゃあ、アーリアちゃんよろしく!」
「はいっ!」
雫はバッグの中から瓶を取り出し、アーリアに手渡す。
それを受け取ったアーリアはロックスタイルで仕上げ、ビビアンに提供した。
「透明ね。ってことは、スピリッツか何かかしら」
ビビアンは言いながらグラスを手に取り、口へと近づける。
「いや、これはウイスキー……? もしかしてニューポットかしら」
ニューポットとは、樽で熟成させる前のウイスキーのこと。
早い話がウイスキーの原液とも言えるもので、数は少ないが販売もされている。
しかし、これはニューポットではない。
ビビアンはしばらく香りを愉しんでから、その透明な酒を口に含んだ。
その瞬間、大きく目が見開かれた。
「……これ、タリスカーじゃない。何、どういうことなの?」
その言葉に、雫は思わずガッツポーズ。
大のタリスカー好きのビビアンが、その酒をタリスカーと認めた。
これなら問題なく、提供できる。
「あ、それはですね――」
雫は在庫に関する諸々の話をビビアンに説明した。
不安にさせないためにも、在庫が少なくなってきていることは<タンポポの花>の面々以外には話していなかったのだ。
「へえ、そんなことがあったの。雫ちゃんがいかにも余裕そうにしてたから、てっきり何か策があるかと思って何も言わなかったけど、実はなかったのね!」
「あはは……すみません」
「まあでも、これはれっきとしたタリスカーだわ! 色は違うけど、これなら文句はナシ!」
「そ、そうですか! ありがとうございます!」
かくして、<バー ドロップ>の在庫問題は無事解決したのだった。
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