第7話 お嬢様と侍女
トパーズ!?
さっきまでルビーしか居なかったのに何処から湧いて出た!
突然背後から現れたトパーズは俺を羽交い締めにされる。
突然のことで手足をばたつかせたが、今の俺はひ弱な子供。いくら暴れたとしても、この状態から抜け出すことはできそうにもない。
だけど、俺が逃げたくなるのも当然のことだった。
問題となっているのはクローゼットの中に入っていた服。気がついていないと思っているのか、少しずつ替えられている。何度かあのような服を着せられたが、俺が好むようなものは全く無い。
だとしても、ルビーとトパーズが居る時点で、俺に勝ち目があるとは思えない。
耳に吐息のようなものが吹き付けたことで、全身がゾワゾワと鳥肌が立つ。
「さあさあ、お着替えですよー。はぁふん、はぁふん」
吐息じゃなくて鼻息か……こいつが一番の問題児のトパーズ。
寝ようとすればベッドの中に待機しているし、風呂から上がり二人が体を拭いてくれる時に平然と『舐めますか?』等とそれがあたかも普通かのように言ってくる。その変態的な行動を上げれば、キリがないほどの完全なド変態。
「ほらほら。ああっ、お嬢様の服はいつもいい匂いをしてますね」
「お嬢様! いい加減、大人しくしてください」
「トパーズ、嗅ぐな!」
服を着替えるというだけで、結局ルビーからの威圧とトパーズからの変態行為。朝から最悪の気分だ。
魔力制御の授業では、ドレスのような服だとどうしても汚れるため、今まではスボンを履いて生活をしていた。
しかし、その授業が終わり、奴隷魔法を使えるようになったことでスボンを禁止にされるとは思っても見なかった。
これまでにも何度か履いたけどさ、やっぱり慣れないよ、これは……
ふわふわのスカートを靡かせながら食堂へ向かう途中、後ろから付いて来るルビーとトパーズの両手にはこれまで使っていた服やスボンが抱えられている。
そして、食堂に近くにある玄関の脇へ無残にも投げ捨てる。
きっとあれは明日には無くなっているのだろう……こっそり回収しようにも、俺の隣にはルビーがいるから回収なんて不可能。
仮に残っていたとしても、着替えさせるのもルビーなわけでどうせさっきみたいに拒否されてしまうだろう。
「何も全部捨てなくてもいいんじゃないのか? こういうのはたまにで、居心地悪いのだけど」
「慣れてください。お嬢様は、旦那様がここを離れてから極端すぎます」
「着替えるのは別に嫌じゃないんだ。お……私はひらひらのスカートじゃなくて、スボンとかでもいいと思っているだけだよ」
本当のことを言えば、怒られるからな。
着替えを自分でさせてくれないのは、お嬢様だから。そういうものとして諦めるしかないのだろうけど、服ぐらいは好きな物を選ばせて欲しい。
「そのようなお考えはお止めください。グセナーレ家の淑女として、日々の生活においてもそのような格好は認められません」
「とはいえさ、この屋敷から出るわけじゃないし……淑女だの何だのと言われても、そんな物が本当に必要とは思えないよ」
ルビーは俺の前までやってきて、軽く頭を下げた。
「これまでのお嬢様を見ていて、旦那さまより預かっていた言付けは不要かと思っておりました。ですが、お嬢様にお伝えする必要があります」
「あの爺様がねぇ……それで、何だって?」
「イクミの態度が酷い場合。また、グセナーレ家次期当主としての相応しくない、意欲を無くしだらけたり、ここから逃げ出そうとした場合。直ちに変態貴族にタダで売ると、仰っておりました」
「え……? ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」
「つまり、お嬢様の行動次第では、貞操なんて簡単に無くなってしまうというわけです」
「あんのクソジジイ!! はっ」
姿勢を正したルビーの威圧に、俺はただただ土下座をして震えるしかなかった。
震える俺は抱きかかえられ食堂の椅子に座らされる。
「る、ルビー。これからちゃんと頑張るから」
「かしこまりました」
ルビーはそう言うが、ため息を漏らしていた。
ほ、本当だよ?
向けられた視線から察するに冗談とは思えない。まさか爺さんがそんな事を考えていたとは……養子の話が出たときに、あの話は既に解決済みだと思っていた。どうやら俺の考えは甘かったようだ。
態度はそれなりに問題はない……はず。
ルビーの様子からして言葉遣いだけが一番の問題だな……こればっかりはそうそうどうにかなるとも思えない。が……今はそういう考えすら捨てるしかないというのか?
ほんの数ヵ月前までは、三十四年間ずっと男として暮らしてきた。だから、今更そう簡単に変わるはずもない。
しかし、これを直さないと貞操に危機が迫るとか怖すぎるだろ。
そもそもの話、こんな少女に……この体が男の子だったらこれからの生活はなんの問題もなかったのか?
ちゃんとしていれば特に問題はないことだろうから、気をつけていればいいだけのこと。
今はそんなことを考えるよりも、やるべき問題は山積みだ。
トパーズが用意してくれた朝食を終えた俺が向かったのは、奴隷達がいるこの地下室だ。
あの時から、ここに多くの奴隷がいることは知っていた。だけど、奴隷紋の譲渡が済むまで干渉することができなかった。
奴隷魔法の練習に、二人の奴隷がこの地下ではなく屋敷に住んでいる。
実験台というのは嫌な表現だが……俺にはそうするしかなかった。
始めて奴隷紋を俺の物に書き換えた二人は、メイドとして屋敷の管理や地下の奴隷達の世話を頼んでいた。
餓死者が出ないように、食事も以前よりは多めにしてもらっていたのだが、譲渡の時に見た奴隷たちは直視できるものではなかった。
全権を譲渡された今の俺は、ここのいる奴隷たちの主。この場所に来るとあの時見せられた光景が蘇る。でも、爺さんのように人として見ないような真似はできそうにもない。
「お嬢様、一体何をなされるおつもりですか?」
「とりあえず此処に置いてても意味はないからね。命令する、全員私に付いてきなさい」
檻に居た奴隷達を連れて屋敷の広場に向かわせる。
奴隷紋を使った命令をすれば、従うか苦痛を浴びるかという選択になる。であれば、俺のような子供でも従うほか無い。
今、尤も必要なのは労働力。
屋敷に居た使用人たちは、爺さんがここを離れたことでルビーとトパーズしか残っていない。
それに、メイドをしている奴隷も二人だけなので負担は大きい。お金のある程度は残されたが……これだけの人数を抱えるということはそれなりの維持費も必要になってくる。
広場に居る奴隷達は全部で五十三人。
「では、ここにいる全員に命令する。私に攻撃をしない限り自由にしてもいいよ」
全員の紋様に魔力を流し命令を書き換えていく。
この魔法自体は、それほど魔力を使わない。そのはずだけど、これだけ多いと体を支える力が抜けていき、立っているだけでも辛く感じる。
たった二回の命令だとしても、この子供の体にはそれだけ負担になる。
「はぁはぁ。終わったかな?」
「お嬢様。大丈夫ですか?」
少し足元が覚束なくなったことで、ルビーによって支えられる。
いや、本当にルビーに支えて貰ってよかったよ……倒れようとする、地面に汚れることを気にすることもなく仰向けとなり、期待に満ちた目をしてトパーズが手を広げて待ち構えていた。
この変態は、俺を助けるよりも、自分の欲望に忠実すぎるだろ。
「大丈夫だよ、ちょっと疲れただけ」
トパーズをできるだけ見ないようにして、ルビーに支えられたまま広場へ進んでいく。
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