4-5


 予報通り一時間後には小雨になり、僕達は帰路についた。榊先生は「家まで送っていこうか?」と気を回してくれたけど、これ以上ご厄介になるのは気が引ける。なので雨粒が静かに降り注ぐ中、梨々花ちゃんと二人仲良く一つの傘に入って歩くことにした。


「えへへ~、ゆーとさんとあいあいがさだ~♪」

「今の子も言うのね……」


 昔と変わらない子供の文化が微笑ましくて、つい顔がほころんでしまう。

 日々の小さなことにも感動して笑顔の花を咲かせる、梨々花ちゃんを見ているだけで癒やされる。

 だけど、そんな梨々花ちゃんも三年前は感情を表に出さない子だった。にわかに信じられないけど、榊先生の証言が嘘とも思えない。

 原因は不明。もし知っている人がいるとしたら、母親である千夏さんくらいだ。

 でも、聞けない。

 一番の原因と思われる何かは、千夏さんにとっても禁忌タブーなことだ。確証はないが察してしまう。

 そう考えてみると、僕は千夏さんについて知らないことばかりだ。片想いをしていたのに、半同居生活をしているのに、過去のことを全くと言って良いほど知らない。書店で仕事しているとか料理が得意とか、現在のことばかりだ。


「……あ、そういえば」


 千夏さんは書店勤め、ということで思い出した。仕事中は本屋にいるはずなのに、お迎えを頼む時の電話では、向こう側からは雰囲気にそぐわない音がしていた。あの時はあまり深く考えなかったが、思い返してみると不自然だ。本当に本屋から電話を掛けてきたのだろうか。


「ねぇ、梨々花ちゃん。千夏さんって本屋さんで働いているんだっけ?」

「うん、そうだよー」

「……だよね」


 その情報は間違っていない。

 じゃあただの深読み、僕の考え過ぎってことなのか。


「でもねー、きょうはゆうえんちだよ」

「……え?」


 梨々花ちゃんの口から出たのは、思いも寄らぬ単語だった。


「遊園地って、あの観覧車とかジェットコースターがある、みんなで大騒ぎする場所のこと?」

「ほかにあるの?」

「そりゃ、ないけど……」


 行き先としては驚きだが、言われてみればに落ちるところもある。周囲の慌ただしい声もヒーローソングが流れていたことも、遊園地ならごく普通のことだ。

 しかし、千夏さんは土曜日も仕事のはずだ。それに梨々花ちゃんを保育園に預けているのだから、一人で遊園地へ遊びに行くとは思えない。

 いや、一人じゃない可能性だってある。誰かと一緒に遊んでいる場合もあり得る。

 そう、好きな誰かと遊びに行くために。


「そんな……千夏さんがデート?」


 娘ラブな千夏さんが梨々花ちゃんを放置して、どこぞの男と遊ぶなんて信じられない。いくら本人が「性欲が強い」宣言したからって、娘をないがしろにするような行為を、僕は信じたくない。

 でも、絶対ないとは言い切れない。

 その相手がもし軽薄そうな男だったら。子供のことを大事にしない男だったら。千夏さんも影響されて、悪い大人になってもおかしくない。

 嫌な予感がぐるぐると脳内を駆け巡る。

 そんな時、梨々花ちゃんが――


「デート?なにいってるの、おしごとだよ?」

「へ?」


 ――湧き出る悪い想像を断ち切ってくれた。


「で、でもお仕事は本屋さんだよね?」

「えっとね、やすみのひはゆうえんちでもおしごとするって、ママいってたよ?」


 ちょっと待って。初耳なんですけど。


「それって、ずっと前から?」

「ん~とね、ゆーとさんにあうまえからだよ。しらなかったっけ?」

「……うん」


 てっきり土曜日も書店で働いていると思っていたけど、まさか掛け持ちで仕事をしていたとは。やっぱり娘のために、身を粉にして働いていたということか。疑っちゃってごめんなさい。


「遊園地では何をしているか、千夏さんから聞いてる?」

「おしごとはね……ピュアルミと、ぶれんファイターと、あといろいろ!」

「つまり……ヒーローショーのお仕事かな?」

「そんなかんじー」


 なるほど、ショー関係ならヒーローソングが流れていて当然で、雨天でてんやわんやになるのも頷ける。

 となると千夏さんの仕事は会場のお姉さんってところか。よく「ピンチだよ!みんな応援してー!」「もっと大きな声でー!」って言っている、ショーにおける司会進行役だ。声は通るし勢いもあるから、子供相手としては適任だろう。


「ふふっ」

「なにわらってるのー?」


 ハイテンションでしゃべっている千夏さんを想像して、思わずくすりとなってしまう。子供よりも親御さん、特に世のお父さん方に受けがよさそうだ。

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