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 自宅のマンションから歩いて十五分前後。

 周囲より少し高台になっている場所に、僕が通っている学校――県立鏡ヶ原かがみがはら高等学校はある。

 比較的最近に建てられた校舎は美しく、白い外装が日の光を浴びて淡く輝く。校舎周りの木々は綺麗に切りそろえられていて、涼しげな風に揺られている。

 偏差値が高いとか部活の強豪校とか、聞こえのいいうたい文句は特にない、ごくごく普通な学校。えて特筆すべき点を挙げるとするなら、授業内容が面白そうってことくらいだ。


 一応普通科高校なんだけど、授業の中には工業や農業などの専門的なものが多く混じっている。他にも演劇や映像制作なんかも、部活じゃなくて授業として受けられる。

 だけどその授業が有名かというと、別にそうでもない。ちょっとした特色ってだけの扱いだ。

 でもそんなちょっぴり変なところが、進学を選んだ理由……ということになっている。

 家から離れて学校生活を送れるのなら、本当はどこでも良かった。そういう意味で鏡ヶ原高校は、適度に遠くて有名過ぎず、でも特色があって言い訳になる。僕の目的に最適な学校だった。

 ……なんて考えがあったのは、学校側に失礼だよね。口が裂けても言えない。


「よう、悠都」


 始業前でざわつく教室に入ると、一番に声を掛けてくれる大柄な強面こわもてが一人。僕の唯一の友達、不動ふどう哲雄てつおだ。


「うん。おはよう、哲君」


 床に鞄を下ろして、哲君の正面に座る。

 りの深い顔で、近くで見ると圧迫感が物凄い。

 初めて会った時は不良の類いなんじゃないかと思って、内心ビクビク怯えまくりだった。関わったら酷い目に遭わされるかもしれない、なんて警戒して避けていた。

 だけどクラスのみんなが仲良しグループを作っていく中、段々僕達は取り残されていって、気付けば一緒にいるようになっていた。要するに余り者の二人、授業で「二人組を作って」と言われて出来た、凸凹でこぼこコンビってみたいなものだ。

 それに哲君は、見た目に反してとても心優しい。全然不良なんかじゃない、むしろ僕と同じで周囲に溶け込めないタイプなだけなんだ。


「哲君、いつもに増して目のくまが酷いよ?」

「ああ、これか。また徹夜しちまったんだ」

「今度は何?」

「これまでのおさらいに『アクアリウム☆ピュアルミ』を一クール分見直していた」


 哲君はドがつくほどのオタクだ。しかも子供向けの特撮やアニメをこよなく愛する、どっぷりと底なし沼にハマったタイプ。ちなみに『アクアリウム☆ピュアルミ』とは現在絶賛放送中の女児向けアニメで、ずっとシリーズで続いている息の長い番組。休日は朝からガッツリ視聴しているそうだ。


「ほどほどにしておこうよ……」

「悪い悪い。見終わる頃には朝だったんだ」


 僕自身は別にオタクじゃないのでそこまで興味はないけど、なんだかんだ話には付き合っている。お互いの趣味や考え方は違うけど否定することはない、仲良しベッタリじゃない不思議な関係だ。


「それより、悠都。お前どうした?」

「え、何?僕、どこか変だった?」

「なんかボーッとしているかんじがするぞ」

「寝不足の人に言われたくない」


 いつもと違う僕の様子に、哲君は気付いたみたいだ。


「もしかして、お前の好きなお隣さんのことか?」

「うっ」

「図星かよ」


 しかもピンポイントで当ててくるし。

 僕が分かりやすいだけなのかもしれないけど。


「学校出る時にさ、ばったり会ったんだよ。それで僕、顔が赤くなっちゃって……」

「ほうほう」

「それを梨々花ちゃん……娘の子にバラされちゃって……」

「ふんふん」

「僕の気持ちもバレちゃったのかもってなっちゃって……」

「うん、それはないな」

「回答早いよ!?」


 僕の悩みはズバッと一刀両断されちゃった。


「それは思い込みだ。そんなすぐにバレるようなもんじゃないだろ」

「まぁ……そうかもしれない、かなぁ……?」

「恋愛経験ゼロのオレに聞くのが、最大の間違いだと思うけどな」

「僕も同じなんですけど」


 この十五年間の人生で、恋愛どころか女子との関わりなんて、数えるほどしかなかった。しかもそのほとんどが、男性として見られていない間柄だ。

 童顔で低身長、男らしさの欠片かけらもない僕に、異性愛を向けてくれる女子はいなかった。それに僕自身も恋心を抱くことはなかったし、友達やそれ以上の関係になる人自体なし。そもそも友達自体いなかった。

 そんなかんじで親しい女子はゼロ、いて言えば妹が一人いるくらいだ。恋愛の「れ」の字もない。

 だから僕は、この初恋にもやもやしっぱなしなんだ。

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