「川柳と不穏と」




 金曜日、6限目の授業は学級活動。


 テーマは川柳を書いてみようと言ったもの。



 ここ、合縁中学校では4月下旬のこの時期に全学年の全生徒が川柳を学び、実際に書いてみようという毎年恒例の行事が行われる。


 全学年の全生徒が……なんて言い方をしたら大げさに聞こえるかもしれないけど、実際にやることと言ったら川柳の歴史、ルールを知り、自分自身でそれを書いてみるだけのただの学習活動。



 どうも数代前の校長が個人的な趣味として川柳を嗜んでいたらしく、その影響で自身の学校の生徒達にも川柳を書かせてみようといった着想からこの行事が始まったんだとか。

 

 お試しで始めただけの一発限りのつもりが、翌年、翌々年と続いて行き、今となっては20年近くも続いているのだからそれはそれで面白い。



 案外、毎年恒例の行事なんてものはこういったところから始まったりするのかな……なんて。



 ちなみに書かれた川柳は一度提出され、多くの教員達が吟味に吟味を重ね、その中から優秀な作品を学年毎に順次選抜されていく。


 選抜された作品は校内で貼り出され、ささやかではあるものの表彰式なんかも行われたりするのが慣わしで……まあ、表彰されたからといって特別な特典が付くわけでも成績が上がるわけでもない。



 しいて言うなら、気持ち程度に内心が上がるぐらい……?


 

 以上より、はっきり言うと教員側からはただの雑務、生徒側からは面倒くさい学級活動。


 今目の前の光景にあるように、まともに取り組んでいる生徒なんて全体の4割にも満たない。 




「なのに、ほんと相良さがらは真面目だよな」




 教卓前に席を構え、シャープペンシルをニギニギしながら必死な顔でクエスチョンマークを浮かべている生徒、相良ももに声を掛けてみる。




「え……えっ、なに?」



「いや、真面目だなって。楽に、好きに書いていいんだぞ。もっと適当に」



「適当って……本当に適当にしたら賞取れないし」



「賞、取りたいの?」



「やる以上は……目指したい」




 相良はこのクラスで一番の優等生。


 入選したからといって大した恩恵を受けられるわけでもないのに、全力で取り組むことが出来る。


 そういった姿勢を見せられると教師である前に人として感心してしまう。




「相良ってこういうの苦手?」 



「……どうして? 今、書いてる途中なんだけど」



「先生の偏見だけど、優等生ってこういった分野で機転が利かない生徒が多いイメージ。相良もそうなのかなって」




 自分はそうだった。


 勉強は出来るけど、独創性に欠ける。




「優等生じゃないし。それに、時間掛ければ良いの出来るし」



「本当に?」



「………」



「まあ相良らしくやれば」



「先生なのに、授業中に話し掛けて来ないで下さい」




 若干ふて腐れながら、教卓から視線を逸らし机とにらめっこを始める相良。



 怒らせてしまったかな……。



 確かに課題に取り組んでる生徒相手に話し掛けるというのは良くなかったか、そっとしておこう。


 

 相良から教室全体へと視点を切り変える。


 川柳を学び、書くといっても大した時間は掛からない。


 相良みたく真剣に取り組む生徒は少数で、大半は適当に済ませて残った時間で自習をしている。



 まあ、自習という名の休憩だけど。

 


 寝たり小声で話したり、ある程度のことなら黙認するつもりだ。


 行き過ぎると当然注意はするけど、たまにならこういう時間があってもいい。





「おい村上、なに書いたん? 見せろっ」



「……あ? なんでもいいだろ、話掛けてくんな」



「はあああんっ!? ちょっ、めっちゃノリ悪いじゃん!」



「うぜ」



「見せろ見せろ見せろっ、勝負しろ!」



「だから南原うざいって。てかなんの勝負だよ、誰が判定すんの?」



「誰でもいいそんなんっ! あっ、あいつでいい、舞舞で!」



「舞舞……? ああ、あいつか」




 村上と南原の会話。


 少し席が離れてるせいか、かなり声がデカい。




 注意した方が、いいんだろうな……。


 

 4月初めに行われた初授業の一件以来、南原とはろくに会話をしていない。


 荒らされる可能性が高いということで、授業中に南原を当てることは意識的に避けている。


 これに関しては伊藤も同様だけど、チョロチョロと絡んで来て定期的にコミュニケーションを取っている伊藤と、全く絡まずなにも話さずの南原とでは距離感が違い過ぎる。



 ある程度馴れてきたというのもあるし、伊藤相手なら多少注意することは出来ても南原相手となると……正直、かなり気まずい。



 間違いなく好かれてはいないだろうし、どこかでひよってしまっている自分がいるのも事実で。


 また揉めるんじゃないか、より関係が悪化するんじゃないか、そんなことを考えてしまって動きが鈍る。



 村上についても同じだ。


 南原と違って直接揉めたわけじゃないし、連絡事項として必要な会話をすることは稀にあるけど、そのときの雰囲気だったり態度だったりで自分に対する好感がどの程度のものかは簡単に察することが出来てしまう。



 結局、村上も南原と同じぐらい気まずい。 





「まいまいっ」



「………」



「まいまーい!」



「……ぅ」



「まいまいって! こら薬師寺聞けやっ!! お前なにシカトしてんのっ!?」



「うっ……な、なに」



「なにじゃないっ、お前今無視したな? 舐めてんの?」



「……ごめ」



「罰ゲーム! 舞舞、お前こっち来い!」



「……まっ」



「待たない! 早く来いっ!」


 



 いやいやダメでしょ。



 大きな声で話すだけじゃなく、南原が他の生徒にまで絡み始めた。


 ひよる気持ちはあるけど、目の前でこんなことをされたら流石に注意せざるを得ない。




「南原、声大きい。あと薬師寺に絡むのはやめような」




 教卓から聞こえる程度の声量で強張りながらも強気に注意。



 すると、南原、村上の二人から視線を向けられる。




「は? うざっ……」



「話すにしても小声で近くの友達だけにしよう。それが出来ないなら自習していてくれ」



「きも。……シネ」



「村上も同じだぞ。出来ないなら自習だ」



「はあ、オレ? オレ関係ねえだろ」



「関係はあるよ、実際に今南原と話してたし。とにかく、大人しくして欲しい」



「……ツゥ。だりぃいいい」




 わざと、聞こえるように舌打ちをされた。


 南原からは小声でシネと言われた。



 なんか、凄い心臓がドキドキいってる。


 ちょっと注意しただけで何でここまで言われないといけないんだろう、非があるのは向こうなのに。




 というか、南原と村上ってここまで態度悪かったっけ……?

 


 

 数秒ほど二人から睨み付けられた後、解放される。


 かなり不満気ではあるものの、会話をするのはやめてくれたらしい。



 仕方なく対応したけど、こう……毎度毎度こんな仕打ちを受けていたら、普通に辛いだろうな。




「あの二人、そろそろちゃんと注意した方がいいと思う」




 話し掛けて来ないで下さいと突っぱねられてものの5分、今度は前に座る相良の方から小さな声で話し掛けて来た。




「川柳、もういいの?」



「いいの。これ以上やってもたぶん変わらないし、時間もない」




 書かれた川柳の用紙を裏返しながら、筆記用具を筆箱にしまう相良。




「それで……注意って? 一応、今注意はしたけど」




 相良からの問いかけが少し意味深に感じたので、深追いしてみる。




「そういう意味じゃなくて、もっと……根本的に」



「根本的?」



「うん。南原と村上のグループ、先生の見えないところで色々やってる……」




 色々。


 色々って、なんだ?



 なんだろう、嫌な予感が。




「その色々っていうのは悪さをしてる的なこと?」



「悪さっていうか……裏で色んな生徒にちょっかい出してる。嫌な絡みしたり、変ないじりしたり」



「あ……そういう」




 一瞬非行に走ってるんじゃないかと想像してしまったけど、そうではないらしい。


 相良曰いわく、南原と村上のグループがクラスで幅を利かせていることに対する問題提起。




「南原は体大きいし、村上は小学生のとき空手の大会で優勝したとかで、凄く強いんだって。みんな嫌でやめて欲しいって思ってるけど、恐くて言えないの」




 焦点を合わさないままにこちら側を見る相良。


 声音からしていまいち相良の感情が読み取れない。




「それは、割と深刻な感じ?」



「わかんない。でも、中にはきつく絡まれてる子もいるから……ほっとくのは良くないと思う」




 なるほど。



 つまり……どう判断したらいいんだろう。


 相良は問題を提起してくれてるんだよな?



 今、こういうふうになってますよって。


 先生なんだから何とかして下さいって。



 そして俺は先生だから、それを何とかしなくちゃいけない。



 こういうこと……だよな?



 

「わかったよ相良、一度先生の方からタイミングを見計らって南原達と話をしてみようと思う。報告、ありがとうな?」



「……別に」

 



 これ以上会話をするつもりはない、その意思を見せつけるためか再び川柳が書かれた用紙を見つめ直し始める相良。


 相良みたいな真面目な優等生タイプは授業中に話をすること自体が苦に感じてしまうのだろう。



 そこは、少しわかる。


 逆に考えると、そう感じてまで今報告してくれたことの意味をきちんと受け止める必要がある。


 

 うーん……。


 

 南原と村上が周りの生徒達に絡んでる……か。


 今までの言動からやんちゃな生徒なんだろうな、とはある程度察していたけど……やっぱりそういう系なのか。



 仕方ない、ちゃんと注意はしよう。


 事実確認をして本人達が認めたなら怒りもしよう。



 南原も村上も俺のことを舐めてるフシがあるから、これを機に威厳を示すことが出来たら尚良い。



 

 問題は、タイミングだな。





―――――(♠️)―――――





 職員室へと続く渡り廊下。


 ここを歩くのは、あまり好きじゃない。



 他の教員とすれ違う度にこちら側から会釈なり挨拶を振る必要があるし、気を使う。


 職員室の中にはたくさんの教員がいて、今からその中に混じって仕事をしに行くんだと嫌でも考えてしまい、億劫になる。



 そういった憂鬱な気持ちにさせられるから、この渡り廊下を歩くときは窓越しに移るグラウンドを眺めながら歩くようにしている。


 少しでも、気持ちが晴れるように。




 ん……?



 およそ10メートル先の職員室を前にして、妙な違和感に気づき足を止めてしまう。



 グラウンドの端の方……正確には西校舎一階付近。



 男女混同の数人のグループが目に付いた。


 目に付いたのは、そのグループの中に南原と村上の姿があったから。

 


 今から、帰るところかな……?





「ちょおおおっ、なんでさっき無視したん? 呼んでんだから来いやっ!」



「……ぁ」



「なあ薬師寺聞いてんのおおっ!? おめぇたまに無視すんじゃん? あれマジなんなん、喧嘩売ってんの?」



「ちがっ」



「なにが違うのぉぉおおお!? ええっ!?」



「……ごめっ、ごめんなさい」



「立場わかってる? おめぇはグループに入れてもらってんの、わきまえろやっ」



「………」



「あとトロトロすんな。ウチおめぇみたいなトロトロした奴一番嫌いなの、次やったら殺すからな?」



「すい……ません」



「南原、いびりヤバすぎ。お前どんだけ薬師寺嫌いなの?」



「ね、薬師寺さんかわいそー」



「ああんっ? おめぇら二人も笑ってんじゃん! てかこいつが悪いんだしっ」


 



 南原と村上の他に、松山と薬師寺もいるな……。



 南原、村上、松山の3人はクラスの中でも結構目立つというか、ハデよりなイメージだけど……薬師寺だけ、なんか浮いてる。



 薬師寺は、こっち側じゃないというか……。





 あれ?


 この状況、前に一度どこかで見たような……。



 どこかで見て、同じことを思った気がする。





「次はないからっ、わかった?」 



「……は、はい」



「ねーもう終わりにしよー。薬師寺ばっかいじっててもつまんないし」



「帰ろうぜ」



「別にいいけどぉ。今からなにすんのっ、帰っておわり?」



「とりあえず学校出る。んで、どっか行く」 



 


 仲良く談笑……ってところかな?


 ここからじゃ、よくわからない。



 さっきの学級活動で南原の薬師寺に対するあたりがきつかった感じするけど、一緒に行動してるところを見ると、ひょっとしたら薬師寺はグループの中でいじられ役的なポジションにいるのかもしれない。





「あっ、てかさ! いきなりだけど薬師寺って胸おっきくない?」



「あっ?」



「なに松山、薬師寺のいじりやめるんじゃなかったん? やめろって言い出したのお前だし」



「違う違うそんなつもりじゃなくて! 体育の着替えのとき、まわりの奴よりちょっとだけ大きかったなって。別にそこまで巨乳ってわけじゃないけどさー、一年の中じゃ普通にある方だなって……今思い出して、何となく?」



「………ぅ」



「そうなん、舞舞?」



「っ………ぇ?」



「巨乳なのかっっっ!?」



「ちが……ふ、普通だよ?」



「ウソ、普通よりは絶対ある! 私見たもん!」



「よし確認」





 あれ……なんだ?


 薬師寺が南原に羽交い締めにされている。



 見たところ加減はしてるっぽいけど……冗談にしても良くはない流れだよな。



 注意しに行くべきか……?





「や……やぁ」



「オラ動くなっ。おっしゃ村上、お前も男なら一発かましたれっ!」



「ちょっ……南原」



「はあ、オレっ?」



「お前。舞舞のおっぱい揉んでデカさ判定しろ!」



「やめなよー。流石にまずくない?」



「やんねえよ。お前一人でやっとけ」



「はあああんっ、村上お前ビビってんの? おっぱい揉みたくねえのっ? ああんっ、なに芋退いてんの!?」



「………」



「なんだ、お前もただの雑魚か……。じゃいいわっ、腰抜かしやがって。呆れたわ」



「ちょっとちょっとー。もういいじゃん、そんなつもりで言ったんじゃないし、ホントにただの思い付きだからさ。ねー、帰ろ?」





「……………………って、やるよ」





「あん、なにぃ?」



「やってやるよっ、舐めてんじゃねぇ! 誰が雑魚だよっ」



「村上っ!?」



「おっしゃ、やっぱおめぇは男だ村上っ! オラッ、来いっ!」



「……ゃ」



「しゃあねぇ……覚悟しろ薬師寺。言っとくけど、今からすんの冗談だからな?」



「やっ」

 


「動くなってっっ!!」



「しゃっ、いくぜ……。確かによく見たら結構ありそうだな……B……いや、CよりのBはあるか?」



「はよ揉めやっ」



「うっせえな………っし」




「や……あっ……やああああああっ」




「あ、待てこら薬師寺っ!」



「おおっ」



「なにっ……なにっ!?」




「あああああああああああぁぁぁぁぁっっっ」


 




 なんか、薬師寺がもうスピードで走り去って行った……。




 なにこれ、どういう展開……?


 唐突過ぎて状況が全く掴めない。



 掴めないけど、良くないいじりっぽくはあって、それで逃げ出したとか。


 もしそうなら、やっぱり今からでも注意しに行くべきだよな?



 このあと職員会議があるけど、まだ少しなら余裕あるし。

 

 どのみち相良からの報告があった以上、どこかで南原達とは折り合いをつけて話をする必要がある。




 そのタイミングが、今なんじゃ……。




「なに春宮、あんたそんなに職員室入りたくないの?」



「……え」




 同じ目的地へ向かう道すがら、通りすがったであろう夏川先生から声を掛けられて……。



 

「なによ、ボーッと窓見て。なんで入らないの?」



「あの、これは」



「はっはーん、あれでしょ? 職員会議が嫌でギリギリまで外で粘るつもりなんでしょ? 中に入ったら色んな教員いるもんね、今日はうざい教頭もいるし」



「そういうんじゃ……」



「甘えんな。あんたみたいな入って間もない新卒のうちから逃げること覚えたらこの仕事続かないよ? ほら、さっさと来な」



「ちょっ、痛い痛い痛いっ」




 耳を引っ張られながら夏川先生に連行される。



 前から思ってたけどこの人はあまりに強引過ぎる、こっちの話も聞かないで。



 今は、割と大事なことを考えてて……。


 ここでの行動が、今後にも影響するような……。




 だから、、





「さあ春宮、根性入れて行くよ! あんた職員室じゃほとんど喋んないでしょ? 今日はバシッと行くからねバシッと!」

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