第14話 船と島
船に乗ってすぐ、今までの疲れもあったのか、僕は眠ってしまっていた。
僕が起きたのは、もう日も暮れかかった頃だった。
レオンもくつろいでいたらしく、僕が起きたのがわかると、ベッドにもたれかかっていた体を起こした。
「あ、起きましたか? 章平」
レオンが聞いてくる。レオンの声を聞きながら、半分寝ぼけている僕はつぶやいた。
「おなかすいた……」
すると、レオンがその呟きを聞いて
「あ、そうでした。章平には食べ物が必要でしたよね? じゃあ、そろそろ夕食にでも行きますか?」
と聞いてきた。それを聞いて反射的に僕は
「レオンはお腹空いてないの?」
と聞いていた。
すると、レオンは苦笑しながら
「俺は、魔道具ですから……。普通の人間たちのような食事は必要ありません」
と言った。
そ……そうだよな。人の形してるけど、魔道具なんだもんな。そっか。必要ないんだ……。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
返事をしながら、レオンがドアを開ける。
すると、そこには船の乗組員の制服をきた男が一人立っていた。
レオンが尋ねる。
「何でしょうか?」
すると、その男は何か言おうとして、目の前のレオンを見て一瞬固まった。
そして、少しどもりがちな声で言った。
「あの……お客様……許可証をお持ちでしょうか? えっと、事前購入されていないお客様のお部屋だと思ったのですが……」
よく見ると、男はまだ十代そこそこで、この仕事にもあまり慣れたカンジはしない。
なんだか、下を向いている。いや、必死でレオンの顔を見ようとしているが、見れないって感じだ。時々ちらっと見る目つきとか妙に赤い顔とか……まさか、と思うが……もしかして、レオン……お前、男にまでモテルのか……?
それとも、新人で仕事に緊張しまくっているだけだろうか……?
後者だと思いたいところだ。
あまりにもその男の様子がおどおどしていたので僕が間にわって入ったほうがいいんじゃないかと思ったとき、レオンが答えた。
「許可証の購入は今できるんですか?」
すると、男は赤い顔のまま一言たどたどしく答えた。
「は……い。お……僕が承ります。その……何枚必要でしょうか? 部屋数で言って下さい」
「じゃあ、三枚で」
レオンが答えた。
震える手で男が許可証らしきチケットを三枚ポケットから取り出すのが見えた。
そして、男が言った。
「3ドシーになります」
3ドシー? 今までの買い物では数字しか言われなかったのに、今度は単位がついている。でも、どのくらいかわからない。今までの買い物では、最初紙幣を一枚出したら、ものすごい量のコインがおつりで返されたから、そのコインから適当に払っていたんだ。
まぁ、適当って言っても、数字分の枚数のコインを出したらそれでオッケーだったから特に気にしなかったというのが正しいけど……。
レオンがこちらを振り返って言った。
「章平。お金ありますか?」
僕はサイアスからもらったお金を取り出してみる。
今までの買い物で、最初もらったときよりもコインが増えている。ざっと数えても30枚くらいはありそうだ。
その代わり、紙幣は三枚から二枚に減っていた。
「これだけしかもってないけど……」
僕がお金を持っていくと、その男は困ったような顔をして言った。
「申し訳ありませんが……これでは、二枚しか買えません」
その言葉に唖然とする僕。
「え? えっと……ということは……」
すると、その男は僕に向かっては、えらくぞんざいな口調で
「もし、2ドシーしか持たないのなら部屋を一つ空けてください」
と言った。
つまり、えっと……一部屋空けるということは……
メイレンの部屋か僕たち4人のどちらかの部屋を諦めないといけないということだ。
だが、乗船のときメイレンは女の子だということを主張して個室に行ったのだ。
メイレンをこちらに呼ぶことは……できそうにない。
……ということは……
エバァとトルキッシュを呼んで一緒の部屋になるしかなさそうだ。
僕はそう考えると
「2ドシーってどれだけ?」
とレオンに聞いた。
レオンが紙幣二枚を軽く指差す。
そうか。この紙幣「ドシー」と数えるのか!
……っていうか、℃って書いてあるから、ある意味そのまんまじゃないか!?
まぁ、いいけど。ここって本当によくわからない世界だ。
僕としては気温はどう表示されるのかが気になるところであるが、そんなことを言っている場合ではない。トルキッシュとエバァに説明しなきゃならないけど、納得してくれるだろうか?まぁ、納得しなくても一部屋にならないといけないけど……。
二枚の紙幣を男に差し出して許可証と交換しながら僕はそんなことを考えていた。
男から二枚の許可証を受け取る。そして、僕はそのまま隣の部屋の扉を敲たたいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんで、4人で二人部屋を使わなきゃなんねーんだよ~? *せめーよ。(*狭い)」
トルキッシュが不満そうに言った。
「しょうがないだろ? お金、足りなかったんだから」
僕が言うとエバァが
「お金ぐらい乗る前に確認しといてよ」
と口を尖らせて言った。
「だから、しょうがないだろ? お金の単位がわからなくて、調べようがなかったんだから。それに、僕とレオンだけなら余裕なんだよ?」
僕が言うと、
「あの小娘は個室でのんびりくつろいでんだろうな~」
トルキッシュがつぶやいた。それを聞いて、エバァが
「メイレンがいなきゃ、俺たち4人で一部屋になる必要もなかったのにねぇ?」
と言った。エバァの足元には山ワニのメスこと―チャコちゃんがピッタリと寄り添っている。エバァの言葉でトルキッシュが
「そうだよな? あの小娘、足手まとい以外の何者でもねぇじゃねぇか!!
これから、どうすんだよ?」
と僕に言ってきた。
「いや……どうする? って言われても……」
僕が言いよどんでいると
「俺たちのこと、未だに魔導師だと勘違いしたままだしねぇ」
エバァが僕に言ってきた。
僕はトルキッシュとエバァの視線に耐え切れずに半ば叫ぶように言った。
「そんなこと言ったって! じゃあ、どうやって説明すればいいんだよっ!
僕だって事情が飲み込めないのに、貴重なはずの魔道具が4つもあって、全部しゃべってて。しかもそのうちの3つは人間の姿で……!! 絶対、僕に説明を求めてくるに決まってるよっ!! でも、その肝心の僕が何にもわからないんだからなっ!」
僕は一息に言い切った。自分でもよくつっかえずに言えたと思うよ。
もしかして、僕って意外とアナウンサーとかにむいてる?
すると、トルキッシュは頭をかきながら
「まぁ~。それもそうだな。色々と質問攻めで面倒なことになりそうだしな」
と言った。エバァも
「まぁね。確かにそれは言えてる……」
とつぶやいた。その言葉を聞いて僕はつぶやいた。
「僕の方が質問攻めしたいくらいだよ。なんで、こんなに沢山しゃべる道具があるのか……」
すると、その言葉を聞いてトルキッシュが言った。
「そりゃーお前! 運命だよ。章平はレオンのだちで、俺様の舎弟だろ?」
うわー。確かに否定はしてなかったけど、肯定もしてないはずなのに……。
舎弟って決め付けられてる!? っていうか、トルキッシュの中では
最初から決定事項だったかのように思えるのは気のせいか?
さらに、怖いものしらずなトルキッシュは続けた。
「だから、俺たち一緒にこうしているわけだし……。あ、それに。章平、お前はそこのマントの主人なんだろ? ってことは……俺、そのマントも舎弟にしてやってもいいぜ?」
『だれが、お前の舎弟になぞなるか!』
サイアスがトルキッシュの言葉にすかさず答えた。
非常に不愉快そうだ。
「ま、どっちにしろ俺ら三人はいつも一緒にいるから、レオンと章平が一緒に行動するっていうんなら、必然的に俺らも行動を共にすることになるわけよ」
トルキッシュがサイアスの言葉を無視して僕に言った。
『……聞いているのか?』
サイアスがトルキッシュに言ったが、トルキッシュは聞こえてないふりをしている。
これは、もう。誰がなんと言っても、トルキッシュはサイアスを舎弟にする気・・・なのかもしれない。
そういえば言い忘れていたが、この船には食事を取る場所が設置されているらしい。
次の場所まで時間がかかるからだろうか。
僕の疑問だった「どうして魔道具がこんなにたくさん僕の周りにいるのか?」については、トルキッシュたちにうまくごまかされた気がしたが、お腹が減ってそれどころではなかった僕は船の食事をする場所へと行ってみることにした。
チケットを売りに来た船員の話によると、信じられないことに外から見たら狭そうなこの船の中には二つもレストランがあるらしい。一体、どんな造り方をすればそんな部屋構造にできるんだ?
僕はそんなことを考えながら、船の食事をする場所へと一人で歩いていた。
おっと。一人というと語弊があるかもしれない。
ちゃんと、サイアスは一緒だ。本当はサイアスも部屋においていこうかと思ったのだが、サイアスとレオンが許してくれなかった。
最初、レオンも一緒に行くと言ってくれたが、食事をしないのに人型のレオンが行くのもおかしな感じがする。僕がそういうと、レオンは「じゃあ、剣の姿で!」と言ったが、それはかえって目立ちすぎる。
だって、なんて言ったってレオンは剣の姿でも、金ぴかでど派手なのだし……!!
だから、僕は丁重にレオンの申し出を断った。
そして、サイアスを置いていこうとすると、サイアスが
『なぜ、俺を置いていこうとする?』
と問いかけてきた。だって、食事にマントとか剣とか……。
はっきり言って必要なさそうじゃないか!?
それに正直、一人でゆっくり食事しながら今までのことを考えたいと思っていたのだ。さらに言うなら、後ろから長時間見られている(?)のは、かなり鬱陶しい。
ところが、サイアスははずして置いていこうとすると、首に巻きついてきた。
「な……なにするんだっ!」
僕が言うと、サイアスは
『俺を連れて行け!』
そう言って離れようとしない。
「嫌だっ!」
反射的にそう答えて僕はサイアスを首から接はがそうとした。
サイアスは、意地でも離れまいとしているのか、ものすごく固く巻きついている。
「く……首がしまるっ!!」
僕がサイアスを引き剥がそうとして言うと、
『それが嫌なら、俺を連れて行くと言え!』
とサイアスが言ってくる。ここから先は意地とプライドをかけた勝負だ。
もちろん、僕は負けるつもりはない。
僕とサイアスがそんな攻防を繰り広げていると、横からレオンが声をかけた。
「章平。そんなにサイアスが嫌なら、やっぱり俺がついて行きましょうか? というか、ダメだと言われてもサイアスを置いていくなら俺、無理やりにでもついていきますけどね」
その一言で、僕はサイアスを置いていくことを断念しなければならなかった。
まぁ、レオンの剣よりは目立たないだろう……。
というか、目立たないことを祈るしかない。
どうか、誰も注目しませんように。ゆっくり食事が満喫できますように!
そう祈りながら、僕は船のレストランへと足を踏み入れた。
そこは、「実はここは豪華客船だったのか……!?」と感じさせるような場所だった。
本当にここは同じ船の中か? 部屋と違いすぎる造りに唖然とする。
足元を見ると、高そうなカーペットが敷いてある。
思わず、ここは土足でいいのかと周りをキョロキョロ見回してしまった。
よかった……皆、靴を履いて……あれ?
なんか、靴じゃなくて……スキューバダイビングの足ヒレみたいなのを皆履いてるぞ? え? もしかして、あれがここの靴なのか??
みんな、足元が緑色のヒレだ。どうしよ!
そんなことを思っていたら、レストランの従業員らしき人が来た。
その人は、なぜか、黒いスーツの上からピンク色のふりふりのついたエプロンをしている。もしや、趣味か?
……いや、まさか。こんなとこで趣味をひけらかすような人はざらにいないだろう。
ということは、ここの正式な服装か?
僕には判別できない。もう、僕の知っている常識とはかけ離れているのがよくわかった。朱に交わればなんとやら。僕は人からおかしく思われなければそれでいい。
だから、そんなピンクのふりふりよりも自分の足もとが気になってしかたがない。
すると、テーブルへ案内してくれようとしていたピンクのふりふり……いや、従業員さんは、僕のそんな様子に気がついたらしい。
「お客様。どうかなさいましたか?」
と聞いてきた。僕は足元を見ながら
「あの……靴でも入れますか?」
と聞くと、その人は「あぁ、そんなことか……」というように、にっこりと笑って、
「あのスリッパは部屋にあるくつろぐためのものです。このレストランではあのスリッパでも入れるというだけですので、もちろん靴でかまいませんよ。むしろ、上の階のレストランではあのスリッパでは入れません」
と言った。僕はほっとして、その人が案内してくれるテーブルへと歩いて行った。
しかし、上の階のレストランはスリッパ禁止ということは、
もしかして……もっと高級な雰囲気なのか!?
だとしたら、すごすぎるっ!! ここでさえ、かなり緊張するのに……。
僕、上の階でなくて本当によかった……。
このレストランは、広い部屋に丸いお洒落なテーブルがたくさんあった。
バイキング形式らしく、奥の方に料理を取るコーナーが設けてある。
なんと天井にはシャンデリアがついている。
だから、余計に豪華な雰囲気になっているのかもしれない。
テーブルにつくと、ピンクのふりふり従業員に
「このレストランはバイキング形式ですので、ご自分でお好きなだけ料理をお取り下さい」
と言われた。
僕は皿を持って、並べてある料理を取りにいった。
とてもカラフルに様々な料理が並んでいたが、どれ一つ知っている料理がなかった。
あ、でも僕の料理の知識はゼロに等しいのでなんとも言えないが……。
それでも、日本によくある材料かどうかぐらいはわかるつもりだ。
だって、大きさはプチトマトくらいで、なすびのような形をしていて、ピンク色でグミみたいに弾力性があって、味はどう考えても梅干に似ている、ヘタのある果物なんてないだろ?
それが、デザートと書かれたところにおいてあったら、
どう考えても、誰が見ても「よく知ってる」なんて言えないはずだ!!
しかし、そんな知らない材料でできた食事でも周りの人たちがおいしそうに食べていたら、おなかの空いている僕はすぐに食べてみたくなった。
そして、僕はそこにある様々な料理を食べた。
どれも見たこともないようなものばかりだったし、味も今まで食べたことのないような味だったが、なぜかどれもとてもおいしくて、僕の口に合っていた。
一回だけ、修学旅行で海外に行ったとき、料理が口に合わなくて苦戦していた僕は
ここの料理をおいしく感じることがとても不思議だった。
だが、本当に文句なくおいしい。
とくに、あのエビとタコを合体させたようなやつ。見た目は、固い殻に吸盤でどうかと思ったが、味は最高だった。そして、そのそばに盛ってあったサラダ!
多分、海草サラダだと思うが、紫色のワカメみたいなのと黄色いきゅうりみたいなのが和えてあって本当においしかった!!
まぁ、見た目からはとてもおいしそうには見えなかったから、
今回みたいによっぽどおなかが空いていない限り絶対に口にはしなかっただろうが……。
僕は満足しながら、部屋に戻って行った。
部屋の扉を開けると、
「よぉっしゃぁーーーーーっ!! 俺、大金持ちっ!」
トルキッシュが右手の拳を突き上げて、片足を前に出したポーズで叫んでいた。
すると、エバァが自分の持っていた数枚のカードを
「あーあ。ま~た負けた」
と言いながら、ばら撒いている。
「何……やってるの?」
僕が言うと、レオンがこっちを向いて言った。
「あ、おかえりなさい。章平。……とサイアス。食事はどうでしたか?」
笑顔……だけど、なんかちょっと不自然な笑顔だ。
「え? あ、おいしかったよ。なんか、知らないものばかりだったけど……」
僕が言うと、レオンはそのままの笑顔で
「そうですか」
と言った。
「今ね。今ね。俺とレオンでトルキッシュを負かそうとしてたんだけど、レオンが弱くて弱くて、三連敗中なんだよっ! だから章平、俺たちでトルキッシュを負かすよっ!!」
エバァが勢い込んで言った。なんだか、とても興奮しているようだ。
「へっへー。章平と組んだところで、絶好調の俺様に勝てるわけがねぇじゃねぇかっ!? まぁ、せーぜーボロ負けしても泣かないようにしろよぉっ!」
トルキッシュが得意気に叫んだ。
エバァは悔しそうにそんなトルキッシュを見ている。
『まったく……どこのお子様たちだ? こいつらは……』
サイアスが呆れて言うのが聞こえた。
「何のゲームをやってるの?」
僕が聞くと、エバァが答えた。
「数字が大きいものをたくさん集めた方が勝ちっていうゲーム。一応、数字をお金に見立てて遊んでたんだ。だって、このカードの遊び方知らないし……。
レオンが持ってたんだ~。このカード。トランプっていうんでしょ? これ。」
エバァがばら撒いたカードを指差している。確かに、トランプの絵柄だ。
レオンが言った。
「いや、記念に……と思って、ニューヨークで買ったんですよね」
僕はレオンのその言葉を聞いて思った。
レオン……確か、そのTシャツも記念とか言ってなかったっけ?
……ちょっと、記念が多すぎないか?
もしかして、ただ観光に行っただけなんじゃ?
本当に僕たちを倒す気があったのかすら怪しく思えてくるぞ?
その後、僕たちはトランプで盛り上がった。
僕は知っているトランプの遊びを教えたりしたし、エバァと組んで、トルキッシュとレオンのチームと対戦したりした。
ぎゃあぎゃあ、わあわあ言いながら遊んでたら、ドアをノックされて、ドアを開けると船員が
「他のお客様の迷惑になりますので、静かにしてください!」
と言って怒られたが、まぁそれも旅のいい思い出だ。
その夜、ふと目を覚ました僕は暗闇の中にたたずんでいるレオンを見た。
閉まっている窓から外をじっと見ている。
エバァはベッドで、トルキッシュは床でグースカ寝てしまっている。
もちろんエバァのそばで山ワニのチャコちゃんも丸まって寝ている。
「どうしたの? レオン……」
僕がベッドの上から聞くと、レオンは一瞬こちらを向いたが、すぐに顔を背けて
「なんでもないです……」
と答えた。一瞬見えた顔はひどく寂しそうだった。
「なんでもないはずないだろ?」
僕が言うと、サイアスが(起きてたんだな。サイアス……てっきり寝てると思ってた……)
『ほっとけ。なんでもないと言ってるんだ』
と言った。
「びっくりした。いきなり。っていうか、ほっとけないだろ!」
僕が言うと
「サイアスの言うとおりです。ほっといてください」
レオンが言った。僕が
「でも……」
と言い募ろうとすると、
「……章平には言いたくありません」
とまで言われてしまった。
「僕、なんか気に障るようなことしたのか?」
僕がつぶやくと、レオンが言った。
「そういうことじゃないんです」
気まずい空気が流れる。
「そ……そっか」
僕がやっとそれだけ口にすると、レオンが静かに言った。
「おやすみなさい」
その言葉で、何も言えずに僕は
「おやすみなさい」
とつぶやいて寝るしかなかった。
次の日、レオンは朝から妙によそよそしかった。
一見普通に見えるのだが、会話するときも目すらあわせようとしない。
どうしたんだと聞きたくても、昨日の夜言いたくないといわれた手前、聞き出すことができない。そんな僕たちの様子に気づいたのか、エバァが言った。
「ちょっと、どうしたの? なんか、空気重くない?」
そうなんだよ。エバァ。お前たちでどうにかしてくれ。
レオンも幼馴染の二人になら話すかもしれないし……。
ところが、そんなエバァの言葉にトルキッシュがまたも無責任な発言をした。
「そうか? 別にそんな感じはしねぇけど? なぁ、レオン」
ちょ……ちょっと待てぃ!!
重い空気をかもし出してる張本人に聞いてどうするっ!?
山ワニことチャコちゃんの時も思ったが、
トルキッシュの一言で事態が思わぬ方向行っている気がするのは気のせいかっ?
そんなチャコちゃんは今もエバァのそばで伸びをして、丸くなっている。
トルキッシュに尋ねられたレオンは笑顔で
「あぁ。別にそんな気はしないけど?」
と言っている。そりゃ、そう言うだろうさ!
ところが、そんなレオンの顔を見てトルキッシュがまたも思わぬことを言った。
「なんだ。レオン。顔色わりぃぞ? もしかして、具合でも悪いのか?」
顔色……別にいつもどおりに見えるのに、トルキッシュはそう言った。
さすが、長年一緒にいただけのことはあるな……。
僕が感心しかけたそのとき、
「わかった!! もしかしてお前、船酔いだろ? そうならそうと、早く言えよ!
俺様がそんなときの対処法を一から教えてやるからよぉっ」
とトルキッシュは言って、レオンに船酔いしたときの心の持ちようを熱く語り始めた。
おい……トルキッシュ……。
僕は頭が痛くなりかけた。
その時、ドアをノックする音がした。
ちょうど僕が一番ドアに近かったので、何も考えずにドアノブを回した。
僕がドアを開けると、そこにはメイレンが立っていた。
だが、ただ立っていただけじゃない。
船員が怖い顔をして両サイドについている。
僕の後ろでレオンたちの空気が張り詰めた。
「ちょ……ちょっと痛いわよっ!!」
メイレンは腕を動かして、右の船員の手を払いのけた。
摑まれていたらしい手首をさすっている。
左の船員が言った。
「お客様。今すぐ、この船を降りていただきたいのですが」
なんだか、有無を言わせない迫力がある。
「どういうことですか?」
レオンが左の茶髪の船員に向かって言った。
すると、右の刈上げの怖そうな船員が
「金がねぇなら、とっとと降りろって言ってんだよっ」
と上から目線で言ってきた。
「なんのことですか!? 乗船許可証なら購入しましたけど!!」
僕が強気で言うと、
「乗船許可証? あぁ。だから、ここまでは連れて来てやっただろうがっ!
ったく、感謝しろよっ。金がねぇのに途中で捨てなかっただけでもいいってもんだぜ」
右の刈上げが履き捨てるように言い放った。
「どういうことですか?」
レオンが静かに言った。僕の後ろに立っているので顔は見えないが相当怖いらしい。
刈上げの顔が一瞬のうちに引きつっている。
すると、左の船員がにっこり笑ってレオンの言葉に答えた。
「お客様。ここから先は外洋になりますので、また別に運賃をもらわなくてはならないシステムになっております。ですから、ここで今すぐ降りていただきたいのです。
降りていただかないと、こちらとしても困りますので……。場合によっては強制退去してもらうこともあります」
そう言って、茶髪の船員はレオンの顔をまっすぐに見た。
うむを言わせない迫力のある笑顔のままで言われてなにか得体の知れない不安が募る。
「……しかたがありませんね」
レオンはそう言うと、振り返って僕の荷物を手に取った。
そして、船員についていく意思を見せている。
それを見て刈上げの船員が
「最初から素直にそうしてりゃいいんだよ」
とつぶやいたが、レオンに睨まれてまた口をつぐんだ。
こうして、僕たちはやむなく船を降りる羽目になった。
僕たちが船を降りるとすぐに船は出港した。
僕たちが最後だったらしい。
その慌てたような出港の仕方にレオンはしばらく不審な目を向けていたが、
トルキッシュが
「置いてくぞ~っ!」
と叫んだことで、こちらへ歩いてきた。
しかし、ここはどこなのだろうと思っていたら、すぐそばに看板があった。
『第三移動島・ハドール島へようこそ!』
移動島?
何のことだ?
その時、女の人の声が当たり一面に響き渡った。
どうやら船から降りた人のための放送らしい。
「ようこそ。第三移動島の浮島ハドールへ。ここでは、他の島と違い、新しい動力源を利用したトロッコ形式を採用しております」
なんのことだ? と思っていたら、
「しかしながら、潮の様子がここ2日ほど乱れていますので、申し訳ありませんが
中央島に着くのは明後日になる可能性があります。ご了承ください。受付は入り口前の建物でおこなってください」
いったい全体なんのことだ? トロッコ形式って何?
なんの形式なわけ?
さっぱりわけがわからないよ。
僕は隣にいたレオンに聞こうとして、躊躇ためらった。
朝のよそよそしい態度を思い出したからだった。
メイレンを見ると、ちょうど離れたところでエバァと話している。
こちらの話を聞かれる心配はなさそうだ。
そこで、サイアスに聞くことにした。
「ねぇ。サイアス。移動島ってなんのこと? トロッコ形式って何?」
サイアスはしばらく何かを考えるようにして言った。
『……たまには自分で考えろ』
考えてもわからないから聞いてるのに……。
ま、いいや。そのうちわかるよな?
船を降りた2~3人が同じ方向に案内板に従って移動していたから、僕たちはその人々について歩いていった。案内板どおりに行ったら、結果的にその人たちに付いて行くことになったのだ。
すると、だんだん遠くの方に四角い建物が見えてきた。小さな白い建物だ。
窓が付いている。その窓はよくチケット売場で見かけるように穴が開いており、声が届くようになっていた。
窓からは二人のお姉さんが見える。
その建物の上には、『受付』と馬鹿でかく黒い文字で書かれてあった。
受付のお姉さんに先を歩いていたおじさんが近づいた。
僕たちもそこに行こうと全員でその場所まで急いで行き、もう一人の受付のお姉さんに話しかけた。
「あの、島に入りたいんですけども……」
すると、お姉さんはにっこり笑いながら、
「では、身分証をどうぞ!」
と言った。
………………え゛っっ!?
身分証??
そんなものあるの?
いや、常識で考えたら当たり前の話だ。
普通、身元不確かな人を捕らえるためにこういうのはあるもんだ。
ってことは!! 僕、めちゃくちゃあやしいじゃないか!?
一体どうすれば……。
そのとき、後ろから声がした。
「身分証など必要ない。サイアスで調べろ」
その声にただただお姉さんは唖然としつつも
何かの機械にサイアスと打ち込んだ。なんだかピアノみたいなものの上に画面がついている機械だ。
パソコンみたいなものなのだろうか?
すると、その画面に何が現れたのか知らないが、急にお姉さんは真っ青な顔色になった。そして、
「……これがこの島のパンフレットになります」
というと、黙って門の通行証とパンフレットを手渡して通してくれたのだった。
「なんでサイアスの名前で通れるんだろ?」
僕が言うと、
「おい、マント野郎。お前、どういう認証のされ方してんだよ?」
トルキッシュが呆れたように言った。
「本当にすごいよね。顔パスだよ? 顔パス! あっっ! 顔も見せてないから、名前パスかっ!?」
エバァが言った。山ワニのチャコちゃんもニャ~と鳴きながら
二人の言葉に同意しているようだ。
すると、それまで黙っていたメイレンがつぶやいた。
「……道具が……しゃべった……」
そして、じぃっとサイアスを見ている。
「あの……これは……その……」
僕がしどろもどろになって説明をしようとしていると、
突如メイレンが言った。
「すごいわっ!! このマント、魔道具だったのよっ! しかも、しゃべってる!! 章平。あなた、このマントがこんな貴重な魔道具だってこと知ってたの? 知らなかったのなら、儲けものね!!」
ものすごく興奮しているようだ。
「あはははははは…………」
僕は笑うしかない。すると、トルキッシュが
「な~に笑ってんだ? 章平。いい機会だろうが! ちゃんと、俺様たちのこと説明しておけよ」
と言った。
メイレンが一瞬きょとんとして
「何? なんのこと?」
と聞いてくる。
トルキッシュ~~~~~~!!
なんてことしてくれたんだ!? 困るじゃないかっ!
一体どうやって説明すれば……。
すると、隣からレオンが助け舟を出してくれた。
「それよりも、これからどうするんですか? お金もないし、野宿はきついですよ?」
レオンの言葉にメイレンが一番に反応した。
「うそっ! 野宿? 嫌よ。そんなの……」
その言葉にトルキッシュが言った。
「嫌なら、自腹でなんとかしろや。俺様たちは今までの船賃だけで全財産使い切ったんだよ!」
その言葉にメイレンが凍りつく。
そして、一言つぶやいた。
「……ごめんなさい……」
今にも泣きそうなその顔に僕とトルキッシュはぎょっとする。
エバァは
「あ~あ。泣かしちゃった。誰のせいかなぁ~?」
と言いながらトルキッシュを見た。
トルキッシュは罰の悪そうな顔をしている。
レオンがエバァをたしなめる。
「エバァ、誰のせいでもないでしょう?」
とりあえず、僕はメイレンに出来るだけ優しく声をかけてみる。
「あの……。多分、大丈夫だよ。僕たちは何とかなるからさ。
そんなに落ち込まないで。野宿が嫌だったら、悪いんだけど今回は自分でどこかに泊まってくれないかな?」
すると、メイレンはぽつりとつぶやいた。
「……そんなお金、ない……」
僕たちはその言葉に唖然とする。
「……え?」
思わず、聞き返した僕にメイレンは更に言った。
「だって、うち貧乏なんだもん。だから、町に出るためのお金もろくに無くて
こんなときじゃないと外に出られないと思ったから……だから……」
メイレンは俯きながら言葉をつむぎだしていた。
そんなメイレンの必死な言葉を聞いていたとき、どこからか嗚咽の音がした。
メイレンがついに泣いたのか?
だが、なんか後ろから聞こえてくるぞ?
僕が思ったそのとき
「うお~~~~~~いっ。可哀想になぁっ!! そんな事情があるとも知らずに、俺様は……俺様は……っ。なんて、ひどいことをっっ!!
許してくれ~~~~い。こんな俺様を許してくれ~~~い!!」
…………トルキッシュだった。
女の子を泣かせたような構図になってただでさえ注目を浴びていたのに、
トルキッシュが嘆いていることで更に更に更に! 注目をあびまくってしまっている。道往く人が一体何事だと言わんばかりにじろじろと見ていくが、トルキッシュは全然そんなことに構ってはいなかった。
むしろ、地面につっぷしてしまいそうな勢いだ。
その時、道を歩いている人たちからざわついた声が聞こえてきた。
だが、僕たちに向けての言葉ではなかった。
「おい、女の子が……」
そういいながら、走って通り過ぎていく。
みんな同じ方向に向かっているようだ。
僕たちは顔を見合わせた。
「……なんだろう?」
僕が言うと、
「いずれにせよ、気になりますね」
レオンは人々が走る先を見ながら言った。
「あぁ、だな」
いつ立ち直ったのか、トルキッシュもレオンと同じ方向を向いて言っている。
メイレンはそれを聞いて
「仕方ないわね。確かめに行くわよ!」
と先ほどの暗い顔はどこへやら、元気な声で言った。
案外、メイレンはトルキッシュと同じ人種かもしれないと僕は密かに思った。
「それじゃあ、チャコちゃん。ちょっと、こっちおいで。嫌かもしれないけど、迷子になったら困るからね。少し、きつくても我慢してね。走るからね」
そう言って、エバァが山ワニを抱き上げた。
人が多いからはぐれないようにするためだろう。
ニャ~。
山ワニのチャコちゃんは嫌がるどころか、すごくうれしそうだ。
そして、僕たちは人々が向かった方向に全員で走り出した。
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