第32話 32、ホムスク共同体
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荒波は報告を受けると偵察の熱気球の数を増やして偵察の範囲を広げた。
何らかの手段で領主への報告がなされるはずであった。
はたして、町外れから3騎の騎馬武者が走り出し、海穂国とは反対方向に疾走して行った。
その道の先には国境近くにある水穂国の第二の小城があった。
荒波は水光の気持ちが理解できたような気がした。
荒波には水光が荒波に領主の居場所を教え、戦争を早く終わらせようとしているように思えた。
あるいは、荒波が戦力を小城に向けた時が本城の奪還だと思っているのかもしれないが。
半日かけて騎馬武者達は小城に到着した。
国境の小城は兵士で溢れていた。
国境に潜んでいた五万の兵かもしれなかった。
城下町に逃げ込んだ多くの兵も夜陰に紛れて小城に向かったのかもしれなかった。
半数以上の軍勢を持つ領主は強気になるだろう。
数時間後に報告した者と同じと思われる3騎の騎馬武者は小城を出て元の道を戻って行った。
荒波はもう一日待つことにした。
翌日、水光が白旗を掲げて大手門の前に現れ、荒波が対応した。
「水光殿、口上を申されよ。」
「荒波殿、我らの司令官は徹底抗戦を選択した。」
「分り申した。残念ではあるが致しかたがあるまい。わざわざの回答ありがとうござった。如何様(いかよう)にも抗戦なされよ。だが、水光殿、抗戦準備には十分な時間をかけられるがよかろう。水穂国の政治体制は近々変化すると思われる。可惜(あたら)兵士を死に急がせることはない。」
「承(うけたま)った。」
荒波は小城の領主を殺すことにした。
昼前、400機の熱気球が小城に向かって出発し、20両の戦車が後ろに物資を積んだ荷車を引いて小城への道を進んだ。
荒波は熱気球に乗って指揮した。
百騎の銃騎兵が戦車の前後に位置して物資を守った。
戦車と銃騎兵は小城のずっと前で前進を止めた。
城から逃れ出て来る敵を射つためであった。
3時頃になると熱気球は小城の上空に到着し、荒波は直ちに天守閣に爆弾を落とし開いた屋根に2個の毒ガスの擲弾筒を落とした。
次に城中に溢れていた兵士の中に分散して3個の毒ガス擲弾筒を落とした。
毒ガスの効果を知りたかったからだった。
荒波は残り二個の毒ガス擲弾筒を大事に取っておいた。
爆発音は最初の天守閣の屋根に落ちた爆弾の音だけだった。
城内から出て来る者はいなかった
庭の兵士は毒ガス擲弾筒を中心に倒れて行き、半径が30m内の兵士は動きを止め、その先の兵士はもがいていた。
荒波は慌てて気球を上昇させた。
味方の気球も500mまで上昇させた。
これほど強力だとは予想できなかったのだ。
荒波はこの毒ガスはめったには使えないと感じた。
色も匂いもないし、下手に使えば味方に大きな損害を招く。
それに無毒化される一時間を待たねばならないことはつらい。
毒ガスに比べ催涙ガスは使いやすかった。
第一に匂いを嗅いでも死なない。
一時間待ってから催涙ガスの攻撃を行った。
気球を200mまで下降させ、城の外壁の内側に沿って10発の催涙ガス擲弾筒を投下した。
天守閣の中にも2発落とし、天守近くの館にも2発の催涙ガス擲弾筒を落とした。
小城は催涙ガスの煙で包まれた。
そして上空からの狙撃が開始された。
小一時間で銃撃は止んだ。
熱気球3名の乗員の1人を地上に降ろし、気球兵400名で死亡確認をさせた。
天守閣には領主一水のねじ曲がった死体があり、天守近くの館には一水の家族と思われる汚物にまみれた死体があった。
荒波は領主とその家族の死体を袋に入れ、その日の内に本城に戻った。
戦車と騎馬は小城に引き入れ、100機の熱気球を城に残した。
翌朝、荒波は戦車に乗った使者を立てた。
「侵攻軍の使者の凪である。水穂国軍の水光殿と交渉をしたい。」
使者は口上を述べ、水光は騎馬に乗って現れた。
「凪殿、口上を承ろう。」
「一水殿は昨日の戦闘で亡くなられたと思われる。ご遺体はご家族達と共に城に保管してある。影武者ではないと思われる。我らは誰と交渉すればよいのか。」
「ご遺体の確認をお願いできますか。」
「望むところである。確認の者を派遣されたい。今後は誰と交渉すればよいのであろうか。」
「重臣達は殿と共におられた。この町にいる家臣は下級家臣である。仮にその者達が亡くなっていれば水穂国での統治権限を持つに足る者は居なくなることになるということでござる。」
「分り申した。その場合、軍の指揮権は如何になるのであろうか。」
「その場合には軍の指揮権は拙者になる。」
「分り申した、水光殿。ご遺体確認の使者を送られよ。」
「凪殿、お聞きしたいことがある。よいだろうか。」
「お答えできることはお答えしよう。」
「僅か一日で小城を落としたのでしょうか。」
「左様でござる。」
「あの城には5万名の兵士がおったはずだが。どうなったのでしょうか。」
「城内の死体の数はおよそ3万であった。我が方に死傷者はなかった。5万名がいたとすれば残りは城外に逃げたか最初から城内にはいなかったことになる。」
「お答えいただきありがとうござる。早急にご遺体確認の使者を送ることに致す。」
使者は死体が一水であることを確認し、戻って行った。
水光は小城の周囲に残る残存兵に無条件降伏をする旨を伝えるために伝令兵を派遣させ、本城の周囲の町中に戻るように命じた。
荒波は移動している兵士には攻撃をかけなかった。
荒波は兵士の移動を確認してから小城を占拠している自軍の兵に遺体の城外での火葬を命じた。
水光は自軍の兵が町にまとまってから無条件降伏の使者を派遣した。
荒波は無条件降伏を受け入れ、水光が引き続き軍を統率するように命じた。
3万名もの投降兵を数日間とは言え侵攻軍は養うことができなかった。
荒波は水穂国の無条件降伏と現在の状況を周平と一海に伝え、指示を仰いだ。
周平は穂無洲国に居た一海と相談し、領主のいなくなった水穂国は属国ではなく穂無洲国に併合することに決めた。
統治に必要な主要な官吏は穂無洲国と海穂国から派遣され、生き残っていた水穂国の官吏は望めばそのまま採用された。
3万名の兵士は穂無洲国の軍に取り込まれ、水光は隊長の一人となった。
今はまだ不安定であるが、数年経てば穂無洲国は3万の軍勢と余りある農作物を持つ国になっているはずであった。
3年が経過し、穂無洲国の人口は増加の傾向にあった。
併合した水穂国での農業は穂無洲国の農業機械導入されたこともあって収量が増加し人手は余るようになり、土地を持てない男女は穂無洲国に入り込んで来た。
穂無洲国では鉱工業が盛んになっていたのだった。
ガソリンを供給できるようになったことが工業の基礎を作った。
石炭の残余は発電に使われた
千の作った学校からの卒業生は限られた分野であったとはいえ各分野での改良に貢献した。
卒業生の一部は4年生の大学校の教授となりいわゆる研究を始めた。
バランスを欠く知識は次第に互いに結びつき互いの知識を補間し始めた。
元の穂無洲国の農地は次第に工場や学校や研究所に置き換えられて行ったが、美しい田園風景は最後まで都市の周辺には残された。
周平は隣国の山穂国に侵攻布告状を送った。
文面は水穂国に送ったものと同じであった。
山穂国は戦いをすることなく無条件降伏を受け入れた。
山穂国は広大な森林を持つが国力はそれほど大きくなかった。
山穂国は山々に点在する町村の集合体より成っていた。
穂無洲国の水穂国の併合の状況を知り、侵攻軍の格段の軍事力を見ればとても対抗できるものではないと判断したようだった。
海穂国の扱いと山穂国の扱いは少し異なっていた。
山穂国は無条件降伏を受け入れていたからだ。
周平は山穂国の領主に山穂国に存在する町村を結ぶ道路の建設と整備を命じた。
関所を廃し、穂無洲国との道路を拡張整備するようにも命じた。
穂無洲国の言葉と異なる言葉を使用している町があったら町の住民を全員殺すかあるいは家族ごとに穂無洲国や海穂国や山穂国に分散するよう命じた。
異国の言語を話す村ははからずも国境の山中に一カ所だけあった。
山穂国の領主は軍隊を派遣して村の全員を殺した。
山穂国の領主は無条件降伏の屈辱よりはむしろ安堵した。
家族や家臣はそのままであったし、穂無洲国の属国となっていれば穂無洲国が強力な軍事力で守ってくれるからであった。
道路の建設も自国の道路だった。
山穂国の道路整備には3年間がかかった。
これで海穂国から穂無洲国を通って山穂国まで環状の道路が通じた。
周平は山穂国に隣接する陸穂国に侵攻布告状を送った。
文面は山穂国に送ったものと同じであった。
陸穂国は直ぐさま穂無洲国に無条件降伏を伝えた。
周平は陸穂国に山穂国と同じ要請を命令し、国境の関所を無くし道路網を整備させた。
陸穂国には海穂国に流れ込む比較的大きな川があった。
周平は穂無洲国から技術者を派遣して二カ所に橋を建設させた。
この頃になると穂無洲国との属国関係は安全保障の色合いを持つように認識されてきた。
陸穂国での道路と橋の整備には3年の年月を要した。
陸穂国と海穂国との間にある風穂国は周平からの侵攻布告状を心待ちにし、布告状を受け取ると直ちに無条件降伏を受け入れた。
関所の廃棄と道路網の建設を積極的に行い、海穂国からの進んだ産業の一部を誘致した。
3年を経ずして元の穂無洲国の周りの五つの国は穂無洲国を宗主国にした一つの共同体となった。
その名前は最初「穂無洲国共同体」と言われたが、次第に簡単な「ホムスク共同体」と呼ばれるようになっていった。
ホムスク共同体の道路は整備され、5国を通る環状の主幹道路と5国から穂無洲国の城に通じる放射状の主幹道路を中心に道路網が構築された。
周平は属国には産業を起こさせ、交易を活発にさせた。
属国間の関所はなくなり、物資は豊かになり、生活に余裕ができるようになった。
周平は各国に学校を開き、文字を学ばせ、技術を後世に伝える本が出版された。
本の印刷には学校の生徒の発明品の印刷機が使われ、その後、多くの改良品が作られて使われた。
住民の生活は確実に豊かになった。
周平が決して譲らなかったのは言語であった。
山穂国が異なる言語を話す町村を壊滅させたのを了とし、他の属国には異なる言語を排斥することを属国の必須条件とした。
共同体の6カ国の共通の言語には特定の名前はなかったので「ホムスク語」と名付けられた。
これは万からの強い要請であった。
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